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第22話 待機/始動

 映像の一部始終を見届けたマコトたちであったが、残念ながら最後の方は映像が乱れており、中身の確認が不可能だった。当時その場にいたマリアも、当然同じものが見えていたという。砂埃か小さな塵が視界の邪魔をしたのか、はたまた別の要因なのかは不明だったがそれはともかくとして。

 マリアの記憶映像から得られた情報は主に二つ。



 第一に、彼岸花は実在する。

 正確に言えば、『怪物と呼ばれる彼岸花は』である。

 今まで散々そうだと疑わなかったヒイロは、半分、いや一割ほど彼がただの人間である可能性を捨てきれていなかったし、丹波製薬に赴いた際に一度だけ目にした彼岸花はぴくりとも動きはしない一輪の花であった。

 故にマコトは、五年前から囁かれている怪物としての彼岸花を知らなかったのだ。生き物である以上複数の個体が確認されるのはほぼ必然であるが、これまでの情報を合わせても彼岸花という生物の生態が掴めなかった。

 しかしここで、思っていたものとは違ったがその一部を覗くことができた。これは僅かながらも調査の前進である。


 そして二つ目。



「彼岸花…………逃げちゃってるじゃん!」



 そう。巨大な剣と巨大な手を振り回して火花を散らせていた特殊からくりの小葉紅と彼岸花の青年だったが、その決着はつかなかった。

 そして煙や人混みに遮られて鮮明に見ることができなかった最後のシーンでは、小葉紅は確かに彼岸花の青年を追い詰めていたように見えた。しかしその瞬間、画面がゆらりと揺れて視界が極度に悪化したのが分かった。まるで霧の街を覗いているかのような朧げな視界に変わり、それが晴れたときには既に青年の姿はなかったのだ。


「すみません……(わたくし)がもっと高性能のレンズを内蔵していれば……」


 青年が逃げたこととの因果関係はないものの、彼岸花についての情報を得るという点で貢献できなかったとばかりに、マリアはぺこぺこと頭を下げた。もちろん彼女に何一つ非はない。

 そんな彼女の肩に触れて、ヒイロが慰めの言葉をかけた。


「環境が悪かったんだよ、きっと。マリアさんは悪くないよ」


「うう……ヒイロさん……」


「あのさぁ、どうでもいいこと謝ってどうすんの。ほら、からくり。思いついた有用な考察でも披露してよ」


 そんな様子に呆れた奏羽(かなう)が、マコトを指さして言った。からくり、と呼ばれたことにやや不満を覚えながら、マコトは考える。

 とは言っても、考察などというほどのものは持ち合わせていない。というより、分かったことから既存の情報に結び付けるような仕事は、マリアの方が得意だと思う。

 マコトはからくりではあるが、誰もが思うような、高性能なプログラムで情報を処理する……といったことをしている自覚がないし、出来るとも思っていない。天草研究所にいた頃に、まるで本物の人間のようだ、と何度も言われるほどであった。


「う、そうだなあ……なにか、なにか良いこと思いついたらいいんだけどなあ……」


 マコトは誤魔化すように頭を捻らせ身体をくねらせ首を傾げて悩む……フリをするのだが、ちいさな医者の厳しい目線は逃してくれそうになく、かといってこれほどのプレッシャーをかけられてしまうと逆に頭が真っ白になってしまう。先ほど考えていたことは、奏羽の期待に応えられるほどのたいそうな意見ではないと分かっているので敢えて口には出していない。



 奏羽は感情を抑え込んでいるが、彼の内心の苛立ちが目に見えてきたところで、状況に転機が訪れた。



「…………あ」



 小さく声を漏らしたのは奏羽だった。その原因は、室内に響くポップな電子音……恐らくは携帯電話の着信音だ。音の発生源は、彼のズボンの左ポケットだと思われた。


 取り出して確認したスマートフォンの画面に書かれていた発信者の名前が余程(かん)に障ったのか、奏羽は露骨に眉をひそめて大袈裟な舌打ちを繰り出し、端末ごとマコトに押し付けてきた。


「え、え? これ、どうしろと?」


「アンタが出て。ちゃんと聞いてるから」


 奏羽宛の着信になぜ代わりに出なければならないのか、訳も分からないまま慌てて画面を操作して通話に応じる。


「も、もしもーし……」


 とんでもない金額を要求してくるいかついギャングでも敵に回したのだろうか……と恐る恐る端末を耳に当てて、相手の反応を窺う。

 しかし、聞こえてきたのは怒鳴り声でもなく無骨な男の声でもなく、予想とは大きく違った声だった。しかも、よく聞き覚えのあるもの。


『やっほー、奏羽! 元気ー? 君の大好きな花奏(かなで)姉さんだよ!』


「え、花奏さん?」


 通話の発信者はなんと、シキヤシキにいる花奏だった。彼女の方から奏羽に電話をかけてくるのは、二人は姉弟同然の間柄なのだから何の疑問もないのは当然であるが、話を聞く限りでは奏羽は家出中だったはずだ。そんな彼が花奏に自身の連絡先を教えているとは考え難い。


 すると引きつった表情を浮かべている奏羽本人の口から答えが飛び出した。姉に聞かれたくないのか、極小の忍び声を限界まで荒げて。


「(いくら消しても、何故かボクのスマホに入ってくるんだよこの姉ウイルスは(連絡先)!)」


 ウイルスというのは彼なりの冗談だろうが、それはシキヤシキの優秀な技術者の手にかかれば造作もない事なのかもしれない。消しても消しても消えない連絡先というのも怖いものである。


『あれ、その声、マコト君? 奏羽のとこに辿り着けたんだね、良かった!』


 花奏は奏羽にかけたはずの電話にマコトが出てきたことに多少驚きはしたものの、それがさも当然かのように話を続けようとした。


「どうしたの? 奏羽さんを連れ戻すことなら、ええっと、まあ順調だよ」


 横でフッと嘲笑うような音が聞こえる。奏羽はきっとまだシキヤシキに戻る気はないのだろう。彼の性格を考えると、花奏が電話をかけてきたことでよりいっそうその気がなくなったに違いない。


『そうなの? ありがとう。実はね……今は、ちょっと伝えたいことがあって連絡したのよ』


「伝えたいこと……?」


『うん。丹波(たんば)製薬のことなんだけど』


 それを聞いて、丹波未来(みらい)について何か判明したのかと思いきや、そうではないようだった。


『実は、和木さんの支社との連絡が取れなくなっちゃって』


 和木さん、とは丹波製薬の社長の娘である未来の叔父だ。つまり社長の兄か、弟ということになる。彼は社長から直々に支社を任されている立場だった。

 その支社との連絡が取れなくなったということは、和木本人と社員の両方共と連絡がつかないということだろう。

 丹波製薬とは、花奏が必要としている彼岸花の取引を保留にしてあったはずだ。和木はこの件について、追って連絡すると言っていたのを覚えている。まさか逃げられたという訳ではあるまいが、もしもそれが無しになってしまえば花奏にとっても良くないことなのではないだろうか。


「それって大変じゃん! どうしよう、ええと、今から……和木さん探しに行く!?」


 軽くパニックに陥ったせいかどう考えても実現不可能な案を勢いに任せて口走ってしまった。これでは本物の馬鹿だと思われても仕方ない。


『それは私たちのほうで頑張ってみるから大丈夫。色々調べるまで時間がかかるかもしれないから、君たちはしばらくそっちに滞在しててもいいよ』


「はぁ? 何言ってんの…………ちょ、おい、姉さ……!」


 あまりに通常のトーンで告げられたからか反応の遅れた奏羽は、通話を切られるその瞬間にマコトからスマートフォンを奪い取った。端末は通話が途切れたことを示すツー、ツーという無慈悲な音を発している。


「ボク、何も言ってないのに……。勝手に決めるとかホント、頭イカれてるよあの姉!」


 奏羽は悔しそうにスマートフォンを握りしめながら悪態をついた。今にも握力でめきめきと音を立てそうな状態のスマホにそっと同情する。


「…………アンタたち、本当に居座るつもりじゃないよね?」


 恨めしそうにこちらを睨みつけてくる。


「だ、だってほら、他に行く当てもないし……ね?」


「俺は嬉しいよ。もっと熊の実物を近くで見たいと思っていたんだ」


 滞在が許されたのを素直に喜ぶヒイロであったが、誰もが『喜ぶところそこなんだ』と思ったことだろう。


「『ね?』じゃないしこっちもこっちで理由が意味不明すぎるよねぇ……??」


「…………あの、もう一回電話してみたら? ちゃんと話し合えば何とかなるかも」


 何とか彼の斜めの気分を水平に戻すべく提案をする。

 マコトにとっては自分たちがどこで何をするのかは正直に言ってどうでも良かったので、花奏が言うのならシキヤシキに戻ることも考えはする。しかし外に出る危険性というのも考慮するとこのままの状態の方が今は最善策だと信じたい。


「はっ……その手があった!」


 奏羽はもの凄い剣幕で電話の履歴を見返しては画面をスクロールする指をこれでもかと動かしたが、やがて項垂(うなだ)れて撃沈してしまった。



「くそ…………全部消えてる…………。いつもボクが苦労して消去してる連絡先がこんな簡単に、しかも履歴も何の痕跡も残さず綺麗に消えてるなんてことある? ボク、ひょっとしてナメられてる?」



 そう言われると──花奏の満足気で悪戯な笑みが、どこからともなく浮かんでは消えていく気がしたのだった。







「────おーい、弟さん。大丈夫──?」



 暖かい室内に、無邪気な少女の声が響いた。彼女の膝の上に頭を預けるのは、時折苦しそうに呻き声を上げていた白髪の青年だ。

 しかし青年の状態は既に安定し、今にでも目覚めそうな顔色をしている。少女はそれに気付いて、ぺちぺちと彼の頬を叩きながら呼びかけていた。

 すると案の定、重なった痛みに嫌気がさしたのか、青年はカっと目を見開いて身体を起こした。


「…………あァ! 何なンだよ、人が気持ちよく寝てるってのによ!」


「あ、おはよう。ごめんね、緋雨(ひさめ)ちゃんが、早く起こせって言うものだから」


 小学生が泣いて怖がるような怒鳴り声にも少女は動じずに、むしろ子猫に話しかけるかのような口調で対応を示した。

 そんな少女の態度が気に食わないのか、青年はさらに険しい表情になる。


「誰だよお前は……今、緋雨って言ったか?」


「私、未来っていうのよ。緋雨ちゃんにこんな可愛い弟さんがいたなんて、羨ましいな……」


「誰が可愛いだ! ってそうじゃねェ、緋雨がいるんだな? 会わせやがれ!」


 未来の空気を読まない言葉に絆されることなく暴れる青年を、未来は必死になだめる。


「緋雨ちゃんは、今はいないわ。私が冷蔵庫の中のプリンを勝手に食べちゃったから、代わりのものを買ってきてくれているのかも。あのプリン、だめおさんのものだったのかしら」


 いまいち要領を得ない説明に、どこから触れて良いか分からずに固まる青年。辛うじて分かることと言えば、この謎の家には未来と緋雨以外にももう一人の住人がいる、ということくらいだろう。


「プリンか……俺もよく食ったぜ。母さんの作るスイーツが絶品なンだ、そりゃあもう……♪」


「手作りなのね、いいわね! 私も、今度叔父さまに頼んでみようかしら……あ、でも、忙しいかしら……」


 甘味の話題に興味を示し機嫌を戻した青年と未来は、そのまま会話を弾ませる。思わぬところで意気投合する二人であったが、突然玄関の扉が勢いよく開かれた。

 そこにはやや苛立ちを含んだ美女──緋雨の姿があった。


「元気そうで良かったわ。朱兎(あやと)


「……ンだよ。口うるせえクソ姉貴が」


「あっ。そんな言葉遣いしちゃだめなのよ、めっ」


「うるせェ! お前もたいがい口うるせえ!」


 青年の口の悪さを精一杯の威厳で叱ろうとする未来だが、そこに威厳など見当たらない。逆に噛みつかれてしまう始末である。



 ここに集ったのは同じような特徴を持った二人の姉弟と、少し身体が弱いだけの一人の少女。……と、姿を見せない、緋雨の言う『駄目男』。

 彼らの目的はただ一つであった。


「おい、説明しやがれ。なンで俺は意味分かんねえ場所に放っぽりだされて、お前はこのイカれたガキと何をしようとしてるのか」


 目の前にした宿敵を睨むように眼前をはっきりと見据え、緋雨はそれを口にする。



「決まってるでしょう。私の……いえ、私たちの目的は────()()()()()()()()()()。それだけよ」

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