混沌のど真ん中
テーバーイ近くの港に降り立った瞬間に、鼻を突いたのは凄まじい死臭だった。
死体と物乞いが交互に軒下に並んでいるような有様で、並ぶ建物はボロボロだった。
普通ならば船乗りや船でやって来た商人を相手にする娼婦や娼館があるべきなのに、それさえ無い。彼女達を養うだけの余力が、もうこの土地には無いのだ。
それでも、ここは遙かにマシなのだ。港があってフェブーラ州とやり取りが出来ている。その分の物資が入ってきているだけ、ヤヌシアの他の土地よりはまともなのだ。
アクロパリ伯爵の派遣してくれた迎えの使者と護衛が、俺達を出迎えてくれた。
「ようこそ……ヤヌシア州へお越し下さいました」
「出迎えありがとうございます」
「今日はもう夕方ですので、どうぞここでお泊まり下さい。少し……荒れた館ですがご案内いたします。明日の朝早くに出発しましょう」
「分かりました」
恐らくこの港町で一番にまともな建物(元々は代官所だったそうだ)に案内されて、そこで簡素な夕食を食べて、俺達は早めに横になった。キプリオスのじいさんが船に完全に酔ってしまって、隣部屋で気絶するように眠っている。
『……。ジン、起きているか』
真夜中にカインに呼ばれた。
『うん。どうも強盗や暗殺者では無さそうだ』
俺の部屋に何者かが侵入してきたのだ。
『食うか?』
『そうだな、腹の中なら盗聴も出来ないし』
――そして俺は侵入者と対面した。
汚れた格好をしたエルフの少女(平気で300年とか生きるので、実年齢は不明)が、手に短いナイフを握って俺を睨み付けていた。
「君の名前は?」
「貴様が新たなヤヌシア州の執政官、カイン・コンスタンティンか」
「そうだ」
「有り難く貴様の送った『刀』は我らが奪わせて貰った」
「奪いやすかっただろう?」
――どう言う事だ、とエルフの少女(雰囲気からしてまず中身は少女じゃない)は目をつり上げた。
「だってあの刀は魔人族……出来ればオーガ族が良いんだけれど。君達に振るって貰うために特別に作らせて、あえて奪いやすいように運ばせていたんだから。もし魔人族に奪われても気にするなとウチの代官にはあらかじめ伝えてある」
「何が貴様の目的だ!」
「そうか、君は下っ端か。そりゃ知らされていないよな。ドワーフ族の長老のキプリオスって知っているかい?」
「ど、どうしてその名を」
「今、隣の部屋で船酔いにやられてほとんど気絶している」
「貴様は一体……?」
「ジン、ソイツは確かに下っ端だ。カッサンドーラの末の妹ネフェリィ。かなり直情的な所があるから、出自に反して『ガイア』の中でも扱いは下っ端なのだ。実際……単身でこんな軽率な行動を取るくらいだからな」
カインが出てくると、ネフェリィは瞠目した。
「確か魔人族で構成された反権力組織が『ガイア』だったっけ。所属している魔人族はどんな感じ?」
「キプリオスのじじいのコネもあって、今だけは活動が沈静化している。これから大規模に活動する、嵐の前の静けさだ。まあ、それが我慢できない短絡的な愚か者がここにいる訳だが」
カインの冷たい視線で見られて、ネフェリィは分かりやすく動揺した。
「えっ……そ、それはどう言う事だ!」
「貴様は短絡的かつ感情的に行動する。そんな者に重大な機密を教えられるとでも思ったのか?」
「ぐっ……」
「取りあえず今の所は計画は順調って事か」
「このバカエルフはどうする?」
「連絡用にこのまま連れて行こう」




