ゴミ捨て場じゃないからね?
手短に説明する。ダニエラ嬢の婚約者だったロムデッサン伯爵令息ミロンは、平民の愛人イリスとその母親トニアと合唱するように、アクロパリ伯爵家一同とヴァロ達のような仲裁をしようとする学園の関係者相手に、何度も身勝手な主張を怒鳴り散らしていたが、一目で事態を悟ったデルフィア侯爵が警備員に「(力ずくで)黙らせてくれて構わない」と言ったために罪人同然に拘束されて口枷まで嵌められてしまった。
誠意を尽くした言葉で言っても分からない人間には、権力か暴力による対話が一番分かって貰えるのである。
「ロムデッサン伯爵、貴殿の令息はどうやら精神的な病にかかっているようだな?」
権力者特有の物言いで、ゲンコツ親父は確認する。
バカ息子のミロン君をここで切り捨てなかったら、面子を潰した報いはロムデッサン伯爵家全員に受けて貰うぞ、と言う脅しでもある。ロムデッサン伯爵は脂汗をハンカチで拭い、
「はい、はい……デルフィア侯爵閣下には見苦しいものをご覧に入れてしまい誠に申し訳ございません。愚息の身柄は静養のために涼しいヤヌシア州にある別荘に移したいと考えております」
えっ、俺がこれから行くつもりのヤヌシア州をゴミ捨て場にしないでくれ!産業廃棄物の不法投棄反対!
「そうか。そう言えば伯爵にはもう1人息子がいたと聞いている」
「はい、はい……お恥ずかしながら私の家庭教師だった者の妹との間に1人おります」
「最近、出来の良い者ならば庶子から正式な養子へと引き上げると言う話をよく聞く。ロムデッサン伯爵夫人も耳にした事はあるな?」
意訳:貴様等がバカに育てた息子を今ここで完全に切り捨てて養子を取れ。その養子と、再度アクロパリ伯爵令嬢との婚約を結ばせる。異存があるならば貴族として終わらせるぞ。
「ひっ……は、はい、確かに聞いたことがございます」
夫人は則、折れた。バカ息子が説得に耳を貸さずに意味不明な事を喚き散らしていたから、その所為で先に精神力が削れていたようだ。
息子1人の犠牲か一族郎党全滅かの選択肢を、貴族として彼女は間違いの無いように選んだのだ。
でも――そこまでが夫人の限界だったようで、フラリ、バタン、と声も無く卒倒した。
「おっと……では、この件はまた後日に話し合うとしよう。それでアクロパリ伯爵も異存は無いかね?」
「閣下、ございません」
アクロパリ伯爵側は逆にスッキリとした顔をしていた。
後で事情を詳しく調べたら、ヤヌシア州唯一の『まともな財務官』としてルキッラ皇女達の元で色々と苦労していたアクロパリ伯爵家に、『あまりまともではないが大金持ち』のロムデッサン伯爵家をくっつけるための純度99,99%の政略婚約だった。
その政略結婚に密かにミロンが不満を抱いていた時にたまたま知り合った未亡人のトニア達が、ミロンの同情を誘うふりをしつつ、娘のイリスを『妻の座を狙え!』とけしかけたそうだ。
美貌のイリスの誘惑に夢中になったミロンは暴走して、卒業パーティの直前にあんな婚約破棄騒動を引き起こした。
……と言う事らしい。
――そうか、と俺は納得して、目の前で抱き合って怯えているトニアとイリスに話しかけた。
「ニホンって知っているか?」
「どうして、」
「何でアンタが」
と目を見開いて呟いた2人の反応に、俺は確信する。
「ああ、やっぱり」
この世界の平民は貴族の恐ろしさを誰よりも知っている。
身分と言う代物がどれほどに頑強でしぶとくてタチの悪いものか、生まれてから骨の髄まで教え込まれて理解している。
貴族は魔法を扱える。
平民とは絶対的な力の格差がある。
身分の枠の中に貴族を体よく閉じ込めておかなければ、平民は例外なく『奴隷』にされていたからだろう。
なのに平民から貴族に手を出すなんて、生まれながらのこの世界の平民なら絶対にあり得ないのだ。
更に――2人の言葉使いが、どこか俺には懐かしく感じられた。
「僕はとても優しいらしいから、これからの質問に正直に答えれば残酷な事はしない。ちなみに2人共、このままじゃ絞首刑よりも酷い刑罰が待っている」
「そんなっ、そんなの聞いてないよ!」
「聞かされる訳が無い。暴れられたら面倒だからね。火刑台は流石に知っているだろう?」
ロムデッサン伯爵家が跡取り息子を駄目にされた恨みを晴らすべく、早くも私刑として用意していたのだ。
「――嘘、どうして」
カタカタと歯を鳴らして震え出す。
「ここがニホンじゃないからだよ。でも僕の質問に正直に答えてくれたら、火刑台からは逃がしてあげられる」
「……は、はい!」
「最初に聞こう。どうやってこの世界に来たの?来る前後に起きた事を詳しく話して欲しい」
曰く、2人はニホンの学生だったらしい。それぞれ男に振られて自殺した直後に、魂を『召喚』されたそうだ。しかしそれを行った者に、『駄目だ、全て失敗だ』とはっきりと断言されて、捨てられたらしい。気付けばトニアとイリスの体の中にいて、同時に池の中で溺れかけていたそうだ。そこをたまたま通りがかったアクロパリ伯爵の元息子が助けてくれて――イリスに一目惚れした、と。
「どうしてこんな事になるのよ、あたし何も悪い事なんてしていないよ!」
「貴族の愛人になれば今度こそ幸せになれると思ったのに!」
「うんうん」
と適当に頷きながら俺が聞いていた時だった。
大丈夫だよ、安心して良い。
この後できっちりと痛みも苦しみも恐怖も味わわせないで終わらせてやる。
もう君達は魔剣の腹の中にいるんだから。
「ジン、2人の記憶の分析が終わった」
闇の中から、カインが歩いてきた。
「えっ!?」
「誰!?」
俺は2人を無視してカインを見つめた。
「イアソン共は生きている」
「だろうと思っていたよ」
「だが、問題はそこじゃない」
「何だ?」
「連中こそが……聖剣ネメシスセイバーを所有している」
ストーブの上に手を置く5分、君と手を繋いで踊る5分
婚約破棄騒動が一通り片付いたので、俺達は大講堂に戻った。
「カイン様!」
不安そうに佇んでいて、デボラに慰められていたオリンピア嬢が俺を見て顔を輝かせる。
「お待たせしました!」
「ええ、待ちましたわ。もうすぐダンスが始まってしまう所でしたのよ」
「間に合って良かった。どうか僕と踊って頂けませんか?」
「私で良ければ、是非」
ゲンコツ親父が凄い顔をしているが、デボラが上手に話しかけて注意を逸らしてくれている間に、俺達は手を繋いで大講堂の真ん中に作られたダンスの間に進み出た。俺達や、レクスやクレオパトラ嬢の組だけでなく、他の卒業生達のそれぞれの組も集まりつつある。全員が集まった所で、それまでは緩やかに会話を邪魔しないように奏でられていた音楽がダンスのためにどこか軽快な調べに転調して――。
俺達は手を繋いで、時間を忘れて踊った。
オリンピア。
ごめん。
君がどれほど俺達を見つめて愛してくれても、俺達の手はもう血まみれだし、人間として一番大事な部分がグチャグチャに壊れてしまっているんだ。
だけどこれだけは嘘じゃないし、壊れてもいない。
君も必ず幸せにする。
その日の夜空は酷く輝いていて、ポロリポロリと泣きたいくらいに月がまばゆく輝いていた。
「……どうしてもヤヌシアに行くのね」
帰りの馬車の中でデボラは呟いた。
「はい」
「本当は、嫌よ。この数年……あの地からまともな報告が来た事が無いの」
「知っています」
「私に出来る事なら何でもやるわ。だから、絶対に死なないで」
『デボラの母上……っ!死にません、絶対に死にません!至上に尊い母上の愛がある限り……!』
「少なくともディーンが成人するまでは死ぬ訳にはいきません」
「カイン……。私達だけじゃ無いわ。オリンピア嬢のためにも、絶対によ」
「……僕も、突き飛ばされるのはごめんです」
『あの女は確かに死神よりも厄介だな……』




