スリリングな児童園生活
デボラが提案して作ったこの児童園は官僚や女官から大好評だったが、問題が一つだけあった。
子供達に対する、乳母や世話役達のノウハウが無かったのだ。そりゃ乳母やお守りはやったことがあるけれど、これだけ大勢の子供を上手くあしらっていくのは、どの乳母も世話役も初めてだったのだ。
「坊ちゃま、ああー!お止め下さい!」
おっとりとしているポンポニアが悲鳴を上げている。俺が拾った枝先で虫をつついて遊んでいるからだ。
その間にも他の子供同士が大げんかしているし、お漏らししているのも泣きじゃくっているのもいる。
コンモドゥスの話なんか聞かずに壁に落書きしているアホガキもいる。
……超大変な彼女彼らの苦労や不満を吸い上げて、改善していくのもデボラの仕事だった。
俺は児童園でこの世界で初めての友達が出来た。レクス・スキピオだ。フェニキア公爵家の長男なのだが、父親は執政官としてはるばるジューニー州まで出張しているし、母親はレクスの妹の看病に付き添わなきゃならないらしくて、今だけここにいるのだ。深紅の髪と瞳が目に焼き付くほど印象的で、性格も熱血漢そのものである。
何より、俺の顔にあった傷を『かっこいいな!?』と言ってくれたのだ。
「おれはしょうらい、しょうぐんになる!」
そう言っては拾った棒を振り回して特訓だと言うので、コンモドゥスは困っていた。
「しょうぐんになるんだったら、せんじゅつとかべんきょうしたほうがいいんじゃないかなあ?」
俺が言うと、『せんじゅつってなんだ?』と来たのでコンモドゥスに頼んだ。
「1人で戦うには強さがあれば十分でございますが、集団で――こと、軍を率いて戦うには戦術や戦略が必要不可欠になります」
「うーん……?」
今ひとつ分かっていないレクスにコンモドゥスは説明を続ける。
「軍を率いて戦うにはまず全員分の武器が必要です。彼らの食べる食料や、怪我をした者を手当てする者、更には戦いで消耗した武器の補充や怪我をした者の代わりに戦う者が必要になります」
「うん、それはわかった!」
「その基本を抑えた上で戦うことになるのですが……では、こうしましょう」
コンモドゥスはおはじきを取り出した。あの太陽文字を教えて貰ったおはじきだ。
「このおはじき3つが、レクス様の率いる軍隊といたしましょう。この軍隊を率いてレクス様は私の領地に攻めてきた、と仮定いたしましょう」
私はこのおはじき2つを軍隊として率いるとします、とコンモドゥスは続けて、俺達は頷いた。
「さてレクス様、どのように私の軍隊を撃破いたしますか?」
「そんなものはかんたんだ!まっしょうめんからどーん!」
レクスはおはじき3つをコンモドゥスのおはじき2つ目がけて突き進めた。
「では私は逃げます」
さっとコンモドゥスはおはじきを引っ込めた。
「ひ、ひきょうだぞ!」
「戦いにおいて最大限に大事なことは自軍の損害を出さないことと、戦略的に勝利することです。卑怯は何処にもありません」
「ぐ、ぐぬう……」
「逃げた私の軍隊ですが、ご覧の通りにレクス様の軍隊より数で劣っております」
「そんなのはみればわかる!」
「ですので、真正面から戦うことはいたしません」
「は、はあああ!?」
「私の戦略的な目的としては、レクス様の軍隊になるべく損害を与えながら撤退して貰うこと。攻めてきた軍隊に撤退して貰う際の交渉条件として、こちらに少しでも有利な条件を引き出したい。ですので、戦術としては正面決戦を避けて夜襲をかけます」
コンモドゥスはおはじき1つでレクスのおはじき3つをつついた。
「そんなのげきたいしてやる!」
「そうですね、撃退は簡単でしょう」
コンモドゥスは入れ違いに次のおはじき1つでレクスのおはじき3つをつついた。
「ですから、毎晩仕掛けます」
「なんだと!?」
「数では負けておりますが、毎晩眠れないとなったら、レクス様の軍隊はみるみる弱っていくでしょう」
「ずるい!」
「ですから、私の戦略的な目的は『レクス様の軍隊になるべく損害を与えながら撤退して貰うこと』と申し上げたでしょう。
――良いですか、全くの軍人でない私でさえこの程度の戦略は簡単に思いつくのです。ましてや名高い軍人であった先達が残した指南書には、どれほどの恐るべき戦略が書かれているか。逆に戦に敗れた時にはどのような戦略や戦術を取っていたのか。
レクス様、将軍を目指されるのでしたらこれらの過去と歴史から学ぶことは必須でございます」
「む、むむう……」
レクスも納得は出来たらしい。さすがコンモドゥスだ。
「学ぶにあたっての最低限の基礎知識から始めましょうか」




