エルフの矜持
ペトロニウスが血相を変えている前で、俺は最初の信じられる戦力を手に入れたのだった。
魔幸薬は魔力を多かれ少なかれ持つ人間にしか通用しない。
魔力を持たないドワーフ族やオーガ族、エルフ族には全くの無意味なのだ。
これでようやく、薬に汚染されて俺達を裏切らない仲間が手に入った。
「弓について相談がある」
俺が続けて弓の設計図を取り出すと、ペトロニウスの目つきが変わった。
「この弓は……何だ?」
「エルフ族は弓の腕前と技術がずば抜けていると聞いた」
「これは何だ?弦が多いな……それと、ひしゃげた滑車……か?」
「一般の弓は――弦を張って、それに矢をつがえて放つ。慣れない内は弓のしなりや弦を引く力をまともに制御できず、しっかりと的を狙う事も出来ない。だから、引く力はこの滑車で軽減させつつ、同時にしっかりと弦を引き絞らせる事で矢の初速を跳ね上げるんだ。
ただし普通の弓と違って手入れする部品が多いから、壊れやすいし、重たいし、空撃ちした時に力が空回りして壊れやすくなる」
ペトロニウスは半信半疑の目つきで俺を見る。
「……貴様、カインと言ったな。どうして我らがエルフにこの知識を与えようとする?」
「僕の味方に引き入れたい。何せ、今の僕にはまともな戦力も無いんだ」
「だが、それが終わったら我らを再び奴隷に貶めるつもりだろう!」
「そう来ると思っていたよ」
俺はフラヴィウス皇太子殿下直々の署名のある勅書を取り出した。
これは予想していなかったらしく、キプリオスのじいさんの目が丸くなる。
『我らが偉大なる帝国及びその平和のために戦った者とその家族に対して、帝国が続く限りの市民権を与える』
俺達、人間でも『市民権』を所持している者は限られている。生まれながらの帝都の民でさえ、持っていない事も珍しくはない。貴族は金と地位とコネにモノを言わせてほぼ全員が持っているけれど。
基本的には、帝国のために兵役を勤め上げた者とその家族だけに与えられる『名誉市民』の権利だ。
持っているだけで『裁判無しの死刑はされない』『牢獄の中でも拷問や不当な待遇をされない』『飢饉の時には優先的に食料を別けて貰える』等々の優待が待っている。その代わりに、いざ帝国が有事になった時には必ず家族から一人、兵士として従軍するか軍役代わりに納税する義務があるけれどな。
この文書は、俺が卒業パーティの数週間前に帝国城にネズミのごとく忍び込んで、フラヴィウス皇太子殿下と直接打ち合わせて貰ったものである。
――いや、あの人、超有能だよ。
本当にマジでぶち抜けて有能すぎる。
理解力と対応力、政治力の塊だ。
前世の知識がある俺達より圧倒的で、それこそチート持ちじゃないかって思ったよ。
カインの企んだ数々の悪事をほとんど未然で潰しまくった男のキレ者っぷりは、はったりでも何でも無かった。
この人が今回こそ俺達の味方で……良かったよ。
この人が(味方として)いてくれたのといてくれなかったのとじゃ、俺の根回しの成果がまるで違っていたと思う。
『では卒業パーティではカイン君とは「久しぶり」に会った事にしよう』
『ええ。「はい、あの時以来です」とお返しいたします』
「貴様……!」
ペトロニウスがそう言ったきり黙ってしまったので、俺は極力、威圧感や焦りを見せないように言った。
「物事を成し遂げたかったら、事前準備が9割以上で運の要素は1割未満にしなきゃ、賭博と同じだろう。僕はヤヌシア州に賭博に来たんじゃない、執政官として来たんだ」
「……」
まだ俺を信じてはくれないようだ。
この段階では、それも当然だろうと思う。
隠れ里で平和に暮らしていたら、住処も女王も聖剣もある日いきなり奪われて同胞の多くを奴隷にされて、逃げるように遙々ヤヌシア州まで一族の生き残りを連れて放浪して……。
「人間が憎いだろう。不倶戴天の敵だと思っているよね」
「ニンゲンの貴様が何を言う!貴様に何が分かると言うんだ!」
「分からないさ。だから僕が先陣切って戦う」
「口だけなら幾らでも何とでも言える!」
「行動で示すよ」




