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第11話 存在しないシキ

「────未来……未来!」


 和木は姿を消した姪の名を呼んでいた。彼女は自室にも、この屋敷にもいるはずがなかった。


 彼が天草の来訪者と対話をしていたとき、血を失い倒れていた未来が何者かに攫われたのだ。


 一体何があったのか。未来を攫ったのは誰なのか。これからどうすれば良いのか。それを考える暇もなく、ただ目の前の事実で頭がいっぱいになった和木はその名を呼ぶことしかできなかった。


 使用人の話によると、一瞬だけその姿を捉えた者がいたらしい。それは赤い色の、人間の形をした何かだったと。



「それが、彼岸花だ」


「……!」


 音もなく背後に忍び寄る影。無機質な少女の声。驚いて振り返ったそこには一人の人間が立っていた。いや──、


「からくり……か?」


「その通り。ワタシは政府の対彼岸花部隊に所属するからくり、『小葉紅(こはく)』。天草社の依頼で『花』を回収しに来た」


 対彼岸花? そんなもの、聞いたこともない。それに、未来を攫った人影を彼岸花と言ったのは一体何故だ? 彼岸花は我々が保有するあの一輪だけではなかったということか? その可能性はないとは言い切れないが、どうしてそのようなことがこの少女に分かるというのか。

 どちらにしろ、取り乱した姿を他人に晒すわけにはいかない。


「申し訳ないが、先ほど天草社の方がここへ来てね。既に話は終わっているのですよ」


「……? それはおかしい。そんな話は聞いていない。ワタシはただ『花』を回収しろとの命令を受けただけだ」


 小葉紅は首を傾げるだけだった。与えられた命令をこなそうとしているのだろうが、それができないと言われて混乱しているのかもしれない。


 無論和木自身も混乱している。平静を装っているが、冷や汗が止まらなかった。


「ところで、君。未来を攫ったのが彼岸花だ、とは一体どういう意味なのか、説明してもらっても?」


「ああ。それなら簡単だ。ワタシには彼岸花に関するデータが内蔵されているので、それが分かる。ついでにいま判明した──ここにあった『花』も、彼らに持ち去られた」


「……何?」


 この施設にあった『花』が? あり得ない。あれは厳重に保管されていたはず。


「もしや……未来か?」


 未来は『花』のある部屋に忍び込み、血を与えていた。誰もが未来に注目している状況だったが、そのとき彼女が『花』を持ち出していたとしたら。

 彼岸花が『花』を目的として未来を攫ったのだとしたら、説明がつくかもしれない。


「…………目標の変更…………『花』を持つ"未来"の奪還…………」


 小葉紅は目を閉じて小さく呟く。自らの命令(コマンド)を打ち直しているのだろうか。


「……心配には及ばない。ワタシが彼女を無事連れ帰る。そのあとで、『花』を回収しよう」


「い、いや、ですから『花』は天草社の方が──あれ?」


 和木が口を挟む間もなく、小葉紅は結論を急ぐ。ようやく区切りが付いたところで口を開いた和木の前には、彼女の姿は既になかった。




「『紅留井(くるい)』……あの裏切り者も、絶対に見つけ出してやる」



 コシキとマリアは花奏への報告に戻っていった。残されたマコトとヒイロは花奏に用意してもらっていた個室で休もうと解散しようとすると、叶芽が二人を呼び止めた。



「マコトと、ヒイロだったか。あのときはすまなかった。姉さんから聞いたよ、からくりなんだってな……」


 案内されたシキヤシキ内の研究員用のカフェテリアで一息ついた二人に、叶芽はそう言った。

 あのときとは、二人がシキヤシキに初めて来たときのことだろう。叶芽は部外者は追い出せと花奏に迫っていたが、花奏の説得で二人はここに滞在することを許されていた。叶芽はまだ自分たちのことを敵視しているのかと思いきや、素直に謝罪してきたことが意外だった。


「叶芽さんが謝る必要はないよ。俺たちが部外者だということには変わりないし」


 彼は怖がりなのだと花奏は話していたが、実際あまりそうは見えない。しかしあのときマコトたちのことを人間だと思っていたのなら、彼は人間に対して何か良くない感情を抱えているのかもしれない。そうだとしても、出会ったばかりの彼に直接それを聞くのは憚られるが。


「しかし……彼岸花が本当に、人の姿をして現れるんだな」


 叶芽はヒイロをまじまじと見つめた。マコトはもう慣れてしまっていたが、一般的に考えれば彼岸花とは存在すら真偽の定かではない噂話程度のものだ。それがこうして喋って動き回っているのが、彼にとって珍しいことだったのだろう。


「俺は姉さんたちみたいに周りが見えなくなる人間じゃないからな、安心してくれ」


 脳裏に花奏と叶苗の姿が思い浮かぶ。研究のためなら何をしても良いという倫理観の持ち主たちだ……と記憶してしまっている。


「そうだ、聞きたいことがあったんだ。精神的なこととか、植物に詳しい人がいいんだけど」


「植物……だったら、花奏姉さんがいいんじゃないか?」


「そっかあ……うーん、まあそうなんだけど」


 聞きたいことというのは、丹波未来についてだ。

 丹波製薬が保有していた彼岸花が彼女に及ぼした精神的な異常、即ち自らの血液を与えてしまうという恐ろしい行為の原因は、彼女の叔父である和木にも、彼が診せた医者にも分からなかったという。

 その点、シキヤシキには優秀な研究員が揃っていると聞く。そんな彼らになら何か分かるのではないかと思ったのだ。

 叶芽は花奏の名前を出したが、彼女には既に彼岸花についての話は聞いている。もちろん未来のような症状が現れることがある、なんて話はしていなかった。

 それならば、植物ではなく人間の精神的な部分という観点から攻めてみた方が良いのではないかと考えていた。

 叶芽は少し考えてから申し訳無さそうに言った。


「今のシキヤシキには、その方面に詳しいやつはいない。力になれなくてすまないな」


「今の……っていうのは?」


「それは…………あまり言いたくないんだ」


 これも、彼にとって触れられたくない話題だったらしい。

 場の空気がずんと沈んだのを感じる。何か気の利いたことを言わなければと思うが、器用にそんなことができる能力が備わっているとは思えない。


「……すまない。俺が二人をこの場に誘ったっていうのに、こんな空気にして。とにかく、俺は誤解があったことを謝りたかっただけなんだ」


 重い空気を持ち上げるように叶芽は口を開いた。それと同時に深く頭を下げる。


「さっきもだけど、叶芽さんが謝る必要ないよ。これから仲良くやっていけたらいいし!」


「ありがとう…………俺、花奏姉さんを呼んでくるよ。二人と話したいだろうし」


 許しを得られた安堵からか、絞り出したような笑みを浮かべて、叶芽はそのまま立ち上がって去ってしまった。



「お待たせー、二人とも!」


 花奏は、子供のような軽いステップで二人のテーブルにやって来た。その姿はコシキを連想させる。


「お待たせって、結構待ったよ!?」


 叶芽が席を立ってから実に3時間が経過していた。

 シキヤシキの空は常に明るいのでまだ昼のように思えてしまうが、恐らくもう日が落ちて短くはないだろう。

 気さくな研究員や徹夜でハイテンションな研究員に何回か話しかけられ、そのまま談笑していたので暇は潰せていたが、花奏がここまで来るのが遅いとは思わなかった。研究員たちは「花奏さんが空気読めないのはいつものことだ」と笑っていたが。


「そんなこと言わないでよ、こっちはこっちで色々忙しかったんだよね」


「あんなに暇そうにしてたのに!」


「あれから忙しくなったのよ。ハジメさまのお守りを調べたり、家系図を見漁ってたりしたの」


「……家系図? なんで?」


 お守りのことなら分かるが、なぜ急にそんなものを調べだしたのか。


「よくぞ聞いてくれました。ヒイロくん、あのとき、君が何を言ったか覚えてる?」


「あのとき? もしかして、花奏さんが俺を寒い部屋に閉じ込めたときのことかな」


「そ、そうそう。いやあ、本当にごめんね、あのときは……」


 花奏は悪戯がバレた子供のように苦笑いをした。悪戯で済む出来事ではなかったが。


「ごめん、俺は良く覚えていなくて」


「え、そうなの? ……こほん、ならわたしから。あのときヒイロくんは、『存在しないシキ』の名前を呼んだのよ!」


「存在しないシキ?」


 言っている意味が分からなかった。シキに存在するとかしないとかがあるのかという話だし、仮にそんな人物がいたとしてもヒイロがその名前を呼ぶ理由も不明だ。


「そう。シキヤシキにはたくさんの兄弟姉妹、お父さんお母さん、叔父さん叔母さんがいたわけだけど。わたしの記憶では、『花春(はる)』なんて名前のシキはいなかったの」


 花春……それが『存在しないシキ』の名前。花奏が知らないのであればもちろんマコトが知るはずもない。


「だからわたしは熾鬼(しき)家の家系図を調べた。でもやっぱり、そんな名前の人はどこにもいなかったのよね」


 それは確かにおかしな話だ。ヒイロが寝ぼけて架空の人物の名前を言っただけかもしれない。

 とそこまで考えて、それよりも気になる点があることに気が付いた。


「そもそも、なんでヒイロが言った名前がシキのものだって分かったの? 丁寧に名字まで呼んでたとか?」


「それはね、ヒイロくんがわたしの顔を見てそう言ったからよ。わたしたちの家系はみーんな顔が同じだからね。まあ、違ったとしてもわたしにとっては好都合なんだよ」


 マコトは、仮に本当にヒイロが寝ぼけていたとして、彼の記憶にある誰かの名前が偶然口をついて出てしまっただけかもしれないと思ったのだ。それだけならわざわざシキと結びつける必要はないはずだが、花奏の言葉を聞いて思い至った。


「もしかして、記憶……?」


「正解!」


 ヒイロの記憶。それが最も重要な部分なのではないかと。

 彼の不明瞭な記憶を解き明かすことで、彼岸花の起源について知ることができるかもしれない。そしてそれがいずれかのシキと繋がっていたらラッキー、という感覚だったのだろう。

 まだ『存在しないシキ』の存在が否定されたわけではないので、ここからも調べる価値は十分にある。


「自分ではそんなことを言った記憶はなかったのだけど、不思議なこともあるものだね」


 当の本人はこのようにのんびりしている。まだ寝ぼけているんじゃなかろうか。


「というわけで、わたしは引き続き調査を進めようと思う。二人は、交渉した彼岸花についての続報を待っててね」


 交渉。そういえば、と思い出した。


「そっちの話をしたかったんだった。花奏さんが『存在しないシキ』の話をするから忘れてたよ」


「えー、わたしのせい? ……そういえば叶芽が、二人が聞きたいことがあるって言ってたかも」


「それそれ。丹波製薬でのこと、まだ花奏さんに言ってなかったよね」


「まあ、大体マリアに聞いたけどね。聞きたいことっていうのは、別の話なんでしょ?」


 いつの間にかテーブルに運ばれていた花奏のコーヒーカップは空になっている。彼女はそれを置いて、マコトの話に耳を傾けた。

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