表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/43

第20話 同種

 彼岸花──その名を聞いたとき、全ての目がある人物に集まった。


「俺は彼岸花じゃないよ」


「それはちょっと厳しいと思うけど……」


 見つめられた当の本人は真っ先に否定する。今回建物の外で発せられた音の正体とヒイロには何の関係もないだろうが、その言葉は否定せざるを得ない。


 彼岸花と聞けば、まずはその身体的特徴が挙げられるだろう。彼らは通常、普通の人間とは違ってあり得ないほどの真っ白な頭髪と瞳を持っている。面白がって髪の毛を白に染める若者もいないわけではなかったが、大抵そういった輩には社会的な制裁が下される。人々の心の安心感を削ぐものであり、非常に不謹慎であるとされているからだ。

 そうして彼岸花の存在は忘れ去られていった。あれは自然災害の一種だった、自然界における偶然が折り重なった産物だったのだと学者は納得し、人々はそれを口にすることもなくなっていた。


 しかし。マリアは確かに、外にいたのは彼岸花だと言ったのだ。マコトが知りうる現実の情報とは異なっている。シキヤシキで花奏が保管している欠片の例もあるが、重要なのは大きな音の原因が彼岸花にあるということだ。

 マコトの知る彼岸花は、真っ白な花弁を咲かせて佇む幻想的な花か、ヒイロのように人の姿をして歩いたり喋ったりする生き物かのどちらかだ。

 花とは当たり前だが植物なので、意思と自主的な動きを持つことはない。

 つまりこの地に現れた彼岸花というのは、後者ということだ。


「ホントなの、マリア?」


 彼女の言うことが嘘だとは思わないが、何しろ彼岸花という噂程度の存在が、この短期間で立て続けに自身の周りに現れたということが信じがたいのだろう。奏羽は眉をひそめて言った。


 マリア自身も戸惑っているのが分かるが、情報を伝えなければならない使命感からか話を続ける。


「その場にいた『小葉紅』の隊員たちがそう呼びかけていました。特殊モデルの小葉紅は彼岸花を捕らえようと奮闘しましたが、逃げられてしまったようです……」


 どうやら本当の事らしかった。しかも彼女の話だと、その彼岸花には逃亡を許してしまったということだ。

 マリアが焦るのも当然のことだ。今後、いつどこにその彼岸花が現れるのか分からないのだから。


「ど、どうするの? 僕たち帰れるかな?」


「どうするもこうするもないでしょ。そういう心配を解決するのが『小葉紅』の仕事なんだし。ボクたちが考えることじゃないよ」


 奏羽はそう言うが、それでも不安は残る。

 とは言っても、自分たちにできることは少ないと分かっていた。


 そんなとき、ヒイロがぽつりと呟いた。


「俺は、気になるな……」


 マコトはぎょっとしてヒイロの方を向く。自ら危険に首を突っ込むなど、考えられない。


「ええ……? やめとこうよ、何が起こるか分かんないじゃん」


 だいたい、気になるといっても何をどうしたいと言うのか。彼岸花の生態について知りたいのか、こんな都会の中心のような場所に現れたそれの行方を追いたいのか……追ったとしてどうするのか。

 マコトとしても知りたいことはあるにはあるが、自身の安全と引き換えにするほどのことではない。これがビビリとと言われてしまう原因なのは分かっている……もちろん分かっている。


 ヒイロはマコトをじっと見つめてなにかを待っているようだ。別にマコトも保護者ではないのだからやりたいなら勝手にしろと言いたいところだが、彼を自由にさせておくと何をしでかすか分かったものではない。特に、人の注目を集めてしまえば一瞬で研究所のお世話になること間違いなしだ。


「それにはボクも賛成はできないよ。なんの情報もないのに、闇雲に動き回るのは得策じゃないからねぇ」


 すかさず、奏羽が反対の意向を示した。全く持って彼の言う通りである。追われる身であるマコトや熾鬼(しき)が世間に見つかるリスク、彼岸花と対峙するリスクは避けたいところだ。


 しかし。決断を下すよりも早く、それまで口を挟まなかったマリアが恐る恐るという感じで手を挙げた。


「あ、あの。情報があれば良いのですよね? (わたくし)、端末に繋いでいただければ、記憶メモリをお見せ出来ると思います……判断するのは、それを解析してからでも良いのではないでしょうか」


 その手があったか──と、マコトは頷いた。からくりであるマリアならば、その目で捉えた事象は彼女の記憶装置に保存されているはず。そんな彼女が記録したはずの、先程の騒動について。その映像を見ることが出来れば、何かしらの突破口が開けるのではないか、という提案だった。

 そのような言葉がマリアの口から出るなど少し予想外ではあった。しかしそれも、彼女の優秀さを考えれば不思議ではないと思えてくる。


「……まあ、見るだけならいいんじゃない? どうせ外はまだ騒ぎが治まってないんだろうし、ここにいるだけじゃ暇だしねぇ。アンタたちの気が済むまで調査してもらっていいよ」


 そうと決まれば、と、奏羽はノートパソコンを引っ張り出してデスクの上で起動する。マリアは奏羽の指示を受けて、吊り下げ式のプロジェクタースクリーンの用意を始めた。

 その様子を眺めるマコトとヒイロ。

 ふと目に留まった奏羽が起動したノートパソコンはある有名な大手メーカーのものだが、その形状はマコトが知っているものとはやや異なっている。この時代にそのような古いモデルなど誰が扱おうか、曲がりなりにも熾鬼の一員だというのならば、より高性能でスマートな端末を使っているものだとばかり思っていた。


「それ、結構前の型のじゃない? 大丈夫なの?」


「はあ? ボクだって技術者の端くれなんだから、これくらい動かして当然なんだけど。文句あるならアンタたちが自分でやったら?」


 鈍らない切れ味に存在しない心臓へのダメージを感じながら、マコトは一連の準備が終わるのを待つことにした。奏羽とマリアの作業には寸分の隙もないので、手伝おうかと言おうものなら「ナメてんの?」と一蹴されて終わるのが目に見えている。


 マリアと端末を繋ぐのは、直径一センチメートルほどの黒いケーブルだった。特殊な形状のコネクタを、うなじに搭載されたポートに差し込むことでからくりの内部に直接接続することができる。あとは奏羽の手腕で、マリアに記録されたものをスクリーンに映し出してもらうという訳だ。


「よし、こんな感じ? ここからでいい?」


 スクリーンには、マコトたちがいる室内の風景が映っていた。しかしそれはマリアから見たもののはずだ。手前には椅子に座った奏羽、奥には机の下に隠れて見えないマコトと、それをなだめるヒイロがいる。つまりこれは、あの大きな音が鳴った直後の記録だということだ。他人の目から見ると、いかに自分が情けない姿を晒していたのかが良く分かってしまう。

 今は反応するべき時じゃない──というか誰も見ないで欲しい、もう少し映像を飛ばしてくれないか──と羞恥心で火照りそうな身体を揺らしながら、映像の再生が始まるのを首を長くして待っている。


 一方で、ヒイロは見たことのない技術に興味が尽きないようで、マリアの首から伸びるケーブルや何もないスクリーンに映る映像そのものにしか目がいっていなかった。自分の一言から奏羽たちの手を煩わせているのを理解しているのかいないのか。彼が真面目に参加してくれることを祈りながら、映像はスタートする。





「なんだろう……この治安の悪い喋り方、誰に教わったんだろう……」



 再生が始まって少ししてからの、マコトの第一声はそれだった。


 映像は鮮明だったが、マリアが辿り着いたときにはその場は見物人で溢れかえっており、そもそもの距離が遠い上に大量の頭に遮られてしまっていた。しかし目標の地点の音声をマリアが上手く拾ってくれたらしく、見物の対象であった小葉紅と彼岸花の会話を聞くことができた。


 映像を確認する趣旨とは異なるが、マコトがまず目を向けたのは小葉紅だった。彼女については、以前にマコトが見たときとあまり変わりはなかったように思う。ただし、雰囲気がやや冷たく、張りつめたものに変わっているような気がした。敵対するものの前だから、というのもあるかもしれない。誰かを守りたい、という意思は揺らいでいないのだと感じた。


 そして本命の彼岸花。

 彼、と言うべきだろう、その姿は案の定、ヒイロと同じく人間の男性の形をしていた。

 見た目で言えば、ヒイロよりは年上だろうか。二十代に差し掛かったほどの、まだ若く見える青年だった。

 やはり、その外見の特徴はヒイロとほぼ一致していた。真っ白な髪と目、マコトがヒイロと出会ったときと同じ感覚を覚える。それは見惚れてしまう程に美しかった。


 だがしかし。美麗な見た目とは裏腹に、その口から発せられる言葉の口調は、何というか教育に悪いものだ。子供には聞かせてはならない。その場にいた者も、彼の話す様を聞いたならばきっと絶句したに違いない。まるでコンビニ前に溜まるチンピラ、喧しくバイクを鳴らすヤンキーである。どちらも実物を見たことはないが。

 映像を見る他の三人も、これに関してはコメントし難いと思っているのだろう。眉間にしわを寄せて、半分呆れた表情をしている。


 とはいえ、注目すべきは彼岸花の青年の動きと、その会話内容にある。

 映像はマリアの視点からのものなので、マリアが彼らの所へ辿り着いたときには既に一度大きな衝突が起こっていたことが予想できる。辺り一面は砂塵によって視界のほどんどが塞がれていた。画面外でよく分からないパラメータの類を奏羽がいじくりまわすと、だんだんと視界がクリアになっていった。マリア自身、ここでは会話を拾えたくらいで何が起こっていたのか詳細は分からなかったらしい。


 映像からで手に入った最も重要な情報──それはおそらく、この場面にある。


「な────」

「これは……」


 小葉紅に追い詰められたと思われる青年は、その手の付近から、何か弾丸のようなものをライフルのように放っていたのだ。それも尽きる気配はなく大量に、だ。

 何が起こっているのか、映像を見てもなお理解できなかった。これは本当に我々の常識で、科学で説明できる事象なのかと。

 それを避け続ける小葉紅の表情から見ても、予想外であり予測不可能であることが分かるだろう。彼女の周りには無惨に転がる『小葉紅』の隊員たちの姿がある。最初の音の正体は、これだったのだ。


 彼岸花という生き物は、一体何なのだ──誰もがその疑問を隠さずにはいられなかった。


 映像はまだ続く。小葉紅も負けず劣らすの一撃を、背中から抜いた刀で青年に食らわせた。しかし青年はピンピンしている。恐らく未知の技術面だけでなく、フィジカルにおいても青年の方が優秀だ。ここまでのやり取りを見たところはそう分析できる。

 思えばヒイロも、人間と比べれば幾分優れた作りになっているはずのマコトを差し置いて、ただの生物とは思えない身体能力を披露していた。五年前に現れた、人間を襲った彼岸花の件もある。となると、彼岸花は人間の見た目を模しているとはいえその本質は全く別物なのだ。


 そこまで考えたところで、青年と小葉紅の牽制は終わった。弾丸の音は止み、沈む砂塵と密かに見守る市民たちの囁きが聞こえるようになる。

 ここで映像の中の二人の会話が始まるのだろう。からくりと彼岸花の邂逅……一体どんな興味深い情報を交わすのか、ここも注目どころの一つだ──と姿勢を立て直す。今見た青年の謎の弾丸裁きについては、一旦頭の片隅に置いておく。



『────今度、一緒にメシでも行かねえ?』



 ……?

 ………………?


 それはあまりにも純粋な感情のように見えた。

 だがしかし、状況との差異に困惑しないはずがない。

 ほんの一瞬前まで、この二人は互いに刃を向け心臓を狙い合うような、そんな関係だったはずだ。そしてそこから先もそうであるべきだ。

 彼岸花という生き物に対する驚きなどではなく、同じ言葉を話す生命体としての困惑を、誰もが感じたことだろう。この映像を一足先に見ていたと言えるマリアですら、あまりのやりたい放題っぷりに顔を引きつらせていた。


 同じように、いやそれ以上の困惑と動揺を見せる小葉紅。

 まるで少女漫画のような展開に目が離せなくなるなどということはないが、そういった事情は無しにしても情報を集めるという点では、嫌でも映像に目を光らせる必要があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ