母親が超絶エリートなんだが
西の離宮の筆頭女官と言えば、気難しくてプライドの高い皇太后様に最側近としてお仕えする上に、西の離宮にいる女官達の統括だけじゃなくて、西の離宮で行われる会議や祭祀の支度や手配、皇太后様への奏上の取り次ぎ、他にも北と東と南の離宮の筆頭女官の上に立つ、いわば女官の総取締役みたいな立ち位置らしい。
東の離宮は皇位継承者が住むところ、西は先代以前の皇帝の一族が住むところ、南は客人のためにあって、北は今の皇帝と皇后両陛下、そして帝国城の大評議場や執政府はど真ん中にある、と言う訳だ。
何で今の皇帝と皇后両陛下のいる北の離宮の女官が女官の一番上に来ないのかと言うと、権力の癒着を防ぐためだそうだ。
今の政治的な勢力図として、皇帝派、皇太后派、そして貴族派の3派がある。デボラはどちらかと言うと皇帝派に属するのだけれども、その彼女が皇太后派の裏方のトップに立ったこと、更に皇太后の溺愛するアンティスティアが皇太子妃になったことでフラヴィウス皇太子殿下はとてもやりやすくなった。
この人が何を考えているかというと、最近いやにきな臭い貴族派の刷新を望んでいるのだ。
例えば俺のクソオヤジとか、貴族の権利ばかり享受して義務を放棄するアホがこの頃は特に多いらしい。
……カインもそうだと言えばそうなんだよな。元はと言えば、復讐するために己の義務を全部放り出したんだ。
「デボラ様、マリウス卿から明後日の小会議の議題について変更があると火急の知らせが」
「デボラ様、来月執り行われる先の皇帝陛下の鎮魂祭について大神官が追加の議案書を提出しております」
「カトー公爵家のご当主様が皇太后様に緊急でお目にかかりたいと仰せです。ガイウス殿下の結婚式についてご相談があると……」
これでもかと忙しいな!?
でもデボラは涼しい顔をして仕事を各女官に振り分け、出来るもの最低限だけを己でこなして、残りの時間は『業務改善』に勤しむのだった。
「デボラよ、たっての願いとは何じゃ?」
ファウスタ皇太后は年老いているとは言え、威厳ある姿でデボラを見下ろす。
デボラは今や、ただの元皇女だ。皇太后とは比べものにならないほどの矮小な存在である。
だが、彼女は同時にこの皇太后の信頼を勝ち得ていた。
常に気を配り、皇太后の望むところを察して先に行動し、皇太子や皇帝との関係を円滑に調整するに当たって、どうしてもこのデボラの存在は皇太后にとっても不可欠になったのだ。
「はっ。皇太后様、この西の離宮ならず帝国城にお仕えする官僚と女官には子を持っている者が数多くございます。彼らは子育てと仕事を両立させるために大変な苦労をしております」
「ふむ、おぬしも子が二人居たのう……」
「はっ。故に奏上いたします、西の離宮に『子を預かる施設』を設立することを」
「設立したことによる妾の利益を申せ」
「はっ、端的に。子を預けた官僚と女官は全て皇太后様の意のままとなるでしょう」
「人質のようなものじゃからのう。しかし妾がその子らを丁重に遇してやれば心底から奴等も妾を崇めるであろうのう。してその維持費用はどこから出すのじゃ。妾は初期投資しか嫌じゃ」
「既に皇太子殿下と皇太子妃殿下からの許可を賜っております」
「ほっほっほっ。やはり抜け目ないのう、デボラよ。場所は決まって居るのか?」
「皇太后様、おありがとうございます。調べたところ、第15会議室がこの30年間一度も使われておりませんので、かの大広間を改築いたしとうございます」
「ふうむ。……まあ、庭先を貸してやって妾の名声がより高まるならば反対は必要あるまい。特別に認めてやろうぞ」
「ご寛恕感謝申し上げます」