第32話 退化
知能は研究員並で、リーダーの命令は絶対。小さな体を活かした隠密行動が得意で、子供特有の愛らしさも兼ね備えている。
創造者は花奏の母親であり、幼い頃の花奏をモデルにしたらしく顔や背丈は皆同じで、いつも元気いっぱいなのは良いが個性というものもあまりない。
それがシキヤシキにおけるコシキという生き物である。
そんなコシキ──ここにいるのはヒイロたちが最も触れ合った個体である『00248』──が、なんの変哲もない野草の花を握りしめて笑っている。どうやら、彼から花奏たちへの贈り物らしい。
「……そうなんだ。それは素敵なことだね」
ヒイロは素直に感心して見せた。それは本心からの言葉で、ヒイロはまだ事の重大さに気付いていなかった。
「そうでしょう!」
コシキは満足気な顔で頷き、数本のキクからなる花束の形を整える。もとは野草であった花の茎は不揃いで、ところどころ折れ曲がっているものもあるくらいだった。それでも一生懸命に花束を完成させようとしているコシキの姿は、どこにでもいる普通の子供のようだ。
ヒイロはそれを見て普段のコシキからは想像できない言動と不器用さに違和感を覚えたが、コシキにも日頃のしがらみを忘れたくなる日だってあるかもしれないと、あまり深くは考えてはいなかった。
ちなみに、ヒイロがマリアと共に奏羽の部屋の手前まで来ていたのは事実なのだが、扉を開ける直前にどこかで感じたものと同じシンパシーを感じ取り、一目散に彼のところへ駆けつけたのだった。マリアの目にも留まらぬ速さで。
「ぼく、もっといっぱいお花をあつめたいんです。でもこのへんだと、なかなか見つからなくて……」
コシキは自身が持つ花束では物足りないようで、不満気な顔をした。
ヒイロには何となく分かっているが、そもそも彼らがいる場所は店や住宅が立ち並ぶ地帯で、そもそも野生の花など咲いている場所が少ないのだ。その中でこれだけ集めたコシキもなかなか骨が折れたと思われるが、これ以上探したところで数は集まらないだろう。
「俺が手伝うよ。花奏さんには俺もお世話になっているし」
「え……いいんですか!」
見かねたヒイロはそう言わざるを得なかった。コシキが外を出歩いていることを花奏たちが把握しているか分からず、もしそうでないのだとしたらコシキが彼女たちからお叱りを受けてしまうかもしれない。
専ら善人であるヒイロは、花奏のために花を集めたコシキが花奏に叱責される様子を想像しては、そんなことはあってはならないと強く願った。
小葉紅や他の天草社の人間にはあまり見つかりたくはないが、コシキを放っておく訳にはいかない。
「もちろん。それじゃあ……どこへ行こうか」
とはいえ、ヒイロはこの辺りの地理に詳しいわけではなかった。奏羽がいればどうにかしてくれるかもしれないが、そもそも彼に協力を求めようものならすぐに連れ戻されてしまうだろう。
ヒイロが知っていて、この街に詳しい人物……となると、穂泉や琥桜のような人しか思い浮かばない。どちらも天草者側の人間だ。
彼らに頼ることはできない。が、自分たちで探すというのもどれだけ時間がかかるか分からない。奏羽やマリアに説明する際に「迷子でした」で通用する程度の所要時間で、どうにかならないものだろうか。
手伝うと言ってからすぐに行き詰まってしまったヒイロは、思考を巡らせながら歩き回った。いつの間にか狭い路地から出てしまったらしく、明るい日差しがヒイロの瞼を刺激する。
それに反応する暇もなく、今度はとある声がヒイロの耳に届いた。
「おぉ、くま先生のお客さんじゃないですか。こんなところでどうしたんです? 迷子でしたら先生の家まで送りますよ」
気さくに話しかけてきたのは、最初に奏羽に会いに行く際に会った『店主』だった。
笑うと光る白い歯、彫の深い目元、ハリのある筋肉、それを見せつけるようなタンクトップを着こなした男だ。確か作業用のアイテム等を路地裏で売っていた。そしてなぜか地下を通る奏羽の事務所までの移動経路を個人的に持っている。理由は聞いていない。
それでも実質指名手配である奏羽に何も言わず協力してくれている善人である。彼が何の用でここまで立ち寄ったのかは分からないが、頼れるのならこの人しかいないかもしれない。
コシキがヒイロを追いかけて来るように、路地からひょこっと顔を出した。
「あれっ、くま先生……いや、ちょっと小さい…………? 弟さんですかい?」
コシキの存在を知らない店主は混乱していた。
奏羽は熾鬼という一族の関係上、兄弟は皆同じ顔であり、その兄弟の一人である花奏をモデルに作られたのがコシキである。
つまり奏羽とコシキは似ているというより同じ顔なのだが、これ以上の混乱を避けるためには弟という線で行った方が良いだろう。
「そうなんだ。彼のところに行く途中なんだけど、その……」
ヒイロが口ごもっていると、コシキが前に出て自前の花束を店主に見せた。
「これ! ぼくがあつめたんです」
「おっ、すごいですねえ。これをどうするんで?」
「リーダーにあげるんです! でも……」
得意げなコシキは少しうなだれた。
「もっとあつめたくて。このへんにはないから、ヒイロさんに手伝ってもらってるんです!」
コシキの言うことを理解したのか、店主はコシキの目線に合わせてしゃがんでいたのをやめて立ち上がった。
「なるほど……プレゼント用ですか。確かにこの辺りには、野生の花はあまり見かけませんね」
店主は少し考える素振りをする。頭の中で近辺の地図でも思い浮かべているのだろうか。
今のコシキは、はたから見れば家族思いの無邪気な子供だ。間違ってもいないが、元のコシキはいたずら好きでありながらも聡明でシキヤシキのことを一番に考えるような性格だった。
残念ながら、己の持つ「顔」の危険性を考えられずに地上に出てきてしまうのは、シキヤシキのことを一番に考えているとは言えない。今までは花奏たちによる安全確認をクリアしたうえでの限定的な行動だったはずが、こんな街の真ん中までの行動を彼女たちが許可するとは思えない。コシキも自分が外に出ていることは彼女たちには内緒にしているようだった。
コシキという生き物が花奏の作った『植物』なのだとしたら、今の彼の状態はさながら退化と言ったところだ。
「ああ! 思い出しました。近所に花壇を作っている人がいるんですよ。その方いくつか花を分けてもらえないかお願いしてみましょう」
店主がポンと手を打って言った。彼の言うことが実行できれば、コシキの願いを叶えられる。
「わあ、ほんとですか! 見たいです花だん!」
コシキは手を叩いて喜んだ。その顔には満面の笑みがある。
店主は案内すると言い、コシキは軽いステップで着いていく。ヒイロも見失わないように彼らの後を追った。
店主の店は思っていたより遠くはなかった。迷路のような路地を進んだものの、奏羽の事務所からは10分程で到着した。
店の奥にある地下の横移動エレベーターでは数分もかからなかったのだから、あれが異様なの速さを持っていたことが分かる。マコトが酔ってしまったのも納得だ。
「帰りは直接奏羽さんのところまで送りましょうか?」
店主はそう言ったが、今奏羽と顔を合わせれば彼には途方もない量の罵声を浴びせられることになるだろう。自分たちのいざこざに店主を巻き込むのは避けたい。ヒイロはやんわりと彼の申し出を断った。
店主はヒイロたちに店で待っているよう言い、隣の敷地へと足を運んだ。壁だらけでよく見えなかったが、素直に彼が戻ってくるのを待った。
コシキは落ち着きの無い様子で、店内にある工具に興味を示していた。好奇心からかバールやノコギリのような危険な物に触ろうとするのを慌てて押さえる。
「コシキ、あの人に迷惑がかかるから大人しくしているんだよ」
「えー、ヒイロさんのケチ。ぜんぶおもしろそうなのに、さわっちゃダメなんですか?」
「危ないものもあるからね。俺も勝手に工具を触って怪我をしたことがあるよ」
言ってから、ヒイロは首を傾げた。
それはいつのことだっただろうか。マコトと出会ってからそのような機会はなかったため、あの森で目覚める以前の記憶なのかもしれない。マコトや花奏はヒイロの過去を知りたがっているが、それを思い出せるのはいつのことになるだろう…………。
そんなことを思いながらぼんやりと待っている間、コシキが視界でちょこまかと動き回っており非常に思考を妨げるものとなっていた。




