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第15話 機械だって酔う

 言葉を発し、意外にも友好的だと分かった『くま先生』は、マコトたちを狭い路地の一つの建物内へと案内した。

 そこは作業服やアウトドア用品が売っているような、寂れた店舗だった。こんなところに用はないのだが、くま先生は黙って店の奥へと足を進める。


「おっ、くま先生、その人たちが先生のお客様ですかい?」


「うん。店主、も一回あそこ開けてくんない?」

 

 タオルを頭に巻いた店の主人らしき男が気さくに話しかけてくる。リアルな熊の頭には驚いていない様子だ。そんな彼にくま先生は変わらない声のトーンで接し、店主に何かを要求した。

 くま先生はマコトよりも小柄で、その被り物が放つオーラからは想像できない、男性にしては可愛らしいに分類されるであろう声をしていた。小さいのに先生と呼ばれているのには違和感しかない。


「あそこってなんだろう……」


「いちいち喋るな。店主に迷惑でしょうが」


 くま先生はぴしゃりと言い放った。

 聞こえないように呟いたつもりだったが、聞こえていたらしい。その厚そうな熊の頭の中は一体どうなっているのだろうか。


「ははは、構いませんよ。こんな寂しいところに毎日いるもんですから、話し相手くらい欲しくなるものなんです」


 店主は大らかな心でくま先生をなだめる。がっしりとした体格で一見近づき難いが、その笑顔からは性格の良さが滲み出ている。


 店主とくま先生はさらに店の奥へと進んで行き、やがて倉庫のような場所にたどり着いた。大量の段ボールや用途の分からない道具がずらりと棚に並んでいる。


「よ……っと」


 店主は、その中の一つの棚を抱えるように手を伸ばして軽々と手前へと引き出した。ごとん、と大きな音が響くと、そこには一つの扉が現れた。

 鈍い光沢を放つ銀の扉。床には引きずったような傷跡が幾重にもついているので、今まで何度もこの扉は店主の手によって解放されたということが推測される。


「ええと……ここは?」


「今から乗るとこは、ちょっと揺れるからさあ。乗り物酔いとかは……いや、人間はいないんだったっけ。じゃあいいや」


 怪しい言葉を残しながら、何の説明も無しに仰々しいノブを回して開いていく扉。

 そこにはまたもや銀色の壁があるが、中心に上から下までの隙間がある。エレベーターに見えるが、どうしてこんなところにあるのだろうか。

 くま先生は壁に取り付けられたパネルを操作する。するとその隙間が左右に開き、中には小さな部屋が現れた。両脇に青い座席が取り付けられた、短い電車のような内装だ。


「これに乗って行くよ。ほら、早く」


「え? え? 行くってどこに?」


 そんな抗議も空しく、くま先生に促されて三人は小さな部屋に入れられた。仕方がないので片方の座席に並んで座ることに。

 くま先生もそれに続いて、三人の反対側の座席に腕と足を組みながら腰掛ける。


「では、いってらっしゃい!」


 店主の、遊園地のアトラクションが始まるのかと思えてしまう合図と共に二つの扉は立て続けに閉じる。息をつく暇もなく、慣性に違和感を覚え、部屋全体が扉があった方とは真逆の方向に動き始めるのが分かる。エレベーターに見えたここは本当にそうだったようだ。しかも、上下で動くのではなく左右に動くタイプで、エレベーターよりも大分快適だ。


 振動が落ち着いたと思うと、途端に周囲の静寂が気になり始める。あの気さくな店主がいたならどれだけ良かったことか。少なくともこんなに緊張感のある場にはならなかったはずだ。

 それもこれもこの『くま先生』が何の説明もする気がなく、ずっと無言を貫いているからだ。

 ようやく熊の頭に慣れた気がしていたが、近くで静止しているのを見るとやはり怖い。どう頑張っても仲良くなれない。


「あの……くま先生?」


「なに?」


「それ、取りません?」


 被り物だと分かっているとはいえ、その獣のつぶらな瞳で見つめられるのはやはり心臓に悪い。からくりに心臓はないが、どうもそんな気がしてならない。


「はぁ? やだよ。なんでアンタに言われて外さなきゃいけないわけぇ?」


 えー……と半分口に出しながら身を後ろに引く。確かに外す理由はないかもしれないが、外さない理由もないだろう、と心の中で愚痴をこぼす。こちらの心臓が保たないのだ。

 その傍若無人な言い草も引っかかるものがある。先生、と名乗ってはいるが、小柄な体格といい子供のような口調といい、先生と呼ぶにはそぐわない人物だ。


「あ、あの……やっぱり、奏羽(かなう)さまですよね?」


 口をつぐんでいたマリアが、くま先生に問いかけた。

 というのも、ここに来る前の路地で手招きしていた彼に着いて来た理由はマリアの後押しがあったからなのである。マリアにはこのくま先生が今回会いに来た熾鬼(しき)奏羽その人であるという確信めいたものがあったらしく、彼女の熱意に押されてここまで来てしまったというわけだ。マコトが渋っていても、ヒイロもくま先生は信用できそうだなどと根拠のないことを言い出す始末であった。


 そういえば叶苗(かなえ)は奏羽を反抗期だと言っていたし、今になればマリアの説得にも頷ける箇所があるように思える。意地でも熊の頭を外さないところとか反抗期そのものである。


「……ボク、くま先生」


 出会った時と同じ文言で対応を取るくま先生。どこがトリガーなのか分からないが、途端にそれしか喋ることが出来なくなった悲しきモンスターのようになっている。


「この間、(わたくし)に『上質な熊が手に入った』と嬉しそうに報告してくださいましたよね? 」


 マコトはそれを聞いてぎょっとする。もしやこの被り物、本物の熊から剥いだものなのか、と。そう考えると、段々と純粋な恐怖と生理的嫌悪が押し寄せてくる。


「……おわっ」


 すると今度は、このエレベーターなのか乗り物なのか部屋なのか分からないものが下へ移動を始めるのが分かった。

 この束の間の浮遊感と、先程まで感じていた不愉快なものが混合していき、最終的に一つの不快感に収束する。このエレベーターのような乗り物の揺れにあてられたのか、胃がすくむ感覚が強くなる。マコトはからくりなので気分が悪くなって吐くなどということはないはずなのだが、高度な技術によりそれを感じさせることが可能なのかもしれない。

 ヒイロは平気そうな顔をしているのは分かりきったこととして、マリアの方を見ても揺れに関しては何でもないような顔をしているので、これはからくりとしての性能の差なのだろうか。マコトはこう見えても一応特殊モデルであるが故に、人間の再現度が高いのかもしれない。


「……ちょっと、アンタどうしたんだよ。まさか気持ち悪くなったとか言わないよね?」


 元凶に言われてもという感じだが、マコトの状態にいち早く気付いたのか、くま先生が声をかける。そこに心配の意味は含まれていないように聞こえるが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。


「え? ま、マコトさん、大丈夫ですか……?」


「おーい、マコト。…………駄目みたいだ」


 続けてマリアとヒイロが心配の言葉をかけるが、最早その声は耳に届いていなかった。

 こめかみのあたりが強く締め付けられる感覚と共に、マコトの意識は薄れていき、ぷつんと途切れた。





「おい……おいってば。起きろ、からくり」


 頬をぺちぺちと叩かれ、マコトは覚醒した。


「……ったく、乗り物酔いするからくりとか聞いたことないんだけど。ボクの手を煩わせるのだけは勘弁してよねぇ」


 ピントの合わなかった視界が段々とクリアになっていき、現れるのは悪態をつきながらこちらを覗き込む影。その声はつい先ほどの、聞き覚えのあるものだった。


 どうせ熊頭がいるんだろう、と嫌々目を開けると、


「誰!?」


 と、熊とはまた別の意味で驚きの声を上げてしまった。

 否。誰だとは言ったものの、その顔はマコトも知っていた。見たことはないが見たことのある顔、ただそれだけだ。


「えーと、かな、かな……う?」


 記憶を頼りにその名前を呼ぶ。寝起きでぼんやりとしているということではないのだが、くま先生との印象の差が激しいため脳の処理が追いついていないのだ。


 くま先生の地味な茶色のコートは脱ぎ捨てたのか、今は黒い布地に赤のラインが入ったサイバーパンク風のパーカーを身に着け、跳ね散らかした淡い赤色のロングヘアをわしゃわしゃとかき回す少年の姿。その顔のパーツはどれも彼ら(・・)と一致しているが、やや幼い印象が残っている。



「……そーだよ。ボクが熾鬼奏羽だけど」



 何か文句あるか、と言わんばかりにつんけんした態度を匂わせるくま先生こと4人目のシキが、そこには立っていた。





「はあ。無駄に優秀なセンサと技術のせいで、ボクが無駄に意味のない時間を過ごすことになるなんてさぁ。ほんっと、これだから天草は嫌いなんだ」


 椅子に座ってぐるぐると周りながら文句を垂れる奏羽。その様子はどう見ても子供のそれだが、言動だったりこう見えても叶苗や叶芽よりも年上であったりというのだから混乱する。


 マコトは奏羽も言っていた通り、優秀な技術により普通のからくりよりも感覚が人間に近いらしく、あのエレベーターの中で揺れや慣性を感じ過ぎた結果、脳に負荷を起こして強制的にシャットダウンしてしまったのだとか。

 それを榎山の中心地に位置する奏羽の所属事務所に連れて来られ、奏羽の仲間の技術者の手で無事に再起動を果たした、ということらしい。この事務所は個人ごとのスペースが割り当てられているらしく、今マコトがいる十五畳ほどの部屋は奏羽の仕事場だということだ。


 奏羽の話によると、なんとあの店主の店の裏側から、地下を通じて奏羽の事務所まで繋がっていたのだ。その距離およそ十キロメートル、マコトたちはそれをあのエレベーターのような乗り物に乗って移動してきたということらしい。

 到着してからここまで運んでくれたのは力持ちのヒイロだ。初めて会った時もマコトの身体を支えてくれたりと、色々お世話になってしまっている気がする。


 ちなみに奏羽の仲間、というのは奏羽と同じようにどこかの研究所から逃げてきた者や、闇医者をやっている者たちらしいが、聞いてはいけないことを聞いて裏社会に消されるのは御免なので口には厳重なチャックをしておく。

 そしてそんな危険な人たちと共にいる奏羽は一体何をしている人物なのか、どうして『くま先生』を名乗っていたのか、非常に気になるところではある。


「はぁ? ボクは普通の医者だよ。ちゃんと国家資格も持ってるし。同僚は皆ウラと関係してるらしいけど、ボクは関わらないようにしてる。ただの仕事仲間ってだけだよ」


 それを聞くと奏羽はぶっきらぼうな態度で答えた。聞いてはいけないことという訳ではないらしく、ただ答えるのが面倒だと思っているのだろう、ということが分かる。

 しかしやはり奏羽本人も少なからず裏社会と関係があるように聞こえるので、軽率な発言は控えた方が良さそうだ。


「じゃあ、あの店主も闇の方の人間ってコト?」


「バカ言うな。店主はフツーの人間ですー。あの人は何も言わずにボクたちに協力してくれてるんだよ。こっから先、店主に会った時に変なこと聞いたらぶん殴ってやるからねぇ」


 奏羽の関係者ということで、あの優しそうな店主も実は怪しい事業をしているのではないかと思ったのだが違ったらしい。しかし奏羽の人を小馬鹿にするような言い草には頭にくるものがある。


「そ、それよりも。奏羽さまがお元気で良かったです」


 そこへ、一触即発な空気を壊すかのようにマリアが口を挟んだ。奏羽の、彼女が相手だと多少口調が柔らかくなるのはやはり信頼の差なのだろう。


「うん。アンタたちこそ……特に兄さんたちはどう? 元気してた?」


「はい。皆さま変わりありません」


「そ。……なら良かった」


 奏羽は一瞬だが安心した表情を見せる。家出して来たとはいえ、大切な家族であることには変わらないのだろう。その様子を見てマコトも無意識に頬が緩んでしまう。


「ちょっと、何ニヤニヤしてんだよ。ボクのことはどーでもいいでしょうが」


 指摘されてはっと表情を元に戻す。本人は照れているでもなく、ただ単に会話を聞かれるのが嫌だったようだ。

 そして奏羽はどうでも良いと言ったが、そんなことはない。むしろ気になりすぎる。せめて熊頭の話は聞いておきたいところだ。


「奏羽さんはどうして熊の被り物をしていたの? 俺たちを怖がらせるためなら、マコトには効果があったみたいだけど」


「え? なんで僕だけ貶されてる感じなの?」


 余計な一言を添えて問いただしたヒイロだが、悪気はなさそうなので反応に困る。

 それを聞いた奏羽は安心のそれとも違う悪戯な薄ら笑いを浮かべた。


「ふっ……乗り物酔いするからくりもビビリなからくりも初めて見たんだけど。こいつホントにからくりなわけぇ?」


「むっ」


 実際本当のことなのだが、それを他人に、しかも馬鹿にされるような口調で言われると癇に障る。


「……って言うのは半分冗談。ちゃんとボクが『くま先生』だった理由はあるんだけどねぇ。というかマリア、それか姉さん辺りは説明してなかったの?」


 いちいち真に受けるなと言わんばかりに肩をすくめて呆れる動作をしながら、奏羽はマリアの方を見る。半分は冗談じゃないのか、と心の中で突っ込みを入れつつ、マコトもマリアの言葉を待った。


「そ、それなんですが……今までのシキさまたちは何も。自分の口からは言いたくない、と」


「ふん。こっちも臆病者ばっかりが。ならいいよ、ボクから教えてやる」


 奏羽はデスク上に萎んでいた熊の被り物を手に取り、その表情を悟られないよう、その過去を覆い隠すように再び頭から装着する。


「アンタたちは知らないよねぇ。ボクたち熾鬼の一族が、どうして地上に顔を出せないのかをさ」

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