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第29話 お守り

活動報告も更新します。↓

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/list/userid/1383083/




「あれについて何か知っているの?」


 戦慄が走ったようなヒイロの表情を見て、華紅夜(かぐや)は怪訝な顔をした。

 ヒイロはその問いに答えずに戸惑うことしか出来ない。


 彼岸花の青年が取り出した赤い小球。それはヒイロの記憶違いでなければ、とある男がヒイロに渡してきた『お守り』であるはずだ。

 ヒイロが花奏(かなで)に冷室に閉じ込められた際、放たれた熱でヒイロの命を救った代物だ。今は大事なサンプルとして花奏の手で保管されているため、ヒイロの手元に実物がないので見比べることはできないが、小球が放つ鈍い光沢や言葉では説明し難い質感は、ヒイロの記憶にある『お守り』と一致していた。


 なぜそれをこの青年が所持しているのか……とそこまで考えて、ヒイロははっとする。

 身体じゅうに巡り彼岸花の自由を奪う冷気は、この赤い小球で相殺出来てしまうということがヒイロのことで証明されている。

 つまり、華紅夜が放った冷気の銃弾は青年の左脚に命中したものの、小球を持っている青年は行動不能にならないということだ。華紅夜は彼岸花の弱点を知っていてそれに合わせた攻撃方法を選んだわけだが、小球の存在を知らなかったことで奇しくも青年を捕らえるという目論見は外れてしまったのだ。


 しかしヒイロは、小球について知っているのかという問いについて、首を縦に振るわけにはいかない。彼岸花と何らかの関りを持っているのかと疑われることになるだろうし、そうでないとしても詳細を知るための尋問は避けられないだろう。


「いや……知らない。見たことのない、不思議なあいてむだなと。思っただけだよ」


「……ふうん。まあ、そうよね」


 冷や汗が首筋を伝う。嘘を吐いたことの罪悪感などではなく、この状況の結末をある程度予想できてしまうことへの焦燥感からだった。


「うーーん、いいねェ! 『駄目男』とやらも役に立つじゃねェか!」


 青年は手のひらの中の小球をコロコロと転がし、それに対しての賞賛を叫ぶ。当然苦しさでのたうち回る様子など見られず、冷気の代わりに強い熱気が青年を包んでいくのが分かる。恐らく赤い小球の効果だろう。ヒイロの身に起こったことと同じだ。


「…………どうしてまだ動けるの? この前は確かに……」


 華紅夜は隠しきれない動揺を口にした。彼女の言う『この前』とは、この彼岸花の青年が町で暴れたという日のことだろう。ヒイロが確認したマリアの記録映像では彼女らが青年を追い詰めていたように見えたが、それはこの冷気を放つ銃弾によるものだったのだと推測できる。

 しかし青年にはまんまと逃げられたことに加え、冷弾への対策も為されていたようだ。

 それが具体的にどのようなものかは分からないが、少なくとも今の青年の様子を見るにその効果は抜群なのであろう。


「よォーし、今度こそ全員ブッ潰す!」


 やや引いた姿勢になっていた先程とは打って変わり、青年は両手の拳を打ち付けながらやる気は十分だと言うようなセリフを吐いた。左脚に作られた銃弾の痕は衣服を残してすっかり消滅し、気分によってコロコロと表情を変える姿は、彼が怪物だと呼ばれているという認識があるからかより未知への恐ろしさを際立てているように思える。もはや彼が何をしてくるのかまでは想像もつかない。


 だが、青年はいつまで経っても仕掛けてはこなかった。映像で見たような弾丸を飛ばしてくるわけでもなく、圧倒的な身体能力でこちらをねじ伏せるわけでもない。宣言通りの行動を遂行するつもりなら、とっくに何かしてきてもおかしくはないのだが──


「…………ああーうぜェ……緋雨(ひさめ)の野郎のせいで、何もできやしねェじゃんか……」


 と思えば途端に項垂れて自らの掌をじっと見つめ、露骨に落ち込んで見せた。ヒイロたちに向けられた敵意はごっそりと抜け落ち、青年のことを認識している誰もがその変わりように調子を狂わされる。


「nervig……何が起こっているのか分からないけれど、動けないのなら好都合。さっさと捕らえてしまいましょう」


 そんな困惑の中にいる一人である華紅夜は一足早く気を取り直し、彼岸花へと向かっていこうとする。凄まじい行動力だ。

 どうやら冷気を放つ弾丸を連発することは出来ないようで、彼女自身が何らかの方法で青年を仕留めようという魂胆だろう。小葉紅の実力を考えると、同じ特殊からくりである華紅夜にもそれを実行に移すだけの能力が備わっているということが推測できる。下手にここを離れようとすれば、ヒイロたちも捕捉の対象になりかねないだろう。


 自分に向かってくる敵対者を見ても、青年は動じる様子はなかった。単に恐怖心が薄いのか、彼にとっておきの秘策があるのかは分からないが、例えそうであっても華紅夜にとっては彼岸花を捕らえる絶好のチャンスだ。それを逃すわけにはいくまいと、彼女は半ば周りも見えない様子で突撃していく。



 しかしそんな青年の周りで、空気が揺らめいた。目の前に現れた蜃気楼のように覚束ない空間はやがて人のような形を取る。




「────ああもうっ。私は何回あなたを回収しないといけないわけ?」




 ふわりと花のように降り立ったのは、真っ赤な髪をなびかせ、和風の出で立ちをした女性だった。その容姿や雰囲気は、彼岸花の青年とよく似ている。

 異なるのは、彼女の言動からも分かる通り、自分以外のものに対する怒りを纏っていることである。もっともまさに、コロコロと表情を変える青年が先程まで見せていた感情と同じものではあった。


「あ? お前ッ…………緋雨、なンでここにいやがる!」


「あなたをこれ以上放っておいたら、また暴れるでしょう。あと、公の場所で名前を叫ばないでくれる?」


「放っとけ! んなこと言ってるお前は人間なんかのこと庇ってンのかよ!」


「違うわ。どうでもいいのよ、そんなことは。私たちの目的を忘れたの? それを達成するまでは、あなたにはもう好きに行動させないから。いい?」


「はあ? てめェらの方から任務だとか言って俺を放り出したクセに、今度は勝手に動くなって? そりゃあ聞けねえ頼みなンだけど」


「私じゃなくて『駄目男』の方よ、それを言ったのは。やってみたいことがあるとかで、仕方なくあなたに依頼をしたのだけど……おおかた、あの目に見えない機械の試運転だとかの理由でしょうけど。私には理解できないわ、メリットとデメリットの天秤もまともに機能しないのかしら、あの男は」



 霧のように現れた女性は、いきなり青年と言い争いを始めてしまった。その結果、周囲の人物関係によっぽど手を焼いているのか、女性は肩を落として呆れるジェスチャーを取る。

 途中に聞き逃せない単語や情報があるように思えたので、ヒイロは彼らの会話に集中して耳を傾けた。



 ついこの瞬間まで身動きが取れない青年とその前に現れた謎の女性が口論を始めたことに、華紅夜の方は呆気に取られていた。この女性の登場を見るのは二回目だった。華紅夜は遠くから見ていただけだったが、この女性のせいで前回も彼岸花には逃げられてしまったのを覚えている。

 華紅夜は数日前にした小葉紅との会話の中のある情報を思い出す。彼岸花は二種類に分けられ、そのうちの一つは、霧状の血液を操って相手をかく乱する能力を持った『霧形種(ミスト)』であること。

 この女性も恐らく彼岸花であり、霧形種に分類されるだろう。何度も何もない空間から姿を現しては消え、華紅夜たちの捜査を掻い潜っているのがその証拠だ。


 そして、その彼女が今まさに、数日前と同じように姿を消そうとしている。

 それが行われてしまえば、今度こそ彼女らを捕らえる機会はなくなってしまう。華紅夜はそう直感した。これまでどんな手段を使っても、彼岸花の居場所どころか彼らに大きな打撃を与えたことはない。その事実が、少なからず自信の喪失に繋がっていた。



「さよなら、忌々しい『天草』の手先さん。それと……今のところ私たちに敵対する意思はない、とだけ言っておくわ。今回も前回も、朱兎(あやと)……この子が勝手にやったことだから」


「お前、公の場で名前を呼ぶな!」


 口に出してから少しだけ顔を歪めた女性だったが、気にすることなく言葉を続けた。それに対して、青年は先程自分が受けた文句をそのまま返した。ブーメランを放ったとでも言うべきか。


「仲間が勝手にしたことだから……見逃せって言ってるの? 冗談でしょう。そこの彼が出した被害を知っているの?」


 女性の言葉に、あり得ないといった風に華紅夜は反論した。ヒイロも噂には聞いたが、町中(まちなか)に現れた彼岸花が出した被害は、人的、環境的ともにやや痛手であったのだとか。

 流石は正義を謳うからくりであると言うべきか、華紅夜は恐ろしい剣幕で女性に詰め寄った。


 しかし女性は澄ました顔で言う。


「どうでもいい。さっきも言ったわよ、私」


 彼らの姿はその言葉と共に、霧となって空気に溶けていった。





「Scheiße……また逃げられた…………」


 華紅夜は虚空を睨みつけて捨て台詞を吐く。捕らえるべき相手に二度も逃亡を許すことは、今までどんな仕事もこなしてきた彼女にとって屈辱的なことであり、人々の生活の平穏を守る役割を担った役職の者にとっても一刻も早く解決を迫られる事案のはずだろう。

 『一般人』として手出しができなかったヒイロには、そんな彼女にできることは少ない。


「……俺たちの方から、なにも出来なくて申し訳ないよ。華紅夜さん」


 気を落としているであろう華紅夜にどんな言葉をかけて良いか考えるのに時間はかけず、結果励ましの言葉は簡素なものになってしまった。


 しかし意外にも──と言うのも馬鹿らしくなるくらいに、華紅夜はスンと顔を上げた。そこには先ほどまでの、命を愚弄した相手に向けるような軽蔑と怒りの表情は全くと言っていいほど存在せず、冷徹さと余裕を兼ね備えた薄氷のような笑みがあるだけ。これにはヒイロも驚き、同時に背筋に冷たいものが走る気がした。


「ああ、ヒイロさん? あなたが謝ることじゃないわ、すべては私の力不足。二度あることは三度ある……なんて不吉なことにならないように、こちらの方で対策を完璧に立てておかなくちゃね。それで……」


「……何かな?」


 自身の失態が嘘だったかのように言葉を並べまくし立てる華紅夜を見て、ヒイロは自分の気遣いが杞憂だったことを知り安堵する──というわけにもいかない。なぜなら、彼女が何を考えているのかさっぱり分からなくなってしまったからだ。

 小葉紅と同じように、人間を守る特殊からくりの責務を背負い正義を掲げている組織の一人なのだと思っていたが、この様子を見るに、何か彼女自身の思惑が隠されているような気がしてならなかった。

 だからと言って、ここで彼女に警戒心を見せるわけにもいかない。


「あなたたちがさっきの彼岸花に目をつけられていた理由と、彼らについて知っていること……少しでも良いので情報を提供していただきたいの。お時間があれば、お話伺ってもいいかしら。……話しにくかったら、小葉紅(あのコ)との馴れ初めからでも聞かせてくださると嬉しいわ?」


 紳士を食事に誘う淑女のような振る舞い。華紅夜はヒイロとその後ろのマリアを交互に見た。

 彼女の目的……もしくは仕事の一つは、彼岸花に対して身近に触れたことのある人物への事情聴取のようだ。


「そそ、そんなんじゃありませんよ、ヒイロさんは……!」


 ヒイロと小葉紅との馴れ初め──この言葉に反応したマリアは、大袈裟な態度でそれを否定した。もちろん彼女とはそのような関係ではないことは、華紅夜も知っているだろう。あえてからかっているのだ。

 そんな数分前までとは打って変わったような言動も、何人も彼女の内面を覗き見ることはできないと囁かれているようだった。

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