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第18話 逃走

 小葉紅は背に負った剣を抜かざるを得なくなっていた。


 しかしそれも、小葉紅めがけて次々と飛び込んでくる赤い弾丸の前で困難を極めていた。通常の銃と違い、装填の手間がないかつ自らの身体の一部を武器とした、実質無限の連続射撃のようなものだ。


 血液を固めて目標へ撃ち込む、理屈は簡単だがトリックがない。赤い怪物──彼岸花とは皆、このような奇怪な技を操る生き物なのか、と、逃げ回りながら小葉紅は考える。

 倒れた隊員たちに構う暇もなく、できるだけ周りに被害が出ないようなルートを選択して飛び回る。


「……っ」


 何とかして青年を取り押さえようと試みるも、怒涛の弾丸に防がれて近づくことさえできない。

 ここは強行突破か──と頭の後ろに手を回す。冷たく硬い手触りを確かめて、ゆらりと鞘から姿を現したのは刃渡り一メートルほどの長剣だ。


 なぜからくりが剣などの武器の所持を認められているのか。それはひとえに小葉紅が特殊モデルであるからだ。

 特殊モデルの最も大きな特徴は、人間を遥かに凌駕する身体能力にある。

 当たり前だが、普通であれば無数の銃撃を躱すことなどできない。それも近距離からの攻撃であれば、退かない判断は自殺行為だ。

 しかし、来たる彼岸花に対抗するために考えうる限りの技術を詰め込まれた特殊モデルは、素早く精密な動きも捉える目としなやかで軽い身体、重量をものともせずに織り成す剣技により最高峰の戦闘スタイルを実現している。


 今まで『小葉紅』が相手をしてきたのは刃物を持った女性だったり、鈍器を振り回す男性だったり、震える手で銃を構える命知らずだったり。彼らは決まって、小葉紅の前で膝をついてきた。


 そんな小葉紅が、この彼岸花という怪物とどれだけ渡り合えるか。

 分からないが、やるしかない。


 一度距離を取り、両手で剣を構える。すると弾丸の雨は止み、静寂と砂埃だけが残った。

 砂塵で見えずにいたが、青年の髪の色は赤く染まっている。怪物としての一面を見せるときだけ、そのような特徴が現れるという。


「ん〜、殴り合いか? しょうがねェ、弾鉅(はじきご)にも飽きちまったし……次はあっちを試すか」


 攻撃を止めたのは意図があったようだ。青年は再び拳の周りに血液を集中させる。

 異なるのはその量だ。大量の血は手から腕にかけてを包み込んでいき、やがて巨大な手の形になる。


「よっしゃ、第二ラウンド行くぜェ!」


 バチン、と赤い拳をぶつけ合わせた刹那、その姿は小葉紅の視界から消えた。


「(どこに────)」


 一体どこから仕掛けてくるか──と、感覚を全方位に集中させる。不意打ちであの大きな手に叩かれてはひとたまりもない。


「──そこか!」


 しかし小葉紅には寸分の隙もなかった。降ってきた(・・・・・)重い一撃を樋で受け止める。降ってきた、とは即ち、青年はあの一瞬で上空に跳躍していたということだ。並の身体能力の持ち主ではない。

 青年の全体重と自由落下によるエネルギーで小葉紅を地面に埋めてしまいそうなほどの重圧。小葉紅はそれを、剣の刀身で力を流して跳ね返す。


 血を固めて銃弾のように飛ばすだけでなく、身に纏って身体の一部のように扱うことも可能だというのか。


 青年はバランスを崩すことなく着地した。次の攻撃が飛んでくるかと思いきや、嘲笑するように言い放つ。


「アッハハ。似合わねえなァ。それ、西洋の刀だろ? 日本人形みてェな顔しといて、良くやるぜ」


「にほっ……こほん。褒め言葉と受け取っておこう。ワタシは機械人形だからな」


 人形、という言葉を聞いて反応を見せる青年。


「あ? 何言ってンだ、お前……機械人形?」


「ああ。ワタシは機械人形、からくりだ。そして現在、貴様を含めて四つの任務を請け負っている身……貴様に割く時間はない」


「からくり…………?」


 小葉紅は剣を構え直す。が、青年はこれ以上行動を起こす気配がなかった。何やら考え込んでいる様子だ。

 そしてごく短時間の思考の末に結論が出たのか、青年は顔を上げて両手を上げてしまった。髪の色はじわじわと白へと戻っていく。今度は一体何をするつもりだ──と身構えるのも束の間。



「……あー、やめだ、やめ。はァーあ、無駄なケンカしちまった」



 あまりにも呆気ない降参。まだ何か隠し持っているのではないかと警戒する小葉紅だが、青年にはそれ以上のつもりはないようだ。


「……聞いておくが、なぜ急に投降を?」


 驚きと呆れを含んだ問いに、青年は頭を掻きながら答える。


「特に深い理由はねェが…………そうだな、俺はからくりが嫌いじゃねえってだけだ。それと──」


 からくりが嫌いではない、それだけの理由で降伏するなんて馬鹿げている。自分から仕掛けたのなら尚更だ。しかし、裏があるようには見えなかった。


 市街地に突然現れた怪物、彼岸花の対処。区民からの通報により駆けつけた小葉紅だったが、青年の投降によりこれから戦闘に要したであろう労力と時間は短縮できそうだ。

 青年にどういった心変わりがあったのかは分からないが、大人しく拘引できれば良いのだが。


 そうして小葉紅が青年に近付こうとした矢先。




「今度、一緒にメシでも行かねえ?」



「……………………は?」




 何を言っているんだ、この男は。

 小葉紅はその意味を即座に嚙み砕くことができなかった。


 人間にとって、食事に誘うというのは相手に興味がある、もしくは好意を持っていることを示しているのだということは知っている。

 そうである故に。出会ったばかりの名前も知らない、存在的にも立場的にも相容れないこの男が、小葉紅に誘いを申し出ている──そして彼の「嫌いではない」というセリフ。これを勘違いして解釈してしまった場合、合理性の欠片もない結論が導き出される。


「き……き、貴様。そうやってワタシを唆そうという魂胆か……」


 動揺のあまり任務のことなど頭から抜け落ちてしまって、今自分がどんな顔をしているのかも分からない状況。非常に不甲斐ない。

 青年の爆弾のような発言は、周りで恐る恐る見守る人々の耳には聞こえていないようだった。何とか『小葉紅』としての威厳を保とうと、表情を完璧に管理する。


「ふ、不純異性交遊だ…………と、とにかく! 発言を撤回して大人しく縄につけ!」


「おー、怖い怖い。ま、言うだけ言ったしここはトンズラさせてもらうかァ」


 しかしそんな小葉紅の意思を無視して、そう言い残した青年は風の如く立ち去ろうとする。せめて、その真意と忌避のない本当のところを知りたい。


「は……待て、逃がすと思って──」


 呆気に取られて動きが鈍くなってしまっている。これでは追いつけない。

 小葉紅は今、体温が急激に上昇している──なぜなのかは、本人も知らない。ともかくそのせいで、正常な判断ができないのだ、と自分に言い聞かせていた。





 それを微笑ましく、また冷酷な眼差しで見守る一つの影。


「…………なーに私たちの大事な小葉紅を口説いてるのかしら。汚らわしい彼岸花の分際で?」


 その声は小葉紅の戦いを見ていた一般人には恐らく届いていない。なぜなら、彼女の姿は小葉紅たちがいる通りの端から端までを見渡せるほどの、遠いビルの上にあるからだ。


 小葉紅と同じ黒のボディスーツを着用し、藤紫の巻き髪が特徴的の彼女は小葉紅の側にいる白い怪物に狙いを定めて、その奮闘に賞賛の言葉を送る。


Gutgemacht(よくやった)。小葉紅、そいつを抑えておきなさい」


 それは彼女らの間で使われている通信機能を用いた合図。それが耳に届いたとき、小葉紅はようやく増援のことに気が付いた。


『……か、華紅夜(かぐや)。来ていたのか』


 華紅夜は小葉紅と同じ、天草社が三体作り出した特殊モデルの内の一人。圧倒的なカリスマとその能力の高さから、小葉紅は彼女に圧倒的な信頼を置いていた。


「ええ。あなたはそこのクレイジーな奴に絆されてたみたいだけど」


『ば、馬鹿を言うな。ワタシは忠実に迅速に、任務をこなしている』


 信頼してはいる。が、飄々として相手の事を全て見通しているような態度が、あまり得意ではなかった。その上、上層部からは華紅夜は低姿勢で扱いやすそうなやつだ、と思われているのがくせ者だ。


「まあまあ、そう言わずに。コレ、試したいと思ってたのよ」


 華紅夜が構えるのは、約六十センチメートルの銃身の狙撃銃だった。上部にスコープが付いており、それを覗き込んだ彼女の目は目標を確実に捉えている。

 

 しかし、小葉紅は青年を拘束する動きが見られない。


「……早くしないと、逃げられちゃうじゃない」


 優柔不断な小葉紅には後で言い聞かせなければ、と頭に留めておきながら、華紅夜はそのまま引き金にかけた指を引く。

 空間を切り裂くような銃声と共に、それは建物やオブジェの一切を無視してただ真っ直ぐに突き抜けていく。

 一見普通の弾のように見えるが、異なる部分が一つだけあった。大抵、銃の弾丸というものは鈍い黄金色を想像するが、この場合は塗りつぶしたような白だった。


 白い弾丸が、背を向けた青年へと迫る。

 もちろん青年が反応する隙を与えず、異変に気付いて振り向いたその時、それは彼の左腕の上腕に直撃した。


「────ッつ!」


 青年は僅かによろめく。それでも即座に体勢を立て直し、狙撃の犯人へと視線を投げる。


「……おいおい、今から俺、デートの準備しに行くところだったンだけど」


「ま、まだそんなことを言っているのかっ……」


 どう聞いても冗談か、それともまだ自分が優勢だと思っているが故の余裕なのか。そう分かっていても、小葉紅はまた顔を赤くした。


 しかしそう言っていられるのも今の内だった。青年は自身の身体に違和感を感じ始める。

 狙撃にしては、やけに衝撃も傷も少なかったのだ。傷口もこれと言って血が噴き出ているとか大きな穴が開いているとか、身体にとって甚大なダメージを追っているわけでもない。ならば何がおかしいのか。


 青年は腕を抑えて低い声を漏らした。

 身体が徐々に言うことを聞かなくなっていたのだ。今しがた撃ち込まれた白い弾丸が影響しているのだろう、ということは誰にでも分かる。


「な、んだよ……こいつは…………」


「それは冷弾(れいだん)という、天草社が開発した特殊な弾だ。貴様ら彼岸花は冷気に弱いからな……それを撃ち込むことで身体の内側から破壊することができる」


 足が動かなくなったのか壁に寄りかかるようにして座り込む青年に、小葉紅は勝ち誇ったように言う。

 どんな負け惜しみを垂れるのかと見張っていると、青年は身体の底から湧き出る怒りを隠しもせずに声を上げた。




「ああ、クソ……天草………………また……またアイツかァ!」




「また……?」


 その意味不明な発言に首を傾げる小葉紅。天草という名前に因縁があるのだろうか──とそこに考える暇もなく、華紅夜から通信越しの指示が入る。


『今のうちに捕らえなさい。起きてる隊員もいるでしょう』


「あ、ああ」


 軽症で済んでいた隊員たちは立ち上がって小葉紅の指示に従い、最早手も動かなくなった青年に近付く。


「一般女性を一人、『小葉紅』の隊員を五人。これは貴様が奪った命だ。貴様はこれから彼岸花のサンプルとして研究所に送り込まれることになるだろうが……貴様は人の姿を取る価値もない怪物だ。どうなろうと知ったことではない」


 小葉紅は冷たく言い放つ。


「…………そんなことよりもさァ」


 青年は自分の犯した罪を認めるでもなく、反省の色を見せるわけでもなかった。嘲るような、不敵な笑みを浮かべていた。


「お前、からくりなんだろ? だったら、俺とも似たようなものだ。天草とかいうクズに、いいようにコキ使われてんじゃねえのか」


「……っ! 貴様、どれだけ我々を愚弄すれば気が済む」


「『我々』じゃねえ。俺が嫌いなのは人間だけだ。そんな奴らに、お前はからくりとして、物言わぬ機械としていることを望まれてるってことだ。そんなの、息苦しいと思わねえのか?」


「黙れ、貴様に何が──」




「少しは黙って。もう口、動かないでしょう」




 その声は小葉紅でも、華紅夜でもない。

 小葉紅はそこに何かがいたことを、微塵も知らなかった。まるでマジックのように、今の一瞬で姿を現したように見えたのだ。


「ああ……? お前、なんでここに……」


 それは倒れる青年に向けられた言葉のようだった。彼を庇うようにして立っていたのは、赤い髪に着物を着た妖艶な女性。女性はこちらを見たかと思うと、青年が人間に向ける目と同じ目をした。


「その髪……もしや、貴様も彼岸花か!?」


 女性の風貌は、青年のものと酷似していた。髪の色が赤いことから、先程の青年のように血を使って何らかの攻撃を仕掛けてくるかと咄嗟に距離を取ったが、すぐに女性は小葉紅から視線を逸らした。


「何かしら、それ。私はただ、傷付いた弟を拾いに来ただけだから……後はあなたたちの好きにしてもらえる?」


 小葉紅の話に、それ以前に周りにすら興味がないように見えるその女性は、青年の腕を掴んでじっと見たり話しかけたりしている。


「な、何をしている。公務執行妨害……いや、貴様も彼岸花なら共に連れて行くまでだが。この状況が分かっていないのか?」


「知ったこっちゃないわ。それから、彼岸花って呼ばないでくれる? 私にはちゃんと名前があるの……あなたにはもう会いたくないから、教えてあげないけど」


 あまりにも勝手すぎる。いつの間にか華紅夜からの連絡も途切れてしまっているので、この状況でどう動くべきか一人では判断に困る。どんな手を使ってくるかも分からない相手に下手に突っ込んで深手を負うのは避けたいからだ。


 女性はふう、と息を吹いた。するとその姿がみるみる景色に溶けていく。青年も同様に、女性に隠れるようにして姿を消していった。まるで透明マントを被ったみたいに──そんな現実的ではないものは現代にはないが──二人は誰の目にも目にも映らなくなってしまった。

 小葉紅は内に様々な考えを巡らせながら、それを見ていることしか出来なかった。英雄は、成す術もなく敗れたということだ。

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