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第25話 違反者


「────当然だが、研究所からからくりを逃がすことは重大な規則違反です。我々はそんな無法者に社会的制裁を与えなければならない。なにも銃で撃ってやろうと言っているわけじゃないから、勇気があるのなら早めに姿を見せて欲しいものっすねえ……」



 捜査に進展がないことへの苛立ちを隠そうともせずに、(たちばな)は大袈裟に足を組んでテーブルに肘を乗せた。それこそ一般人にガンを飛ばすヤクザのような圧を含んだ微笑は、見るだけで身が縮こまりそうなものである。


「……それは、俺たちに言っている?」


「先輩、怖いです。パンピーをあまり睨みつけないでください」


 そんな橘にも動じる様子を見せないヒイロは首を傾げ、佐倉は目を逸らした。


「俺だってパンピーだよ。人の素を笑いものにするやつにも社会的制裁を与えられる規則(ルール)があればよかったんだが」


 生憎そのような規則はどこにもない。橘とてそれが分からない大人ではないので、不満は吐き出せるタイミングでひたすら吐き出すのが良い。彼にとってはその対象が佐倉なのだろう。


「はあ……先輩が監視の仕事を真面目にやらなかったから、僕も危うく娑婆(しゃば)とはおさらばになるところでした。せっかく念願だった研究所で仕事が出来るっていうのに……こんなのあんまりですよ……」


 佐倉は一人で何かを嘆いている。聞いたところによると、橘も初めは一人の優秀な研究員だったそうだが、日頃の行いの悪さ──主に寝坊、遅刻、仕事の放棄、etc……──によって研究の任を外され、研究所の監視カメラのセキュリティチェック等の仕事を与えられたのだという。しかしそこでも彼は己の仕事を減らしたいが為に新人の研究員を一人寄越せとまくし立て、運悪く選ばれてしまい派遣されたのが新人の佐倉だったのだとか。

 彼の自由奔放さはそれだけでは飽き足らず、監視の目を離した隙に研究所からからくりが『盗まれ』、本来ならば速攻でクビになることを免れなかったはずだが、なぜかそのからくりを追うという重大任務を負わされた、というわけらしい。

 佐倉はそれに巻き込まれた完全なる被害者……と言うことも出来なくはないが、監視の責任は彼にもあるという事なのでそこは擁護できそうにない。


 話を聞く限りだと橘という男はかなりの問題児だが、ここまでよく解雇を免れ我儘を通してきたものだ。しかも実際に見る彼はそこまで強烈な印象を与えない、人づきあいも悪くなく、上司と後輩の為に財布の紐も緩めたままの善良な人間だ。仕事に不真面目、という点は少し納得できそうな気もするが、それも許容範囲内である。

 不真面目なだけで実は会社の重役だとか、研究所のトップだとか、そういった話は物語の中でしか聞かないものだが、彼に限ってはもしかしたら……とも思わせる。

 しかし、個人の立場などはヒイロにとっては特に関係のない情報なので、無理に探るようなことはする必要がないだろう。



「橘さん。一つ聞きたいことがあるのだけど──」


 ヒイロは彼に関する話を詳しく耳を傾けていたものの、やはりまだ見えてこない部分があったのでそれを訪ねようとしたのだが、ふと時計を見た橘は勢いよく立ち上がった。


「あ、やべえ。この後本部で会議があるんだった」


 橘はそのまま、分厚いファイルや資料をまとめて鞄の中に放り込む。カップに残ったコーヒーを立ったまま飲み干し、佐倉を急かすようにつついて腕を引っ張る。


「そんじゃあ悪いけど、一足先に抜けさせてもらいます。機会があったらまた話しましょう……おい、行くぞコサクラ!」


琥桜(こはる)ですってば。国語苦手なんですか?」


「そのまま読んだらこうなるだろうが。面倒くさい名前しやがって……あ、会計はしておきますね」


 橘は多重人格かと思う程にコロコロと態度を変えながら慌ただしく会計を進める。そうして二人の捜査官と一人の少女はカフェの扉の向こうへと消えていった。




「賑やかな時間でしたね。天草社の方々との接触を許してしまったのは失態でしたが……その分、有益な情報を手に入れられたと思いましょう」


 スイーツについて語り尽くしたのか、マリアは満足気な表情をしている。ヒイロが食べ終えたワッフルの皿を羨ましそうに見ているが、彼女が考えている事が叶うことはないだろう。


「一番気になっていたことを聞きそびれてしまった……」


 丁度良いタイミングを逃してしまったヒイロは、先程の二人の捜査官の名前を脳に刻み付ける。

 ふと、橘と佐倉、二人の男の他にもう一人いたことを思い出すが、彼女の名前だけを聞いていなかったことに気が付いた。

 彼女と親しげに会話を弾ませていたマリアなら名前を聞いていたかもしれない、とマリアに問いかける。


「自身をからくりだ、と言っていたあの少女の名前は、何と言ったかな?」


「はい、それなんですが……(わたくし)の予想が正しければ、彼女は恐らく────」





小葉紅(こはく)さん。あんたはどうします?」


 小葉紅、と呼ばれたからくりの少女は、赤い怪物を相手に大きな剣を優雅に振り回し瓦礫の中を駆け回った特殊からくりに違いなかった。

 あの時と違う点は、身体のラインが浮き彫りのボディスーツではなく、帽子に黒縁の丸眼鏡、サイズの大きなブラウスというラフな服装であることだ。それが自身の役職を隠すためなのか、単なる私服なのかは分からないが、少なくとも周りの目には彼女が『小葉紅』であることは一切悟られることはない。


「ああ。本部へは君たちだけの出席で構わないだろう。ワタシは少し、個人的な用があるのでここで失礼する」


 橘と佐倉は小葉紅に対して軽く礼をして、足早に駅の方面へと去って行った。


 小葉紅はふう、と息を吐く。特に意味のない行為だが、食べることと言い、こういった人間がする動作をするだけでも気持ちの切り替えが容易に出来るような気がするのだ。


 服に付着した埃を掃い、手鏡を取り出して髪の乱れをチェックし、帽子を深く被りなおす。賑わう人通りの中をするすると通り抜け、彼女は最初の目的地へと向かった。





「あのヒトの個人的な用事って何なんでしょう。先輩は知ってますか?」


「ちらっと小耳に挟んだんだが……コレって言っても良いもんなのかね」


 橘は一瞬躊躇したものの、悪いことではないと判断したのか話を続けた。


「数日前の、噂の彼岸花との衝突で殉職した隊員の親族や友人のところに……直接訪問して回っているらしい」


「え……それって、小葉紅さんが直接やってるってことですか?」


「そうだよ。上からの命令ってことはあり得ないし、なんでそんなことをわざわざするのかは知らんが。本人がそうしたいって言うんならやらせるしかない」


 事務や本来の職務において貴重な戦力であり天草社の所有物である小葉紅に対して、そう多くの時間を与えることはないはずだ。彼女は自身のための時間を、身近な存在を失い悲しみに暮れている人間の為に尽くしている、ということだろうか。

 悲しみを理解し憐れみを向けることが、からくりに出来ることだとは考え難いが、浪漫を追求する佐倉にとってはむしろ好都合な解釈と言えるだろう。機械と人間の想像のあれやこれやは、いつだって彼の心をくすぐるものだった。


「また意味不明なことを考えてるんじゃないだろうな。何でも良いが仕事を疎かにするんじゃねえぞ」


 橘はついでに小葉紅についてはあまり首を突っ込むなよ、と釘を刺す。


 佐倉は仕事を疎かにして処罰を下されたのは一体誰のせいだ、と返そうとするが、監視の仕事については自身の失態でもあるので責任の押し付け合いが堂々巡りになってしまう。

 面倒臭いことになりそうだと、耐えろ自分と頬を叩いて衝動を抑えている。


 何も言えない佐倉を見た橘は手に持っていたスーツを羽織り直し、ポケットから厚みのない小さな箱を取り出すと、中から指に持った細長い円筒状のものを口に咥えた。慣れた手つきでライターを使い火を付ける。


「先輩、吸うんですか? 僕にも一本くださいよ」


「図々しいぞ。それに仕事中に吸うやつがあるか。あれだ、体は大事にしろ」


「なんで僕だけ。そんなこと言うなら先輩もですよ。仕事中です」


 そう言って橘のタバコをひょいと取り上げ、通りがかったコンビニ前に置かれている灰皿で火をもみ消して捨ててしまった。


「あ、お前! 本部じゃ吸えないから今しかないってのに。ちょうどいいからコーヒー奢れよ」


 橘はそう言ってそそくさとコンビニの中へ入って行く。引き止める後輩の声も聞かずに、手に取った缶コーヒーを見せびらかすように佐倉を急かし始めた。散々スイーツを奢ってやったんだから、とでも言いたげだ。


「うわあ、もう。早く行かないといけないのに!」


 橘はこれまでの素行の悪さが積み重なってもはや遅刻の常習犯となっているようだが、新人である佐倉はそうはいかない。この利己的な先輩という生き物を置いて行くわけにもいかず、彼の缶コーヒーを買ってやらなければ事は進まない。

 入口でただ足踏みしていても時の流れに過敏になってしまうだけなので、仕方なく彼のもとに駆け寄るしかない佐倉であった。





 熾鬼自然科学研究所。またの名をシキヤシキ。

 ここでは様々な事情により研究を続けられなくなった、もしくは表に顔を出せなくなった研究者たちが受け入れられている。彼らはシキヤシキの主である熾鬼の兄弟たちが展開する五つの分野の研究に勤しんでいる。

 その中の一つである機械工学研究室に属する、一際特殊な経歴と技術を持つ研究員がいた。


 彼は数年前に天草研究所で働いていた優秀な研究員の一人であったが、とある一件で規約違反を犯したと見なされ追放された、という経緯を持つらしい。しかしそれは本人の口から語られたわけではなく、彼の状態から花奏たちが判断したものだった。


 彼が自身のことを話したがらない、というわけではない。足を撃たれ身体を引きずりながら辿り着いた先のシキヤシキで運良く保護を受けたわけだが、逃亡時のショックから上手く言葉を発することが困難になっていたからである。


「…………」


 そのような状態でもおよそ3年の間シキヤシキの研究に貢献してきた彼は、力無い佇まいとは反対に、その功績に適う威厳をそなえていた。

 現在シキヤシキ内のカフェテリアの一席に集った花奏と叶苗、そしてマコトの正面に座る初老の男性こそが彼である。


「…………橘さん」


「……」


 しかし彼は名前を呼ばれても尚、反応を見せない。


「駄目ね。今は話せないタイミングみたい。調子が良い時はほんの少しだけ、饒舌になるんだけど」


 彼と向かい合う3人の内の一人、叶苗がそう言った。彼女たちにとって彼の反応はいつものことのようで、たいして驚くこともなかったが、少しの落胆が垣間見えた気がした。


「橘さん。僕です、(マコト)です……覚えてますよね?」



 マコトは彼を知っていた。同時に、もう彼と会うことはないだろうとも思っていた。

 だから逃げたのだ。初めてシキヤシキに訪れた時、弱った彼の姿を見て。

 その姿は自分の弱さの証だった。彼が天草研究所を追い出されることになったのも、精神的なショックを受けるほどの傷を負ったことも。

 彼が怖いから逃げたのではない。合わせる顔がない、自分の弱さと向き合う勇気がない、そういった理由だった。


 むしろ彼には感謝している。たった一つのモデルである自分を作ってくれたのだから。

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