オリュンポス城
翌日から2週間かけて、俺は州庁と州都テーバーイのあちこちを見て回った。外縁部に行けば行くほど、治安と居住環境が悪くなっている。護衛無しでまともに歩けるのは州庁の近隣だけだった。魔幸薬が酷く蔓延っていて、物乞いとゴミ捨て場を漁っている連中は金が手に入れば全てそれに費やし、刹那の虚幸に溺れている。そして寒さと飢えと病気でいつの間にか死体になっている。
本当の幸せって、充実感や満足感から生まれたり、承認欲求が平和的に満たされて安心したりと言う、肯定的な営みから生まれるものであって――絶対に、心身を蝕んで破滅に至らしめるような薬に依存したものじゃあないと俺は思うんだ。
州庁の城壁から森と河を挟んで遠くに見えるのは、真夜中であろうとギラギラと灯りで輝いている元エヴィアーナ公爵一家の住んでいた巨大な『オリュンポス城』だ。神々がおわすと言う霊峰の名を身の程知らずにも使った、白亜だが中身はどす黒い大きな城。
新たに移転された魔幸薬の最大の製造拠点であり、賭博と売春、暴力と非合法が凝縮した不夜城。たまに奴隷が逃げて出して、途中で寒さと疲労の所為で州庁にたどり着く前に力尽きる。
今でも、それは変わっていない。
魔幸薬やあの激臭を放った香水の件で、2度も帝国軍が派遣されて、城全域を制圧して徹底的に破却したのに、しぶとく立て直して――かつて以上の権勢を誇っているのだ。
『エルフ達に売春させて、魔幸薬をばらまいて、魔人族の子供達に強制労働させて、後はその子供を人質にオーガ族に各地を襲撃させて金品を集めているんだから、そりゃあルキッラ殿下とボイオン大公もお手上げになる訳だよ』
『ヤヌシアを立て直そうと使った金が……全てオリュンポス城に吸い上げられてしまう仕組みが出来ているのだな』
『その仕組みはあの「オリュンポス城」を潰しても2度も復活させられる、根深い代物だぜ』
『同時に全ての根城を叩く必要があるな』
『かつ、魔幸薬に汚染されない裏切らない味方が大勢必要になる』
3週間目の朝。
俺はルキッラ総督とボイオン大公に許可も取らずに「オリュンポス城の調査に行く!」と言って、周りが止めるのも振り切って、従者1人だけを連れて馬に乗って向かった。
橋を越えると、もう道には点々と死体が転がっていて、カラスや野犬やネズミ、後はヤヌシア州だけに棲息している大型の肉食獣『ブラックタイガー』の餌食にされていた。衣服を着ている死体は無い。死体を漁る盗賊に、剥ぎ取られたらしい。
道に従って、森の中に入ってすぐに――俺は囲まれた。
「貴様がカイン・コンスタンティンだな?」
身長は軽く2メートルを越す、ムキムキと筋肉が盛り上がった巨躯のオーガ族達が俺を囲んだ。戦化粧をしているから、まるで本物の鬼が現れたようだ。
「ひいいっ!」
さっきから「レーフ公爵、引き返しましょう」「この先は危ないです」と繰り返していた従者は、その瞬間に馬の鼻先を翻して我先に逃げてしまった。
「だったら何だ!」
特大威力の闇魔法を放とうと俺が詠唱を始めた時だった。
俺の馬に積んでいた荷物がムクリと起き上がって、
「誰じゃと思えば、ストラトスの泣き虫小僧か!」
首領と思しき、筋肉の怪物みたいなオーガの男がギョッとした顔で荷物を見つめる。
「そ、その声は……」
荷物は被せ布を脱いだ。
「ワシじゃよ、ドワーフ族のキプリオスじゃ!」




