入園式の日
俺も6歳になったので、リュケイオン学園の初等部に入学が決まった。ここは皇族・貴族・富裕な平民階級が子供を通わせて、身分不問の平等な学問の徒として学ぶ場所なのだ。とは言ってもここで良い所とのコネを得れば将来の貴族の一門への就職先や、良い所に就職する際の伝手が得られる場所でもあるので、完全な平等って訳じゃない。それでも、この学園の中で皇族だからとか貴族だからとかで威張るのはとても下品なことだとされているそうだ。
年齢ごとに、初等部、中等部、高等部とあって、高等部を卒業した後の卒業パーティで正式に成人したと見なされる。
「にいしゃま、いってらっしゃい!」俺と同じ漆黒の髪と目のディーンがポンポニアと手を繋いで、俺に向かってもう片方の手をブンブンと振る。どうしてか貴族の中でも闇属性はあまりいないので、とっても目立つのだ。だけどそれがかえって俺達が兄弟だと言う証明のようで凄く嬉しい。「かえってきたら、ぎゅーってして、ね?」
「いまぎゅーってする!」
俺は言うなりディーンを抱きしめてワシャワシャと頭を撫でてムギュムギュと頬を両手で推した。ディーンは無邪気に笑った。
「ポンポニアやコンモドゥスのいうことをまもって、いいこにしてるんだよ、そうしたらもっとぎゅーってするから!」
「あい!」
うわああ可愛い。俺の可愛い可愛い弟。
今度こそ地獄に突き落とした果てに殺してやりたいと憎むような関係にならなくて、本当に良かった!
「うふふふ、じゃあ行きましょう」
「おかあしゃま、にいしゃま、いってらっしゃい!」
俺はデボラと手を繋いで馬車に乗るまで、何度もディーンに手を振ってやった。
昨日は『おにいしゃまといっしょにいく!!!!!いくの!!!いくのお!!!あぁーああああぁああああん!!!』と泣いて言い張っていたが、今日は寂しがらなくて本当に良かった。
……でも、本当は寂しいんだよな。分かっている。帰ったらいっぱいギューってして、絵本を読んでやろう。隠れんぼも鬼ごっこもチャンバラもやろう。
今、デボラと俺達は貴族街の空き家を借りて、家族みんなで住んでいた。家賃や俺達の養育費だけじゃなくて、ポンポニアやコンモドゥス、他の召使い達の給料も含めてデボラの稼ぎで充分にやっていけるようになったからだ。
ファウスタ皇太后様からも圧倒的な信頼――『仕事を任せて一つの心配も要らない女』をデボラが勝ち得たってことが一番の理由だった。
それと、デボラに嫌がらせをする存在がいなくなったってのもある。デボラが責任者を勤めている児童園の運営と、少しずつ進めていた業務改善が上手くいって、官僚や女官達からは『育児と仕事を両立させやすくしてくれた恩人』と言う好意的な視線が寄せられているし、デボラはその恩義や好意を『予算と最終的な認可を出して下さった』とフラヴィウス皇太子殿下とアンティスティア皇太子妃殿下に被せたので、デボラだけが変に目立ってしまうような悪手にも陥っていなかった。
貴族派からは『子連れで離婚した女』『鉄の筆頭女官』とあまり良い感情を向けていないが、そこは俺が将来的にレーフ公爵家を継いだ後でどうにかする必要がある。
……デボラは少し緊張しているのか表情が固かった。
「おかあさま、こまっていることあるの?おしごと、だいじょうぶ?」
「困っていると言うより、不安なことが一つだけあるわ。今の学園長先生も勿論セウェウルス家の出身なのだけれど、あの家の出身だけあって……かなりの変わり者だそうよ。その血を色濃く受け継いだ孫がカインの同学年生だそうで……悪い意味で目を付けられなければ良いのだけれども」
「えっ、かわりものって……?」
「コンモドゥスが時々、読書と魔法の研究のためにうっかり食事を抜いてしまってよく料理長に怒られているでしょう?それのもっと酷い有様だそうよ」
要するに学者バカってことか。でもいじめっ子とかじゃなさそうだ。変に関わらなければ大丈夫だろう。
――そこまで考えた時、俺の頭の中に思いついたのは『ヴァロ・セウェルス』だった。
一言で言えばマッドサイエンティストな男である。代々リュケイオン学園の学園長を務める由緒正しい貴族の端くれなのだが。しかしカインにあくどい実験をした弱みを握られて味方するしかなくなり、最終的には口封じのためにカインに殺される……。
「うわあ……」
マジであくどいな、カイン。
……なあ、カイン。
もうデボラはここで強かに穏やかに笑っているんだから、お前の復讐と復讐の意味は、この世界の何処からも消え失せたんだぜ。




