第9話 取り引き
──某所。
人目のつかない場所にひっそりと建つ、大きな白い箱型の建物とそれに付随する形の洋風の屋敷。
「ここが丹波製薬……?」
「その支社の一つですけれどね」
正面玄関が見える位置にやって来た三人は、マコトとヒイロ、そしてマリアだ。
マコトとヒイロは顔を覚えられないためにマスクを着用し、ヒイロは髪を隠せるほど帽子を深々と被っている。ほとんど不審者に見えなくもないが、そこは仕方がないという結論に至っていた。
彼岸花一人に、からくりが二人……聞く限りでは信じられないような組み合わせだが、今のマコトたちはそうではない。
「申し訳ございませーん、あ……天草社の者ですが」
マコトはその名を口にするのも不愉快であるのだが、作戦において最も重要な部分なので従わないわけにはいかなかった。
インターホンから、お待ちしておりましたと快い返事が返ってくる。ここまでは順調だ。
玄関が開き、案内人が側へとやって来る。
「担当者の〇〇と申します。そちらは……」
「こちらは天草社の営業を担当している、琴山と柊です。私は二人の秘書からくりを努めております、カナメと申します」
営業に秘書などいるものなのかという疑問は置いておくとして、もちろん全て偽名だ。ここで本名を使うのは流石にリスクがあったため、二人の分はマリアが割とウキウキで考えた名前だ。
そしてそのマリアは、その卑屈な性格からは考えられないくらいの優秀っぷりを発揮していた。今回の作戦も、彼女が考えたものらしい。
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『──まず、私たちは正体を隠して丹波製薬に乗り込む必要があります』
『どうして? 彼岸花をもらいに行くだけなのだから、正直に接するのではいけないの?』
『それはあまり好ましくありません……ご存知かと思いますが、シキヤシキやシキ様たちの存在は極秘なのです。シキ様たちの安全にも関わりますし、そんなよく分からない組織に、政府側が簡単に大事なサンプルを渡すわけにはいきません』
『じゃあ、どうするのさ』
『彼岸花の研究データを共有されたことのある、信用に値する組織……といえば、一つしかありません。それが』
『天草社……ってわけ?』
『その通りです。私たちは、天草社の人間になりすまします』
『なるほど……それならいけるの、かも? すごいね、マリアさん!』
『ひ……そ、そんなに褒めないでください……私、シキ様たちの命令に従っているだけなので……』
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他の組織の人間のふりをして、彼岸花のサンプルという重要な物を受け取る……普通に考えれば犯罪級の行為だが、逆らえば冗談抜きで首が飛ぶことを想像すると細かいことは言っていられなかった。
さらにこの作戦には、天草社からのアポイントメントだと偽装するのにかかったシキヤシキの研究員の手間や金銭面でも大きく事が動いていたらしく、マコトたちが協力してくれなければ全てが水の泡になってしまう、と同情を誘われた。何とも汚い手口だ。
だがそのおかげで、こちらは何一つ疑われることなく行動することが出来ている。花奏や研究員たちの努力も捨てたものじゃない。
何が彼らを突き動かしているのか知る由はないが、ともかく安全を確保できるのならビビリと言われたマコトだって積極的に参加はする。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、屋敷の方の広い広間だった。天井から吊るされたシャンデリアと、両脇から二階に伸びた階段があり、高級感のある家具が並んでいる。豪華絢爛、とまではいかなくとも、どうやらただの製薬会社というわけではないのは確かなようだ。
「いやあ、しかし。カナメさん、でしたか。『マリア』にお越しいただけるとは、私も嬉しく思いますよ」
案内役の男は、そう言って彼女の腰に手を回そうとする。それに素早く反応したマリアは男から一歩遠ざかり、広告で見た通りの『マリア』の営業スマイルを見せつけた。
「そういったサービスは提供しておりませんので、どうか控えて頂けると助かりますわ」
普段の言動とは正反対の、強い目力と穏やかな声音。彼女はこんな顔もできるのだと思うと同時に、女性は怒らせたら怖いのだと再認識させられる。その件はシキヤシキで経験済みだ。
「ちっ……からくりのくせに、お高くとまりやがって」
「そんな言い方っ……」
男が三人に聞こえる大きさで悪態をつく。聞き捨てならなかったマコトは勢いで掴みかかろうとしてしまうが、マリアがそれを制した。
「い……言わせておけばいいです。私たちは喧嘩をしに来たわけじゃありませんから」
それはそうだが、やはり何か言ってやりたい気持ちが前を行ってしまいそうになる。もしかしたらこの男は、マコトたちが反撃できないのが分かっていてこのような態度を取っているのかもしれない。
一階の客室に招き入れられ、三人はソファに腰掛けた。そして男は話を切り出す。
「さて……本日はどのようなご要件で?」
「単刀直入に言わせて頂きますと、あなた方が所有している『花』を……私たちに譲っていただけないでしょうか」
花とは、もちろん彼岸花の隠語だ。一般的にここ丹波製薬に彼岸花が収蔵されていることは秘密とされているので、もしものことを考慮して公の場ではこう呼ばれる。
「『花』……ですか。お言葉ですがカナメさん、我々は四年前にも一度、天草社にその研究データを提供しているのです。どちらかに利益のない商談は話にならないかと」
男はわざとらしく溜め息を吐いた。彼の利益のない商談、というのは四年前のことを言っている。
元々丹波製薬が所有していた彼岸花の研究データの提供は、政府を通して行われたのだ。あくまで福祉のため、ということで、彼岸花と特別モデルのからくりの存在が秘匿されたこともあり、丹波製薬は研究を独自のものとして発表できなかった。
故に今回の話も何一つ利益が出ないものだと思っているのだろう。
しかしそれは大きな間違いである。彼は知ることはないが、商談相手というのはそもそも政府でも天草社の人間でもないのだから。
「まあ、残念ですわ……私たちが本日ご用意できましたのはこちらになります、もちろん今後これ以上ものものをご用意させて頂く予定でしたが。これでも利益がないと仰るのであれば、諦めるしかありませんね……」
マリアが足元から取り出したのは、銀色のジュラルミンケースだ。それをテーブルの上に乗せ、男に向けて開く。
そこにはぎっしりと詰まった札束。ケースはその一つだけではなく、三人の下に数箱と、何が入っているのか謎だったキャリーケースの中にも同様の光景が広がっているだろう。
それを見た男の目がカッと見開かれる。
「こ、これは……!」
少々無理押しな手段かもしれないが、この世の大半は金で解決するのだと花奏は自信満々にこの金を用意した。
どこから掻き集めたのかと驚いたが、これでも彼女の資産の十分の一にも満たないらしい。研究者の名は伊達ではない。こんなレベルが五人もいるというのだから、シキヤシキ、恐るべしだ。
「大変失礼致しました!」
男は最初の態度とは一変し、深々と頭を下げた。その薄っぺらい笑みには変化はなかったが。
「それでは、早速『花』を見せて頂いても?」
「もちろんですとも!」
金というものがこんなにも人を動かすことを容易くするのかとマコトは思った。花奏がああ言ったのも理解できる。
しかしながらマコトはこうも思う──金があれば、愛だって買えるのだろうか?
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「──お嬢様!? 何をなされているのです!」
屋敷から白い建物に移動し、『花』があるであろう部屋へと案内された三人が聞いたのは、案内人の男の叫びだった。
他に何も無い広い空間の真ん中には、土台の上にぽつんと置かれた植物と、それを覗き込む少女の姿があった。
少女は見た目で言えばコシキたちと同じくらいの年齢で、お嬢様と呼ばれるにはやや簡素なワンピースに身を包んでいる。
そして少女の目の前にあるのが恐らく目的の彼岸花だ。一部に白を残して、残りは見事な赤色に染まっている。彼岸花は白色ではないとおかしいのだが、それが一部を除いて赤いのには理由があった。
それは、彼岸花を見ている少女の手から赤黒い液体が、即ち血液が流れていたからである。少女は彼岸花に自らの血を与えていた。
「あ…………」
少女はこちらに気付いて振り返った。
男に驚かれていたことから、この少女がこの場にいるべきではないことが分かるが、少女は言い訳をするでもなく逃げ出すでもなかった。
「おハナちゃん……」
そう言った直後に、少女はぱたんと音を立てて倒れてしまった。人が倒れたにしては軽過ぎると思ったが、今はそれどころではない。
「ああ、またこんなに血を流されて……」
「『また』? 彼女は以前からこのようなことが?」
「あ、あなた方には関係ありません。医療班を呼んできますので、先程の客間でお待ち下さい!」
男は慌てた様子でその場を走り去ってしまった。
「……仕方がありませんね。彼岸花を持ち帰りたいのは山々ですが、他所の事情に口を出すわけにもいきませんし、ここは一旦戻って待ちましょう」
マリアがそう提案をしたので、ヒイロも彼女に続きその場を後にしようとする。確かにあの少女のことは気になるが、余計な手出しをして今回の話がなかったことになるのは御免のはずだ。
しかし。マコトは動こうとしなかった。いや、動けなかったのだ。
「マコト。早くしないと怒られてしまうよ」
「あうう、私なんかが勝手に判断してしまってごめんなさいぃ……やっぱり気になりますよねそうですよね!」
マリアが保っていた仕事モードは、マコトの行動を見て解除されてしまう。
その少女を始めに見たとき、マコトは驚きはしたが特別感情を抱くことはなかった。
しかし彼女が倒れた瞬間。マコトの背に電流が走った。
反射的なもの? からくりとしての、人間を助けなければという命令?
いいや、違う。『自分は彼女を支えなければ』という信念のようなものが、マコトの体内を駆け巡った。それは潜在的に存在しているものだ。直感的にそう感じた。なぜなら彼女が倒れる、その動作を、どこかで見たことがあるような気がしたのだ。
「──マコト!」
その声にはっとする。ヒイロはマコトの腕を掴み、マコトは引きずられるようにしながら連れられて行った。
あの少女は一体何の目的で自らの血を彼岸花に与えていたのか、マコトが感じた既視感は何だったのか。
それらを知るには、まだ時間がかかりそうだ。




