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第35話 後悔と錯綜


 コシキ00248は走っていた。


 原始退行が進んでいる彼の知能は既に幼児程度まで減衰している。そんな彼は子供ながらの心からの善意で、シキヤシキで待つリーダーたちのために何か贈り物をしたいと考えた。

 花奏の助手であった彼は、最も身近で贈り物に適しているものは何か、と考えた結果、花を摘むという行為に及んだ。


 周りの人々に手を貸してもらいながら集めて作った花束。それを真っ向から否定され、叩き落されるのは、『子供』には耐えられるはずもなかった。



「はぁ……はぁ……つかれました」


 人目も気にせず、どこまで来たかも分からなかった。子供が一人走っているのを気に留める人もおらず、孤独感を感じながら立ち止まった。人間とは体の作りが違うので疲れは感じないはずだが、口をついて出たのはそれだった。


「む……君、こんなところで一人か? 両親はいないのか?」


 唐突に、声をかけられた。若い少女の声だった。

 うずくまるコシキを覗き込む。少女は元気がないコシキを心配したのか、今度は優しく声をかけた。


「…………私で良ければ話を聞くぞ。立てるか?」


「はい………………」


 手を差し出されたコシキはそれを掴み、重い体を手に委ねて立ち上がった。


「ワタシのことは小葉紅(こはく)と呼んでくれ。君は?」


「……00248です」


「……? 何かの暗号か? それともからくりの識別番号……いや、こんな小さなモデルはないはずだし……」


 小葉紅という少女は混乱したが、何か事情があるのだろうと察し、これ以上追及するのをやめたようだ。


「よし、ならばその数字にちなんで、ニシヤと呼んでやろう。良いだろうか」


 コシキは小さく頷き、小葉紅に手を引かれて歩き出した。







「姉さんの制止も聞かずに、ボクは叶蔦(かなつ)を追いかけて地上に出た。カメラには、叶蔦がこっそり地上に行くのが映っていたから。外に出た時点で、ボクだって天草どもに見つかって殺されててもおかしくなかったよ…………ボクが幸運だっただけだ」


 奏羽(かなう)はぽつりぽつりと話を続ける。誰かに聞かせるわけでもなく、ただ自身の悔いを告白するかのように。


「叶蔦はみんなのところに追いついたみたいだった。道しるべみたいに花が落ちてて、一緒に誰かの服の切れ端とか、指とか……血とかが、地面にあったから。それを辿って行って分かったよ。みんな危ない状況の中で、叶蔦を守ろうとしてたんだって。でも…………追いついたボクが見たのは、」






 血だまりの中で倒れる両親や親戚の姿…………そして叶蔦だった。


『父さん、母さん、兄さん………………生華(きか)さん……叶蔦………………あぁぁっ』


 奏羽は声にならない叫びをあげた。悲しみよりも深い後悔が押し寄せ、目の前が真っ暗になっていく。抱き上げた叶蔦は虫の息で、小さく目を開けて奏羽を見た。


『にいちゃん、これ……お花』


 笑っていた。全身に穴が開いて、左手は原型もないのに、痛みに泣き叫ぶことなく。残った右手に握った小さな花束を、奏羽の胸に押し付けた。それは叶蔦が最後に振り絞った力だった。


『ま、待って、叶蔦………………ごめん…………ごめんなさい……』





「そのあとどうなったか、ボクはあんまり覚えてないんだけど……姉さんが呼んだ親戚たちが駆けつけてくれて、ボクは助かったらしい。ボクは叶蔦たちを置いて…………逃げたんだ……」


 奏羽は過去の凄惨な悲劇を語り終えた。

 彼にとっては妹同然の存在を、自身も知らない一族の過ちによって奪われたのだ。悔しくないはずがない。


「今でも……叶蔦の声が、みんなの姿が頭から離れない。ボクが叶蔦をちゃんと見ていたら、叶蔦はボクの隣にちゃんといたし、父さんも母さんも兄さんも、生華さんも叶蔦も死ななかった!!」


 それは奏羽の心の叫びだった。悲しみ、後悔、憎しみ。それらがごちゃごちゃに混ざっていた。


叶苗(かなえ)叶芽(かなめ)を、二人だけ残すことにもならなかった……ボクはあの二人に、兄さんなんて呼ばれる資格はないんだよ……」


 だから奏羽は、シキヤシキには戻れない。家族を奪ったも同然である自分は、彼らと一緒にいる資格なんてないから。

 奏羽はそう思っているのだ。


「…………奏羽さんは悪くないよ。事情があったとしても人の命を奪うことを良しとしている、天草社がいけない」


「違う。ボクが悪いんだよ。天草野郎も悪い。いつかぶっ潰してやりたい。でもそれ以上に、ボクは自分を許せない…………」


 自分の非を決して譲らない奏羽に何と言えば良いのか分からずに、ヒイロはその懺悔を飲み込むしかなかった。

 奏羽や花奏(かなで)たちは同じ顔を持っている。それは叶蔦も同じだったはず。奏羽は花束を渡すコシキの姿、そして笑顔を、過去の叶蔦と重ねてしまったのだろう。



「………………ゴメン、らしくなかった。さっきも。コシキには、後でちゃんと謝らないと」


 奏羽は少しして落ち着いたのか、先ほどまでの気迫が抜けたように見える。そしてコシキに対しての謝罪の意を示した。顔色も幾分か元にに戻っている。


 彼が話した熾鬼(しき)一族の話は、ヒイロにとって衝撃的なものだった。天草社が彼らの命を狙っていることは知ってはいたが、実際の経験を聞くと恐ろしいものであることが分かる。その話は恐ろしくリアルで、嫌でも天草社という組織の醜悪さを思い知らされる。

 これまで出会った、天草社に所属するという穂泉(ほずみ)琥桜(こはる)といった社員が脳裏に浮かぶが、彼らは自身の組織がここまで非道な行為をしているということを恐らく知らない。天草社という組織に対する嫌悪感がますます増していきそうだ。


「俺たちは、このままマリアさんとコシキが戻ってくるのを待とう。それまで……奏羽さんは、シキヤシキに戻るかどうか、もう一度よく考えていて欲しいよ」


 奏羽がシキヤシキを出て行った原因は判明した。しかし、それが彼を連れ戻さない理由にはならない。むしろ、地上にいる限り命が危ないのだから、地下のシキヤシキで安全を確保すべきだ。本来ここに来た目的も、元々は花奏から奏羽を連れ戻すように言われたからでもある。


 それに、奏羽が負い目を感じているという叶苗と叶芽に二度と会わないままというのは、やはり違う気がした。


 そもそも叶苗たちは奏羽に対してどう思っているのか、聞いてみるまで分からないだろう。ヒイロと同じように、奏羽は悪くないと言ってくれるかもしれないというのは、希望的観測だろうか。


「…………」


 奏羽は黙ったまま、ヒイロの問いかけには答えなかった。シキヤシキに帰るかどうかを迷っているのか、コシキとマリアの行方を心配しているのかは分からなかった。





 ────二人は待つこと十数分。

 思い沈黙の中ではどれくらい時間が経ったのかも正確に分からず、その沈黙を破ってくれるような出来事もない。マリアもコシキも未だに戻ってはいなかった。


「マリアさん、コシキを見失ってしまったのかな。心配だからやっぱり俺も…………」


「何言ってんだ。アンタは最早お尋ね者だよ。鏡見てみろ」


 奏羽は、毛染め剤の効果が切れたヒイロの真っ白な髪の毛を指さして言った。

 そんなことを言われても、この部屋には鏡一つない。そこから分かるのは、奏羽は自分の顔自体にも嫌悪感を抱いているということだ。熊の頭部の着ぐるみを被っているのも、もしかしたら身分を隠す以外にも自分の顔を見たくないから、という理由があるのかもしれない。


 不愛想なままの奏羽は、突然部屋に鳴り響いたバイブレーションの音でさらにしかめっ面になった。


「…………? 姉さんから連絡だ。今度は何?」


 奏羽はポケットから携帯を取り出し、連絡の中身を確認する。

 その表情はみるみるうちに険しいものに変わり、少しだけ青ざめた。


「どうしたの? シキヤシキで何かあったのかな……?」


「……叶芽が、倒れたって………………」


 奏羽はそれだけ言うと、根を下ろしていた椅子からついに立ち上がった。彼がどんな決断を下したにしろ、その顔には負の感情しか現れていないことは、マコトから散々鈍感だと言われたヒイロにも理解できた。


「奏羽さん、シキヤシキに戻るの?」


「………………っ、ああもう、そんなコト言ってる場合じゃ……」


 奏羽は椅子を立ったかと思うと、歩き出すかもう一度座るかという動きで、行動を始めようとしない。叶芽の身に何があったのかヒイロは知らなかったが、奏羽の中では、自分はどうしたいかというのは既に決まっているのだろう。


「帰る! 帰るよシキヤシキ(ボクん家)に! 案内用のコシキ呼ぶから、ちょっと待ってろ!」









 熾鬼叶芽は幼いころに両親と妹を失い、今は双子の姉の叶苗と共にとある研究に全てを費やしてきた。技術、頭脳、時間。それらを投げうってでも彼が叶えたかった願いとは、



「叶蔦………………」



 妹を、生き返らせること。






──── ………………。────………………。………………



 ………………────。 ────。  ────………………



────………………。────………………。 ………………





 不規則な耳鳴りが、叶芽の脳を刺激する。それは不快のようで、そうでもないような、不思議な感覚。

 もう少しで何かを掴める。そんな直感。だけど──────




「──────め。叶芽!」




 それをかき消す声が、耳障りと思ったのか、現実に引き戻してくれたことへの安堵を覚えたのかは、よく分からない。


「ああ………………あ……? 姉さん……? 俺…………何してたんだっ、け……」


 目の前で自分の名前を呼んだのは、姉と呼んでいる、従姉の花奏だ。

 それを認識してすぐに、自分が普通ではない状況に置かれていることに気が付く。


「…………なんだこれ?」


 叶芽はよくある金属製の椅子に座っていたが、両手は後ろで固定され、腰と足をロープで椅子にぐるぐる巻きにされた状態で、まるで尋問を受けるような格好であった。

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