第33話 不器用な花束
「おお! すてき!」
数分後には、コシキの手いっぱいの花束が出来上がっていた。小さな体では顔が埋もれてしまいそうな代物だが、よくよく見れば花瓶にでも飾るのがちょうど良い程度のサイズだ。ひときわ明るく輝いて見えるバラは コシキは腕にかかえたそれを見て喜んでいる。
「良かったね、コシキ。店主にお礼を言わないと」
「はい! ありがとうございます!」
コシキはそう言って勢いよく頭を下げ、抱えた花束が滑り落ちそうになるのをすんでのところで抱き留めた。こうして見ると、本当にただの幼い子供のようで少し微笑ましい。
「いやあ、私は何も。お役に立てて良かったです」
店主がニカっと笑い、白い歯とついでに筋肉が輝いている。
実際彼は隣人に花を分けてくれるよう頼んだだけであるが、なるべく他人に顔を見せたくないヒイロたちにとっては大いに助かった。
これでコシキの要望を満たし、無事に奏羽の元へ帰れると良いのだが。
そう思った矢先、ヒイロの目に映ったのは、自分を見て驚きの表情を浮かべるコシキと店主の姿だった。
自身の容姿に何かおかしいところがあるのかと、顔を触ってみたり服をよく見てみたりするが、特に異常は見当たらない。
コシキたちの表情から、その驚きは嘲笑や恐怖などと言ったものではなく、相手のちょっとした変化に対する驚きと似ている気がした。だが、肝心のどこが変わったのかという部分までは分からない。
「なんか……あれですね。やっぱりそっちもかっこいいとおもいます!」
「イメチェンってやつですかい?」
二人は何か言っているが、なんのことかヒイロにはさっぱり分かっていない。ただ、自分の容姿に何らかの変化があったことは確かなようだ。
ヒイロは頭を必死に回転させる。ここへ来るまでに、何か怪しいものでも食べていないか。もしくは未知の塗料を浴びたとか。
とそこまで考えて、一つの可能性に思い当たった。外へ出るにあたって、真っ白な髪の毛を隠すために奏羽からもらった毛染め剤を使用していたことを。奏羽によれば友人に用意してもらったものらしいが、彼の伝手だけあってその効果は抜群だった。しかし効果が持続する時間の説明を受けていなかったことに気が付く。
おそらく、ヒイロを見てコシキたちが驚いている今の状況は、ヒイロの髪の色が黒から元の白色に戻ってしまったことによるものではないだろうか。試しに髪の毛の先をつまんで引っ張ってみると、なるほど綺麗な白である。個人的には黒いほうが馴染みがあって良かったのだが、と肩を落とす。
コシキは事情を知っているが、店主にこれを説明するのは難しい。イメチェンでは到底済まされないだろう。
しかし予想に反して、店主の驚きの表情は元に戻っており、一見近づき難そうな屈強な男性がそこにいる。彼は再びニカっと笑って言った。
「くま先生に言われているんです。自分たちは複雑な立場だから、たとえ何かあっても私さえよければ何も言わないで欲しい、と」
彼は知ったたのだろう。ヒイロの白い髪を見て、巷で噂になっている彼岸花という生き物の実在を。そして、彼が信頼を寄せる奏羽が連れてきたヒイロが、問題の人物ではないことも。
無論ヒイロは未だ自分は彼岸花ではないと言い張るつもりでいる──が、それはそれとして、彼が噂に惑わされずに自分を信じてくれたことに敬意を抱いた。
「……ありがとう、店主さん」
「先生のところに帰るんですよね? それならあれを使っていってください」
●
「では…………行ってらっしゃい!」
聞くのは二度目であるその声と共に、ヒイロとコシキは無機質な車体に乗せられて飛び出した。
店主の店の奥深くの地下から、なぜか奏羽の拠点に繋がっている通路。トロッコのような車体が通っており、人を乗せて店主の合図によって発射する。
何度考えてもいつその通路が作られたのか、店主はどこまで奏羽の事情を知っているのかなど疑問は尽きない。しかし考えても仕方がない。こうして使わせてもらっているものは甘えさせてもらいたいものだ。
マコトが酔ってしまったほどの速さで移動する車体の上でなびくヒイロの髪の色はすでに真っ白になってしまっている。店主の理解と素早い案内のおかげで、特に騒ぎを起こさずにここまで来ることができた。彼には感謝しかない。
大事そうに花束を抱えたコシキは、花が吹き飛ばされないように必死に守っている。
にしても、このコシキの異変は一体何が原因で起こったものなのだろうか。コシキが生き物であることは間違いないが、彼が単に子供の見た目をしていることが『成長』ではなく『退化』する理由としては不十分だ。
人間も年を取ると体の機能が低下するが、それとはまた違う気がする。
コシキのことをよく知るのはシキヤシキの人間だけなので、後で奏羽や花奏にでも話を聞いてみれば良いだろう。もしかしたらコシキは案外寂しがり屋で、誰かの気を引きたいだけかもしれないのだから。
●
ガタン、と大きく車体が揺れた。マコトは気絶(?)していて体験していなかったが、これは反対側に到着した音だ。壁に設置された金属製の梯子を登ってハッチを開けると、そこが奏羽の事務所の物置部屋に繋がっているのだ。
そっと出た先をのぞき込むと、何者かの靴が二足、目の前に現れる。
「…………勝手にいなくなったと思ったら、こんなとこからお出まし? 自由過ぎない、姉さんじゃないんだからさぁ」
既知のものから一段階低い声色でこちらを見下ろしながら詰め寄る、熊の頭。『くま先生』こと奏羽であることは明白だ。
「わあああ、心配しましたよ、ヒイロさん……!」
そしてその後ろからも、焦りと安堵を含んだ可憐な声が聞こえる。姿は見えないが、こちらの声の主はマリアだろう。
「あーあ、毛染めの効果切れちゃってんじゃん。ほんと危ないとこだったよ。というか、ココから出てきたってことはあそこの店主の世話になったってこと? 何やってんだか、迷惑かけないでよね」
「ごめんなさい……でも、どうしても彼を放っておけなくて」
「はあ、言い訳? なんにせよ、アンタはすぐにでもシキヤシキに送り返してやるから。姉さんが何と言っても。これ以上面倒なことに巻き込まれるなんてゴメンだ」
奏羽はヒイロの話など聞く気がないようだ。
何も言わずにいなくなったこはこちらが悪いので、言い訳のしようもない。言い訳のいの字もあろうものなら、顔すら見せてくれなくなるだろう。
とはいえ、シキヤシキに帰ること自体は賛成である。マコトが先に行ってしまったし、様子のおかしいコシキを花奏の元まで送り届けたい気持ちがあるからだ。
「わあ、おひさしぶりです、奏羽リーダー!」
ハッチから勢いよく飛び出したのはコシキだった。
そこに立つ熊の頭を被った人物を見て一目で奏羽だと分かったのは大したものだ。それともシキヤシキでは、奏羽という家出少年(23)は熊の被り物をしているというのが常識なのだろうか。
「…………お前」
コシキを見た奏羽は上から下までまじまじとコシキを見つめ、怪訝な顔をした。
「お前、コシキか。なんでこんなとこにいんの?」
一瞬の沈黙の後、被り物を取り、真っすぐ向き直って言った。これまでの怒りを忘れてしまったのではないかと思わせるほどの態度の変わりようには不自然なくらいだったが、コシキはコシキでもどの個体かを考えていたのだろうか。コシキはたくさんいるようだから、例えば花奏のそばで働く個体であったり、叶苗の元でこき使われている個体であったり。
「これ、リーダーにあげたかったんです!」
そう言ってコシキが背後に隠していたものを前に持ってくる。何本かは落ちてしまったようだが、それでもコシキの手にしっかりと握られている花束。長さは不揃い、品種もバラバラ、折れてしまっているものもあるが、奏羽たちに届けたいという想いでここまで持ってきたということがよく伝わる。
かわいい弟のような存在がこのようなことをしてきたら、それがどんなものでも喜んで受け取るだろう。
「あ…………」
奏羽は花束を、そしてコシキを見て、動けないでいた。気に食わなかったから受け取らなかった、というようには見えない。そして段々と顔を青ざめさせていき、
「やめろ!!」
小さな手に握られている花束を叩き落としてしまった。




