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第24話 なんだか聞いたことのある名前


「おお、これは『マリア』っすね。よーく手入れされていて、結構前の型番……おたくのとこの?」


 橘という男性は態度を改め、ヒイロに仕えるからくり(ということになっている)であるマリアに興味を示した。マリアは照れと焦りを表に出さないように必死にこらえている。


「彼女はカナメといって……えーと、俺の所有するからくりなんだ」


 ヒイロは、事前に奏羽(かなう)に用意された通りの答えを述べた。偽名は丹波製薬で使ったものと同じで、万が一誰かと会話することがあったらと、一般的な家庭用のからくりであるマリアに違和感を持たれないようにとの配慮だ。


「ふむ。それで、俺たちに用事がありました? それともうちの上司が気に食わなかったとか?」


 上司、と言って彼が指さしたのは、スイーツを頬張る少女だった。まさか本当に彼女が上司なわけはないだろうと、二人は敢えて疑問を提示しない。


「ちょっと先輩、なにガン飛ばしてるんですか。怖がっちゃうでしょう。もしかして元ヤンですか?」


「うるさいぞ、違う。お前の喚き声が周りに迷惑をかけてるんじゃないかと思ってだな」


 爪先の痛みに耐えながらひょこひょこと隣にやって来たのは茶髪の男性だった。

 男性はどちらもおそらく二十代前半で、茶髪の男性の方はその振る舞いから大学生のようにも見える。黒髪の男性が先輩と呼ばれていることから、二人の関係性がうかがえる。そのまま喧嘩を始めてしまいそうな雰囲気だが、仲が良いことは確かなようだ。


「そうだな。君たちに迷惑をかけたというなら、一つ、ここのスイーツを注文してみてはどうだろう。美味いぞ。謝罪の気持ちも込めて、(たちばな)捜査官の財布から金が出るぞ」


 黙々とケーキを頬張っていた少女が、言い争う男性二人とヒイロたちに声をかけた。ただ一人にとって納得がいかない理不尽な話であろうが、甘味の山はヒイロの腹をくすぐった。


「なんでだよ。あんたの財布じゃないんすけど、俺」


 黒髪の男性は不満を垂れ流したが、後輩に煽られながらしぶしぶヒイロたちを席に案内した。上司には逆らえないらしい。

 ただし元々彼らがいたスペースは四人席だったため、他から椅子を持って来なければならなく、黒髪の男性が席を譲ったのだがそれも不満そうにしている。ヒイロとマリアは申し訳なさを覚えたが、『後輩』と『上司』は遠慮するな、と言う。日頃から彼らに軽く扱われているのであろう黒髪の男性には憐れみを抱かずにはいられない。


「見ず知らずの(わたくし)たちにこんなにしていただく必要は……そもそも迷惑なんてありませんでしたし」


「気にするな。同じからくりとして、ここの甘味はぜひ食してもらいたいものだからな……ちなみにワタシのオススメは──」


 少女とマリアは、同性どうしで打ち解けやすいのか盛り上がり始めてしまった。彼女たちの視線は、テーブルをはみ出すほどのメニュー表の上を駆け巡る。


「すみませんね、うちの上司が。お詫びと言ってはなんですが、おたくもコーヒーの一杯くらい飲んで行きます?」


「ひゅう。先輩、太っ腹」


 最早それを受け止めるのが面倒になったのか、『先輩』は華麗にスルーを決める。一瞬の後に横で『後輩』が足を抑えて呻き声を上げだしたのは気のせいだろう。


「ありがとう。俺はヒイロ。君は橘さん……で良かったかな?」


「ええ。そんでこっちのアホは()(くら)という。アホと呼んでもらって構いません」


「ひどい……」


 佐倉は、身体を極端に縮めて涙目で訴えかける。普段からお調子者として扱われているのだろう。橘は冷ややかな目線を送り、ヒイロの方に向き直った。


「えー、改めて自己紹介させてもらうと。俺は橘穂泉(ほずみ)といいます。コレは佐倉琥桜(こはる)。俺たちは天草社で働く特殊調査員みたいなもんです。前は監視の仕事、その前は隅っこの研究員……と、だんだん扱いが雑になってきている我が社に不満を抱かずにはいられない日々……なのは置いておいて。とにかく我々はとある件についての調査をしているんですが、丁度いいんでちょっと協力して欲しいんすね」


 橘は簡潔に自身の身分を説明した後に話を切り出した。

 何よりもまず驚くべきは、彼らが天草社の人間であることだ。よりにもよって最も接触を避けねばならない相手である。

 しかしここで何かと理由をつけて退席するのは不自然極まりない。やましいことがあるので聞いてください、と言っているようなものだ。マリアもそれを察したようで、思考を悟られないように会話を続けた。ヒイロもそれを真似て、平常心を保とうと努める。


 橘は気怠げな態度を取りながらも、言動の端々からその品の良さが滲み出ている。佐倉に対する接し方から分かる通り、目上の人物や他人には仕方なく敬語を扱っているのだろうが、比較的話の分かる人物と見える。


 以前にも似たような人物と接したことがある気がしたヒイロだったが、今考えるべきことではないと判断して橘に耳を傾けた。


「調査というのは、以前天草の研究所から盗まれた(・・・・)からくりのことです」


「……?」


 盗まれた、という言い方が引っかかった。ヒイロは天草研究所からやって来たからくりを一人知っているが、彼は自分の力で逃げ出して来た、と言っていたのを覚えている。

 順当に考えれば、逃げたからくりを取り戻すことに必死ではあるが、それを公にしてしまえば研究所の、そして会社としての信用を失うことに繋がる……というのがおおすじではなかろうか。

 その逃げたからくりが、特殊からくりなどというどう聞いても機密的な存在であれば、なおさら事実として公開することは避けたいはずだ。


 となれば、こちらは天草社がどこまで『逃げたからくり』についての情報を把握しているかを探ることができる。相手の調査に協力するという名目のもと、である。ヒイロにそのような器用な芸当が出来るかは別として。


「俺に出来ることであれば協力するよ。何でも聞いて欲しい」


 有り難い、と橘は鞄から厚いファイルを取り出す。しかしその中身は数枚の用紙が挟まれているだけで、大きな情報を掴んでいるとは思い難かった。


 橘は初めに、身長や服装など、目的のからくりの大まかな容姿と、目撃情報を元にした考えられる犯人の逃走ルートの候補などを共有した。犯人などいないわけだが、からくり本人の逃走ルートだと置き換えて考えるのが良いだろう。そして容姿の特徴は確かに、ヒイロの知る彼と一致していた。

 続いてこれらを踏まえて、心当たりのある人物や組織はあるかどうか。もちろんこれはノーだ。現時点で仲間である彼の情報を売るわけにはいかない。そして橘たちの調査は、まだ大したところまで進んでいないのだということが分かった。


 その後もあれこれと質問されたが、怪しまれない程度に答えつつ、核心に迫るものは知らぬ存ぜぬを貫き続けるヒイロ。その淡々としていて正直そうな態度も相まってか、隠し事があるとは悟られることなく質疑は進行した。


「はー……やっぱり聞き込みでどうにかなる問題じゃないだろうな」


 ボールペンをくるくると回しながら、橘はテーブルに突っ伏した。早くも行き詰まってしまったらしい。


「もしかして、まだ調査は始めたばかりということなのかな?」


「そうそう。先輩は前の仕事で失敗してこの仕事に追いやられたわけですけど、それすらも面倒臭がって、動き出したのが昨日だったんですよね。やっぱり給料泥棒ですね、この人」


 給料泥棒、という言葉を聞いて橘はむっと顔をしかめる。


「お前はどこまで先輩様を貶せば気が済むんだ。俺は俺で正当な手続きを踏んでだな…………と、話の途中でしたね。とは言っても、有益な情報はナシだな……」


「力になれずに申し訳ないよ。他に必要なことがあったら、なんでも言って欲しい」


 ひそかに隣で彼らの会話を聞いていたマリアは思った。ヒイロは純粋な疑問をぶつけたり素直に感心したりするだけでなく、平気で言を偽ることが出来るのだ、と。厳密に言えば情報を隠しているだけで、偽る、とは違うかもしれない。こうしている間にも、ヒイロは何事もないような顔でコーヒーを啜っている。彼の意外な一面を目の当たりにして、不思議な感覚に包まれるマリアであった。


「カナメ。聞いているか? そのワッフル、食べないのか?」


「あ……ええ。そうしたいところですけど、(わたくし)は食品を摂取できるつくりにはなっていませんので。良かったらヒイロさん、頂いてくださいませんか?」


 思考を別の事に割いていたマリアに、スイーツ好きの少女は問いかけた。しかしマリアは自身が言った通り、特殊からくりや他の専門的なからくりとは違って食事ができない。カフェのメニューなどを見て話に花を咲かせるのは良いのだが、食事という行為に対してそこまでの楽しみ方しかできないのである。

 これは彼女にとって非常に惜しく残念なことであるが、マリアにとっては自分の大切な人が美味しいものを食べて笑顔を見せてくれる、それだけで十分満足できるものだった。


「ええと、構わないかな? 橘さん」


「ええ……もう注文してしまったみたいだし、存分に味わってくださいよ…………」


 橘は自身の財布から無抵抗に飛び出す貨幣たちの姿が見えた気がした。



「…………」


 ヒイロは何か引っかかっていた。今、目の前にいるスイーツ好きの少女は、自身を「からくりだ」と言ったのをヒイロは聞き逃さなかった。一般的なモデルであるが食事を口にできないマリアと、口いっぱいに甘味を頬張るからくりの少女。この少女はただのからくりではないのではないか、という疑問が徐々に大きくなっていくのを感じていた。

 そして食事をとるからくりといえば、もう一人思い当たる人物がいる。(はじめ)の家で紅茶を飲んだ時、シキヤシキのカフェテリアで軽食を取った時。彼はそのいかなる場所においても、何かを口にしていた。


 それこそが、今ここで『逃げたからくり』について捜査を進めている橘が追っているであろう、特殊からくりであるマコトである。

 これは、この少女が特殊からくり、またはそれに準ずるものだということを暗に示している。


 さらにもう一つ、マコトという存在から連想させるいくつかのワードがヒイロの脳内を廻っていた。

 マコトはシキヤシキに初めて訪れた際、何かに怯えるように逃げ出そうとしていたのを覚えている。その時に彼の前に立っていた人物が何と呼ばれていたのか、ヒイロは記憶を辿って照らし合わせようとする。



「仕事の失敗と言えば。何年か前に、研究所の規約違反をしたとかで処分を受けた研究員がいましたよね。僕はそのときはまだいなかったので、名前は知りませんけど。ね、()先輩?」


「ああ……俺は下っ端の新人だったから、その時のドタバタには混ぜてもらえなかったな。というより、そんな致命的な失敗と一緒にするな。失礼だろう、俺に」



「…………橘」



 あの時、マコトが恐れたその目線の先にいたのは、杖を持ち足を引きずった初老の男性。


『あら……橘さん、大丈夫?』


 これはよろめいた彼に、寄り添った叶苗(かなえ)が放った一言だったはずだ。



 目の前にいる『橘穂泉』とは全く別の人物であると分かってはいるが、どうしても何かが結び付きそうで叶わないもどかしさがヒイロを襲う。

 しかしよく考えれば、同じ姓の人間がいたところで特に珍しくもない。ヒイロは、単なるこじつけだと自分を納得させて疑惑を振り払うしかなかった。

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