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プロローグ


 天草からくり研究所。

 およそ百年前から機械工学の研究をし続け、その有用性と研究所の名は最近になって世間から注目され始めた。

 彼らが生み出したのは、自立型機械人形『からくり』。これは初代の天草社社長である天草秀夫が考案した名前がそのまま使われているという。

 からくりは人々の生活に革新的な変化をもたらした。

 時には家事を手伝い、時には悩みに寄り添い、時には専門分野で活躍する。そんなからくりは人々の反響を呼び、今では生活に欠かせないパートナーとなっている。

 これらは現在でいう汎用型AIと呼ばれるものに分類されるが、天草氏が残した言葉にこんなものがある。

『からくりには、我々がまだ知ることのない未知なる領域が存在する』。

 この言葉の真偽は定かではないが、多くの科学者はこれをからくりの可能性について言及したものだと語っている。



「この話について、どう思います?」


 一人の研究員が言った。隣に座るもう一人の研究員は、栄養ドリンクを片手に椅子を揺らしながら答える。


「どうって……百年前の人間の考えなんて知るかよ。俺が考えなくとも、とっくに国じゅうの学者が議論してる。俺らはただやれと言われたことをやりゃ良いんだよ」


「僕が新人だからって、適当に答えてませんか?」


「ならさあ、新人くん。君はどう思うよ? からくりの『可能性』について。マジメに研究に取り組む前に、いっちょ前に考えたらいいんじゃねえの」


「僕ですか。そうですね、やっぱり自然と科学の融合……じゃないですか? ロマンがありますよね」


「ロマン? そんな頭でよくここに就けたな」


「ロマンは大事ですよ。女の子はこういう話が好きなんです」


「そりゃあ相手の子も楽でいいな。よくわからん話に適当に相槌を打つだけでちやほやされるんだもんな」


「ふん。彼女の出来たことのない先輩には分からないですよ」


「なんでそれを知ってる?」


 カメラの映像が映されたモニタを前に、二人は雑談を交わす。


「ところで、何で僕らは研究所の防犯カメラの監視なんてしてるんですかね? あくまで研究員であって、警備員ではないはずなんですけど」


「俺に聞くな。上からの命令なんだから仕方ないだろう」


「下っ端の僕はともかく、先輩はどうしてなんでしょう。もしかして、常日頃からさぼってました?」


 上から下までだらしない年上の研究員は、シャツの第一ボタンまでをしっかり閉めてスーツをぴしりと着込んだ後輩の研究員の腕を力強く突いた。


「痛! 何するんですか」


「余計な事喋ってないで、こっちに集中しやがれ」


 何十にも区切られた映像が映った大型モニタは、施設内のほぼ全ての動きが確認できる。これを二人で監視し続けるのは少々厳しいところがありそうだ。


「先輩は何でそんなに余裕そうなんですか……」


「座ってるだけで、真面目に研究してる奴らと同じ給料がもらえるんだぜ。こんなに楽な仕事はないだろ?」


「手抜いてるだけじゃないですか」


 その雰囲気の緩さに、二人は背後の人影に気付かなかったようだ。


「いつまでも『真面目に研究』ができない君を、我が社の下で働かせてやっているのに感謝したまえよ」


 伸びきった背筋。固められた灰色の髪の毛。にこやかな表情に浮かぶシワ。シャツに白衣を纏ったその人物は、天草社の現社長である。


「しゃ、社長!?」


 後輩の研究員は目を見開いた。社長というのは、当たり前だが研究者の中でも末端である人間がそうお目にかかる機会がない人物だからだ。

 立ち上がり、回り続ける椅子も気にせずに九十度の礼を保っている。


「あー、社長。お疲れっす」


 反対に、年上の研究員は驚く素振りもない。肘を机の上に乗せたまま、栄養ドリンクも手放さずに気だるそうな態度を取った。

 そんな態度に悪態をつくでも叱責するでもなく、社長はにこやかな顔を崩さない。


「楽にしてくれて構わないよ。それにしても、しっかり仕事をしてくれているみたいで良かった、良かった」


「あ、あはは……」


 顔を上げた後に再度深く礼をしてから、後輩は椅子に戻りモニタの監視を再開した。時々恐ろしそうに後ろを振り返る素振りを見せ、落ち着きがない様子だ。

 ところが年上の方は向きを変えず、社長から目を離さない。


「……どうしたんすか。こんなところまで来て、何も用がないってことは無いでしょうけど」


「そこまで重要なことではない。社内アンケートのようなものだと思ってくれれば良いよ」


「社内アンケートぉ? 何もあんたが直接来ることねえじゃねえっすか。今はハイテクの時代っすよ」


 悪態をついた彼は、デスク上に無造作に置かれた監視室の鍵を手に取り、指に引っ掛けてくるくると回し始める。


「それも良いのだが、なにぶん暇を持て余していたのだよ」


 絶対嘘だ。と毒を吐くのが聞こえた。社長には聞こえていただろうが、それでも彼が表情を崩すことはない。

 それを見て面倒くさくなったのか、年上の研究員は腕を組んで僅かに考えてから言った。


「うちのひいばあちゃんはからくりに対して良く思っていなかったみたいですが、俺は違いますよ。むしろ機械大好き、からくり万歳って感じっす。はい、もういいですね。帰ってください」


 セリフ全体、特にからくり万歳のところは心が籠っていない。


「先輩、この方誰だと思ってるんですか社長ですよ。そんなに失礼な態度取ったらだめですって。せっかく僕たちなんかのところに来てくださっているんですから……」


「僕たちとは何だ、たちって。俺を一緒にするな」


「随分と仲が良いようだね」


 社長は声色を変えずに言う。鍵を放り投げるとともに、ちっ、と舌打ちのような音が聞こえた。


「ところで君たち、近年新しく開発されたからくりについて、知ってるかい?」


 これこそが社内アンケートの本題だろうか、と後輩は気を引き締めた。自分は研究者としては新人だが、幼い頃からからくりを見てきた身としては相応の回答を用意することが出来るだろうか、と。

 

「僕、知ってます! 『あれ』に有効な機能が搭載されているやつですよね」


「ああ、『あれ』な」


 社長は、あえて分からないという仕草をした。


「あれ……とは?」


「あれはあれですよ、五年前に話題になった」


「『彼岸花』……でしたっけ。おっそろしい奴らですよねえ。人食い花とか言われてましたよ」


 彼岸花。五年ほど前、その名前は様々なメディアで取り上げられ、からくりが生活に入り込んできた時と同じくらいに多くの反響を巻き起こした。

 花という字がついているがそれは一つの面に過ぎず、その本質は人の姿をしながら人間を襲い血肉を食らうという恐ろしいものだ。


「そう。五年前、彼岸花は突如として現れ突如として消えた。それからは、各地で彼らに関する研究が行われてきたわけだが……。その結果、彼岸花に有効な手段を持ったからくりが開発されることとなった」


 後輩は首を傾げた。


「彼岸花の恐ろしさは僕も中継で見ていたので分かりますが、それがなぜからくりと絡むことになったんです? からくりはまだ、せいぜい人の生活をサポートする、ってことくらいにしか役立つ機会がないと思うのですが。使い捨ての機械として彼岸花にバンバン特攻させていくつもりなんでしょうか」


 先輩は腕を組み背もたれを傾けながら言った。


「それもあながち間違ってねえな。研究で得た、奴らの弱点を盛り込んだ機械で撃退していこうって話だろう」


「だからと言って、からくりに目をつける理由が分かりません。からくりは仮にも、人間の仲間として受け入れていくという方針のはず。そんな彼らを利用するなんて行為は、僕には理解できないのですが……」


 憶測を含んだ二人の研究員の会話に、社長は口を挟む。


「そのからくりそのものが、彼岸花の弱点なのだと言ったら?」


 一瞬の沈黙が空気を貫いた後に、再び社長が発する。


「言い方が悪かったかね、弱点というよりからくりが彼岸花に強い点、だ。考えてもみたまえ。人間の血肉を求める彼らからすれば、からくりはただの動く金属塊に過ぎない」


「つまり……そもそもの話、からくりは彼岸花に襲われない最低条件をクリアしている、ということですね」


「呑み込みが早くて結構。良い人材になれそうだね」


 後輩はえへへ、と恥ずかしそうに頭を掻いた。


「それがどうしたっていうんすか、考えりゃガキでも分かることだ。彼岸花は五年前の事件以来現れていませんし、俺には開発の理由から理解できないんですが。そんな使うかもわからない兵器に金をかけるよりも、もっと良い金の使い道があるでしょうに」


 その他にも「俺らのような下っ端にそんな話をする意味が分からない」だとか「暇なら国のお偉いさんでも相手してきたらどうですか」とか「早く帰ってください」とか、社長に対する文句がその口から際限なく溢れてくる。後半に至っては直接的に拒否してしまっている。

 後輩は先輩である彼の、社長に対する言葉遣いや態度が気になっていた。目上の人間に対しても無作法かつストレートな物言いで接するのを見ていると、彼は実は優秀な立場の人間なのではないかとも捉えられるだろう。能ある鷹は爪を隠す、とも言うものだ。


「ははは。私はただ、君たちのように研究にあまり関わっていない者が、どれだけこのことについて知っているのかを把握したかっただけだよ」


「把握してどうするんだっつう話ですよ。というか、俺らが警備員紛いの仕事をやってるの、見て分かりませんかね。あんたに気がそれてる間に、侵入者でも入っていたらどうするつもりですか」


 その難癖をつけるような口ぶりは変わらず社長へと向けられる。研究員からの文句にも動じない社長は、余程懐が深い人間なのであろう。


「あ…………先輩、先輩」


 するとその時、モニタに目を向けていた後輩の口から気の抜けた声が発せられた。


「なんだ、言ったそばからか?」


 ぐるりと回ってとモニタを向き、後輩が指差す映像を目で追う。そこはからくりの動作チェックが行われるテストルームの一つだった。静まりかえった室内に、人の影のようなものが見える。


「違います、これって……からくりじゃありませんか?」


「そりゃ、からくりが動く部屋なんだから一つや二つくらい……」


「そうじゃなくて、何か……彼の様子、おかしい気がします」


「おかしいって、どこがだ?」


「まず、彼の周りに誰もいないことです。普通は、からくりの動作チェックにあたって、何かしら不測の事態に備えて研究員が待機していると思うんですよ」


 ところが映像にはそれが見当たらない。モニタの中のからくりは、辺りを挙動不審に見回している。


「そういうことは遠隔で行う場合もあるんだろう。自律型って言うには、初めてのおつかいくらい成功させてくれなきゃ困る」


「おつかいとか、そういう雰囲気じゃないじゃないですか。どっちかって言うとすごーく怪しい……」


「からくりが自分から逃げ出そうとしているとでも? あいつらにそんな脳みそはねえよ。あったとしても、実際にそんな行動を許すような作りにはなっていない」


「うーん……それともう一つおかしい点として、怪しいっていうのはもちろんなんですけど、このからくり、量産型には見えません。そもそも量産型なら動作チェックも最小限のもので済ますはずですし」


 そう言われると確かに妙だ……と先輩は真剣な面持ちになる。


「あっ、先輩!」


 二人が目を向けた映像に映し出されていたのは、怪しい動きをしていたからくりが部屋の扉を開けて、ぬるりと廊下へと飛び出す姿だった。

 二人が唖然としているうちに間もなく、じりりりりと甲高い警報音が屋内に響き渡る。


「な、なんですか!?」


「こりゃあ……逃げたんじゃねえか?」


「逃げ……って、まさか本当に?」


「ああ。やりやがったんだよ、『からくり』がな」


 からくりが脱走するなんてあり得ない。聞いたこともない。

 前例のない一騒動は、その場の時が止まったように思わせた。


「しゃ、社長! ……って、あれ?」


 諦めたのか何故か冷静な年上の研究員を横目に、後輩の研究員はあたふたとマニュアルを読み漁る。無線機に手を伸ばそうとするが、既に警報が鳴っているので脱走については周知の事実だろう。

 こういうときに責任者はどうするのか。縋るような思いでモニタから振り返ったそこには、既にその姿は消えていた。

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