1.天国が落ちた世界 5節
心の中を見透かされたような……
掌の上に乗せられてしまったような、
そんな感覚に陥った経験はあるだろうか。
確かに、さっき僕がした質問は
かなりわざとらしいものに思えたかも知れない。
でも、僕にとってどうしても必要なものだったのだから
リスク覚悟で質問する事は厭わなかった。
……筈なのに、どうしよう……
必死過ぎてどう返答するか考えて無かった……
無音が、無音が重なる。
両者とも音を生まず、ただ無音の領域が
僕たちを何重にも取り囲んでいた。
「……今の質問は忘れて頂いて結構です。
ご協力、ありがとうございました」
無音が十数秒続いた頃、市川さんは手を叩き
空間に再び音を与えた。
張り詰めた空間の空気は一気に溶け、
思わず大きく呼吸をしてしまう。
「大丈夫?」
最寄が心配そうに僕を支える。
「あぁごめん、大丈夫……大丈夫だから」
そこから先は、少し“これからの話”をした。
まず、僕と最寄はしばらく別行動になる。
理由は2つ。
1つは、最寄が信頼されていないからだ。
最寄は能力測定などを兼ねて詳細な情報がまとまるまでは
レベルの管理下におかれる事になった。
これに対し最寄は、始めの方こそ少し抵抗したが
最終的に受け入れた。
そして、もう一つが
僕の特異性によるところが大きかった。
レベル側からしたら、僕のような特異存在は
非常に欲しい人材という事らしいが、
だからと言ってその能力に制限も付けずに使い放題していると
今度は“世界政府”に睨まれてしまう。
なので、後程全ての事情を信頼のおける“エリート小隊”に伝え
明日からしばらくの間、その小隊に同行する事が決まった。
次に、僕には自宅内部以外は常に監視がつく事になる。
これによって、契約している天使の正体が
どうしても“1人”バレてしまうが、電話で確認したところ
少しごねられたが特別にOKが出た。
話が終わり、大きな部屋から出ようとしたその時
僕たちは市川さんに呼び止められた。
『明日は、学校の“門”は使わないようにお願いします』
とだけ言われた。
夜も不思議そうにはしていたが
了承し、明日の集合場所は “赤茸山三玉神社” に変更された。
最寄は納得いかなそうに頬を膨らませ
僕たち2人に手を振ってその場に残る。
流石に可哀想に思えたので、勇気を振り絞って
ハグ待ちポーズを目の前でしてみたところ
全力で抱きつかれて危うく腰の骨が折れかけた。
帰り…と言ったけど、その帰路は思っていたよりも
あっさりとしたものだった。
ここのエレベーターには、四方向に扉が付いている。
エレベーターに入って左側 “4” と上に書かれた扉の
『開』ボタンを押すと、その先には
半径5メートル程の薄暗い空間があった。
壁面はゴツゴツした岩のようで
まるで洞窟内部にいるような感覚だ。
その中心には、青く光る巨大な結晶体があり
床には部屋を埋めるほど大きい
魔法陣のようなものが描かれている。
(何でいきなりファンタジーゲームによくありそうな
セーブポイント風の部屋に通されたんだ???)
夜は部屋に入るなり結晶体に触れ、数秒そのまま固まった。
直後、一瞬身体が浮く感覚があり
いつの間にか僕たちは通学路に立ち尽くしていた。
「え?えぇ?!」
「今のが転移装置だ。
レベル内部から外部への一方通行にはなるけど、
これを使いこなす事で、全世界に8万箇所以上ある
設定された“スポット”に瞬間移動する事が可能だ」
口で説明されてもまるで実感が湧かない。
立て続けに “非日常” を受け続けたから
現在進行形で頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「私はこっちだから、また明日朝8時 神社で」
「あっちょt」
夜は指差した方へステステと歩いて行ってしまった。
「はぁ……まぁ良いや。帰ろ」
僕は、夜が歩いて行った方とは逆に足を進めた。
その時、何の前触れも無く 胸元の辺りに強い衝撃が疾る。
まるで焼いた石のようなそれは、
胸部に熱を残しながら背を貫通し
遅れて来るように鈍い炸裂音が住宅地に響く。
(銃……声…………?!撃たれた?!)
僕は “撃たれた勢いで” その場に倒れ込む。
そして、慌てて胸元を手で抑えた。
焦りながらも状況を確認すべく体勢を変え、
首元から服を伸ばし恐る恐る胸元を確認した。
呼吸が荒くなる。
だが、不思議な事に
何故か僕の胸元には傷1つ無かった。
「え……?」
そして、見つけてしまった。
僕の胸を貫いた“筈”の銃弾を……
(何がどうなって……?!
撃たれた筈なのに……現に、弾まであるのに
……外傷が無い?!)
今、僕はどの天使の力も使っていない。
正直、似たような事が出来る
天使の力はあるけど“こう”はならない。
銃弾を確認すると、銃弾は熱を持っていた。
これは間違いなく今撃ち出されたものだ。
ピンク色をした気味の悪い銃弾には
紫色の『ハートマーク』が描かれていて
微かにキラキラと光を帯びている。
撃たれてから少し経つと、近隣の人々が状況を確認しに来た。
やはり銃声は響いたのか…?
僕は不思議に思いつつも、銃弾を無意識に回収していた。
-少し遡り、 レベル本部 総督室 -
私は、リュウくんを堪能して少し肌を
ツヤツヤとさせながらリュウくんと夜ちゃんを見送った。
「さて、本題に移ろうかな。」
私は、可愛い総督ちゃんと秘書ちゃんの方へ向き直ると
“本題”を切り出した。
「もう隠さなくて良いよ。 調べはついてるんでしょ?
“ウリエル”」
「……はぁ。
性が悪い上に勘も鋭いとなると、ちょっと厄介だなぁ……」
総督ちゃんは“お手上げ”だとジェスチャーすると
秘書ちゃんに目で合図した。
秘書ちゃんは、タブレットを少し弄ると
デスク横のプリンタから資料を印刷し
それらをまとめて渡してきた。
『国堂 土奈 の個人情報、及び
天使 “ウリエル” である可能性について』
10余枚ある紙の資料には、この題が刻まれていた。
「ほら、やっぱり知ってた」
私はくすりと笑うと、内容には特に目も通さず資料を返した。
「どうしてリュウくんに黙ってたの?
“バレてるぞ”って一言脅しちゃえば
きっとリュウくんは折れて
土奈ちゃんを差し出すしか無かったんじゃないかな?」
「お前本当に天使なのか……?
悪魔って言われた方がよっぽど納得できそうだよ……」
レベルと言う組織は、
天使を人として扱っている傾向が強い。
人として暮らしている天使
……ましてや必死に正体を隠してまで
人間であろうとする姿勢を前にしては、強く出られないんだ。
「ほんと、お人好しが多いこと……」
「何か言いましたか?」
「何も?」
私がここに残ったのは
この2人から面接を受けるため。
そして、土奈ちゃんの事をどうしても確認したかったから。
土奈ちゃんは当然、私の正体も知っていた。
その上で、私の事を許して最愛のお兄ちゃんである
リュウくんと一緒にいる事も許してくれた。
恩返し……とは少し違うけど、
私なりに土奈ちゃんを巻き込みたく無い
“善意”にも似た感情が残っていたのだろう。
「話を脱線させちゃったね……じゃあやろうか。 面接」
私は天技で透明な椅子を素早く構築し、そこに腰掛ける。
「手早く済ませましょう。
我々があなたに問いたいのは2つ。
あなたの目的、そして能力です」
秘書ちゃんはそう言うと、
ポケットから赤い紐が付いた鈴を取り出した。
「これには、レベルに所属する
“とある天使”の力が込められています。
隠し事や嘘を暴く力がありますので
きちんと真実のみ、お答えください」
秘書ちゃんは鈴を私の方へ突き出した。
「では、1つ目の質問です。
あなたは、自我を保ちながら ”人を食べる側の天使” です。
本来であれば即討伐対象になりますが
現状、あなたからは害意は感じられません。
そこで、目的を改めて教えてください」
「私の目的は“リュウくんと一緒にいたい”
これが全ての根幹かな」
鈴は反応を見せない。真実だ。
当たり前だ、私は“嘘”をついてない。
「純粋な愛故……と言いたいのですか?」
「そうだね。私は、
基本的にリュウくんの事しか考えて無いから。
他人はどうなろうが割とどうでも良いかも」
「なるほど……」
秘書ちゃんはタブレットに何かを打ち込むと
再びこちらへ向き直った。
「では、2つ目の質問です。
あなたの能力は “時の操作” で間違いありませんか?」
「大枠はその通りかな……」
鈴は反応しない。
「では、『黒橋さんを攻撃した能力』について
詳しく説明して下さい。
あの能力についてだけはカラクリが分かりません」
「やっぱりそこ気になるよね……
良いよ、特別に教えてあげる」
私は悪い笑顔を浮かべて話し出す
《想定外の介入を確認。かか確認確認確に》
『悪いけど、君たちにはまだ教えられ無いかな?
勿体ぶった方が面白いでしょ? じゃあね』
……………
諠??ア蛻?j譖ソ縺医?ょコァ讓吝ョ牙ョ壹?りヲ也せ蛻?j譖ソ縺亥ョ御コ??
隕也せ繧停?懷嵜蝣 髫?ク?驛寂?昴↓遘サ隴イ縲や?ヲ窶ヲ螳御コ??
縺薙l繧医j縲∝?縺ョ譎る俣霆ク縺ォ謌サ縺励∪縺吶?
3窶ヲ2窶ヲ1窶ヲ窶ヲ窶ヲ0
………………
《修正コード235564の自動生成に成功 復元完了 》
-時は戻り、4月26日 午後18時半 住宅街-
僕はつい先程、妙な体験をした。
撃たれた…ような気がしたのに、
特に何事も無くこうしてピンピンしている。
そう言えば銃弾のようなものを
回収していたな……と思い、ポケット中をくまなく探したが
何故か何処にも無かった。
これはあれか?
非日常を浴びすぎたせいだろうか?
それとも、夕方の陽光が生んだ幻覚にでも
取り憑かれていたのだろうか?
「疲れてるな僕……早く帰ろ」
『僕の運命は、一発の銃弾から狂い始める』
とは言ったものの、1日にそう何度も運命を狂わされてたら
もう狂った人生の方が正しくなってしまう。
既に狂ってしまったと言うのに、
これ以上狂わされていては堪ったもんじゃない。
その後の帰路に問題は無く、10分程で家に到着した。
「ただいま……」
「遅い!!!」
扉の先、玄関には土奈が待ち構えていた。
土奈は眉をぴくりと動かし、目を細めて近寄ってくる。
「え?!何?!何?!!」
土奈は僕の周りをぐるりと2周すると、ため息をついた。
「ご契約おめでとうございます……お幸せにどうぞ」
土奈はむすっとしながらそう呟いた。
「へ?」
「だから!お兄ちゃん、
最寄さんと契約したんでしょ?!」
「何でお前それ知っt」
「そんな事はどうでも良い!!」
「………はい」
僕は妹の圧に屈した。
何故か不機嫌そうな妹の前で意味も分からず
ペコペコとする情けない兄の姿が、そこにはあった。
「それで、こんな時間までどこ行ってたの?
大人のホテル?」
「土奈さん?!どこでそんな言葉覚えてきたのかな?!」
土奈はむすーっとしながら匂いばかり嗅いでくる。
すると、少し安心した様子で深く呼吸した。
「全くもう……
お兄ちゃんの学校が大変な事になったって
聞いて凄い心配したんだから……」
「あぁ、ごめ……ん?僕の学校がどうしたって?」
「……何も知らないの?
今、お兄ちゃんの学校がね
ガス爆発が原因で倒壊したってニュースになってて……」
「は?……はぁ?!」
ニュースはローカルチャンネルに飽き足らず、
全国に大々的に報じられていた。
“ガス爆発”が原因とされる校舎の全倒壊は
夕方5時半頃……僕たちが地下の
通路を歩いている最中に発生していたって事だ。
この事故による死傷者は少なくとも134人。
教師が24人、生徒が85人亡くなっている。
報じられている映像はまさに、地獄だ。
帰り際に市川さんが言った言葉の意味をようやく理解した。
拓流は?!!拓流は無事なのか?!!!
僕は堪らず家を飛び出した。
「ちょっと?!お兄ちゃんご飯!!」
「悪い!!先食べてて!!!」
(どうなってるんだ……こんなの、
こんなの1回目の26日には無かっただろ!!!
最寄!!!!)
なりふり構っていられなかった。
僕は無意識に天使4人分の身体能力を解放し、夜空を駆けた。
普段20分近くかけて移動する通学路の上空を駆け、
15秒くらいで学校付近にある
誰も寄りつかない廃工場の広い敷地に着地した。
近いとは言え、少しだけ距離があるのにも関わらず
夥しい程の赤い光が目端の左側を照らした。
そこから約100メートル
僕は“人間”の全力で学校へ向かった。
息を切らし、汗を散らし、前へ、前へ。
そして、僕は学校だったものを目の前に捉えた。
学校は残骸と化しており、グラウンドを瓦礫が覆っている。
そこに最早学校の原型は無く、
ぐちゃぐちゃに砕かれた建築物の燃え滓が
無造作に積もっている。
数えるのも億劫になるくらいの
救急車と、消防車、警察車両が
狂乱に満ちた世界を赤く照らし、
その周りを、ライブ会場くらいでしか見た事が無い程の
人集りが囲っている。
びっしりと並ぶ報道陣の列と緊迫した世界を世に届ける声。
誰かの家族だろうか?
泣きながらその場に崩れる悲痛な叫び。
負傷した人々の呻き声。
負傷者を運び、心配しながら必死に励ます救急隊の焦り。
何もかもが非日常。
何もかもが耳と目を揺らし、地獄に引き摺り込む。
「あ……あぁ……こんな……」
手が、足が……声が震える。 酷い、酷すぎる。
一体何があったのか……ガス爆発とは聞いているけど
……明らかにその様相では無い。
まるでこれは、 “学校そのものが爆発した” かのような……
そして、僕は一つの結論に辿り着いた。
これは、天使の仕業だ。
「はは……あれ……僕、ここに何しに来たんだっけ……」
途方も無い無力感が僕の両肩にのしかかる。
そうだ、別に僕は何をしに来た訳でも無い。
自分が生活していた世界が、いとも容易く崩壊したこの現実を
受け入れ難かっただけ。
親友の安否が気になって飛んできたは良いけど
見つけられそうにも無い。
それどころか、場の空気に圧倒されて何も出来ない……
こんなの防ぎようなんて無かった。
僕が幾ら無力感を覚えたところで、事実は曲がらない。
何もかえってこない。
そうだ、仕方が無かったんだ……
「うっ……ぃやばっ……」
吐き気が込み上げる。
僕は電柱の影まで移動し、
我慢出来ず胃の中を全て吐き出した。
まだ夕食を食べていなかったからか、
ものはほとんど吐き出なかったがただただ苦しくて、えずく。
「ぅえ……はぁ……はぁ…………
だめだ……ここにいられない。
帰ろう……」
僕は、誰のせいでも無い重責に追われて
夜風に攫われながら帰路をゆっくりと進み出した。
帰路を半分ほど進んだ辺りに、少し大きい公園がある。
僕は公園の給水所へ到着すると、急いで口を濯いだ。
吐いた直後に物を腹に入れるのはまずい。
吐く事自体が目的ならそれもありだが、
そうで無いなら至急口を濯ぎ、
しばらく何も摂取しないのが得策だと聞いた事がある。
しかし、幾ら悲惨な光景を目の当たりにしたとは言え、
僕はどうしてしまったのだろうか。
……何故これ程過剰反応しているのか、自分でも分からない。
というか、何か忘れてるような……
「いやいや、思いっ切り忘れてるよね
ボク待ってたんだけど?」
まるで心を見透かされるように、後ろから声をかけられる。
知っている声だ。
目の前には青と黄色を基調とした奇抜なパーカーを着て
フードを目深に被る人物がいた。
首には銀色の四角いヘッドホンを掛け
パーカーに埋もれて端っこしか見えないくらい短い
青と黒のチェック柄スカートを履いている。
何故か右側だけスカートと同じ柄のクルーソックスを履き、
黄色と白の稲妻模様が
特徴的なスポーツシューズがよく目立つ。
フードから覗かせる目は金色で
まるで月のように鈍く光を弾く。
おでこを覆う金髪が夜風に揺れ、
街頭の僅かな光を反射している。
「れ、レキ?!」
七白 靂 (なしろ れき)
僕と契約している “3人目” の天使だ。
天使には、契約者が自分の能力を使った
信号のようなものが届くらしい。
特に彼女の場合、僕の居場所は常に筒抜けだ。
きっとわざわざ足を運んでくれたのだろう……
「リュー、
待つのも面倒だし、こっちから来てあげたんだ。
と言うか……酷い顔してるね?
“学校”はそんなに悲惨だったの?」
「はは……やっぱ全部お見通しか……」
“嘘を見抜く目”
あれは彼女の能力であり、その一端に過ぎない。
レキは少し“特殊”な天使だ。
輪が2つに割れ、左右で輪の色が違う。
とても希少だが、
天使の書を2冊同時に読んだ上で生き延びるとこうなるらしい。
“ダブルブッカー” と名付けられているらしいけど、
僕にも詳しい事は分からない。
他の天使との明確な差はただ1つ。
レキには 『特殊能力』 が2つある。
その内の1つに電子機器や生物等の“制御権”を奪う能力がある。
“ジャック”と、レキは呼んでいる。
僕が使った虚言見抜きや、
レキが僕の心を読むような発言をしたのは
この能力の応用である。
制御権を敢えて全て奪わず、
相手に悟らせる事無く心の内側だけを暴く。
繊細な操作が必要にはなるが、僕が知る限り
レキの能力は1番敵に回したくないものだ。
「で、どうして中々来なかったのか説明は?」
「あまりにもゴタゴタしてたから……忘れてた。 ごめん」
「……まぁ、そんなところだろうとは思っていたよ。
でも、ちゃんと“対価”は払って貰うからね」
レキはそう言うと、僕をベンチまで連れて行き
深く座らせると、僕の膝の上に頭を乗せて寝転んだ。
レキの能力を使うと、少し厄介な対価が発生してしまう。
『24時間以内に膝枕をする。』
契約の条件に組み込まれてしまっている為
この条件は必ず達成される。
もし放置しようものなら、どんな格好だろうが関係なく
公共の場に2人揃って強制転移させられ
膝枕させられてしまう。
正直、かなり嫌だ。
契約の条件は天使側に決定権があり、
これも当然レキ自身が決めたものだ。
「どうだ?……寝られそうか?レキ」
「あぁ……すごく良い感じだよ」
レキには少し困った事に、
信頼出来る誰かに膝枕されてないと眠る事が出来ない体質だ。
前にレキの能力を使ったのが4日前なので
レキにとっては4日ぶりの睡眠という事になる。
「なぁリュー……今日は
……ボクをお前の家に連れて行ってくれ。
お前の妹に、そろそろボクの事、話さないとだめだろ……」
「レキ?」
レキは何故か眠そうにしながら膝枕を中断し、
僕に立つよう促す。
「何か嫌な感じがする。
一刻も早くここを離れた方が良さそうだよ」
「?!……レキがそう言うなら。
肩、乗るか?」
「よろしく頼むよ……世話をかける」
訳は分からないが、
レキがはっきりと“嫌な感じ”がすると言った。
近くに“何か”良くないものがいる証拠だ。
僕は天使の身体能力を少しだけ解放し、レキをおぶると
その場から走って離脱した。
その様子を監視していたレベルのドローンが
僕の横まで飛んでくる。
『状況はこちらでも大まかに理解していますが、
何か緊急事態ですか?』
市川さんの声だ。
「こいつ、僕の契約天使の1人で……えと、
説明難しいんですが、千里眼みたいな力を持ってるんです。
今さっき“嫌な感じがする”って口走って」
『嫌な感じ……ですか。
分かりました。
念の為、少し周囲の生体反応をスキャニングしてみます』
レベルの特殊戦闘・監視用ドローンには
『Angel sight』と呼ばれる
広範囲生命感知スキャニングシステムが
搭載されているらしい。
このドローンは、僕を監視すると同時に
僕の周囲にある異変の検知
及び危機の回避を役割としている。
数秒沈黙の後、市川さんは結果を口にする。
『背後150m先から、
凄い勢いでこちらに2つの生命反応が向かってきています。
1つは天使……ですが、もうひとつのこれは?
何でしょう……まるで天使を追っているような……』
「なぁ、レベルのお偉いさん。
“天使喰らい(エンジェルイーター)” って
聞いた事あるかい?」
おぶられてるレキが、
ドローンに向けて重い口を開いた。
『エンジェル……イーター……?
そのような噂だけはこちらにも届いていましたが、
まさかそんな物が本当に実在するとでも?』
「するよ。
あれは人のでも、天使のでも、誰の味方でも無い。
ボクは“アレ”と、1度対面しているからね……
その恐ろしさはよく理解しているつもりさ」
レキは即答した。
「え??え??どういう事??」
「リュー、簡単に言うと
今、後ろからどこぞの天使が
ヤバいの引き連れて逃げて来てる。
構ってる暇は無いから、全力で逃げろって事だ」
僕は堪らず振り返った。
150m先にいた筈の逃亡者と追跡者は、
既に30m程にまで距離を縮めてきており
僕はまた、信じられないものを目に入れてしまった。
追われてる人影の後ろには、
全長20mはあろうかという、目の無い魚のようなものが
車顔負けの速度で
家も床も……何もかもすり抜けながら追いかけてきていた。
無数の触手を持ち、身体は赤黒く
少し透けている。
『な、何ですか“あれ”は?!』
市川さんですら、そのあまりの光景にただ驚愕していた。
市川さんの様子を観察しながらレキは一瞬眉を顰めた。
「あれが “天使喰らい” だ。
ここ数日、目撃例が急激に増えていてね
今ではまとめサイトまであるよ……
魚種『アビカサゴ』だね……良かった。
まだ“弱い方”の奴だ」
「あ、アビカサゴ?!」
「そうだ。
間違ってもあの“うねうね”に当たった駄目だよ。
掠っただけで気絶させられるからね」
レキがアビカサゴと呼んだそれを指差した。
うねうね……恐らくあの伸びる触手の事だ。
追いかけられている天使は、
フードを深く被っているせいで顔こそ見えないが
息を切らしながら懸命にアビカサゴの追撃を
回避しながら逃げている。
動きを見れば分かる……多分、かなり強い天使だ。
「ひぇえ?!」
僕は堪らず天使の身体能力を更に引き出し、加速した。
「待って!!!リュウにいちゃん!!!!」
「え、この声……この呼び方……!!」
背後から聞こえた声は、確かに聞き覚えのある声で
前を走る僕に届く程はっきりとしたものだった。
僕は走る足を止めず、恐る恐る目線だけ後ろに向けた。
追われている天使はフードこそ被っているが、
手に見覚えのあるブレスレットをしている。
あれは僕が送ったものだ。
……って、おいおいおいおい冗談じゃ無いぞ!!!!!
「まさか……知り合いかい?」
「知り合いどころじゃないぞ……大変だ。
あの子、僕の…… “2人目” の天使だ!!」
「っ……?!おいおいおいおい!!
2つの意味で洒落になってないよ!!
良いかい!!
仮にアレが“あの子”だったのなら
無理にでも助けなくっちゃヤバい!!」
「いや、そりゃ是が非でも助けたいけど……!!」
「“天使喰らい”を相手に
契約した天使の不死性は通用しない!!
“あの子”が食われれば、連鎖的にボク達もお陀仏だ!!!」
「……………うっそだろ?!!!」
「最悪だ……!!“アレ”に天技は通用しない!
オマケに天使の能力もあまり効果が無い……
1つだけ手はあるけど……一か八かの賭けになるよ!!」
レキは僕に作戦を耳打ちした。
あのデカいのには高度な知性が備わっており、
人の言葉を理解出来てしまうらしい。
『私にも何か手伝える事はありますか?』
「そのドローン、機関銃付いてるよね?
弾の口径は?!外部からの装填は可能?!」
『外部装填可能
50口径の12.7×99ですが……』
「50口径だね……下手に改造してなくて助かったよ!!
よし、OK!装填方法教えて!!
ちょうど“アレ”を倒せる弾があるんだ!!」
レキはおぶられながら
白いライフル弾を5個取り出し
移動しながら市川さんの指示に従って弾をこめた。
「よし…お偉いさんは
指示出したら撃ってくれ。
リュー、行けそうかい?!」
僕は深呼吸を3回すると、1回頷いた。
「よし、カウント0でボクを下ろして作戦開始だ!
3……2……1…………0!!!」
僕はレキを下ろして振り返った。
レキも僕に合わせるようにして振り返り、
フードを脱いで顔をさらけ出した。
腰の辺りまである長い髪が解け
美しい顔立ちが顕になったその瞬間、レキは力強く叫んだ。
「今!!!!!!」
「「“ジャック”!!!!!」」
レキの作戦はこうだ。
まず、2人掛りであの怪物から身体の制御を奪う。
保って数秒、しかも1度しか通用しない賭けだったが
それは見事に成功した。
後は少し荒っぽいけど、僕が2人の天使を両脇に抱えて
“全能力”をもって、逃げる。
最早誰かに見られるかも知れないなどと
言ってる場合では無い。
僕は文字通り全力で2人を抱え、空を跳んだ。
「お偉いさん!!!!!!!」
レキが再び力強く叫ぶと、ドローンが瞬時に
怪物目掛けて機関銃で攻撃した。
弾は“全て命中した”。
アビカサゴは数秒硬直し、
苦しそうにのたうち回り始めた。
最期は奇声を挙げながら泡となり、空に霧散した。
「倒……した?」
「………討伐成功だね……“やっぱりそうか”……」
僕は家のすぐ側に着地すると、2人を丁寧に下ろした。
幸い、2人は無傷だったが何故かレキの表情は曇ったままだ。
何かを考え込むようにドローンを見つめている。
『今に帰られる前に確認させて下さい。
そのお二人は国堂さんと契約している天使……
と言う事で間違いありませんか?』
「はい。 ……あ、紹介が遅れましたね。
こっちは……」
「レキだ。 七白 靂
リューから連絡は受けているよ。
人と天使、そのどちらにも
手を差し伸べる変わった組織だと、ね」
『初めまして七白さん。
私は、市川 凉
総督代理兼、総督秘書です。
普段は各部署への指示、総督のお世話、
在籍者の情報管理などを行なっています』
市川さんは僕たちにしたものと
ほぼ同じ内容の自己紹介をした。
『して、そちらは?』
「あぁ。この子……ですか」
僕は少し考える。
「あの、そちらにいるのは市川さんだけですか?」
「…………?えぇ。私1人です。
自室から通信しておりますので」
少し間があった気がしたけど、
僕は市川さんを信じることにした。
「そうですか……この子の紹介をする前に
1つだけ約束してください。
この子の事は、誰にも言わないでくれませんか?」
『……?訳ありですか?
出来れば、総督には伝えたいのですが』
「うーん……総督、かぁ。
………分かりました。
総督には伝えてください。
未来、顔を出して良いぞ……この人は信頼出来る」
「……分かり……ました」
可愛らしい声の主は、怖々とした様子でフードを脱ぐと
弱々しい眼でこちらを見据えた。
華奢な身体つきをした少女は、
栗色のボブヘアに白い花の髪飾りをしている。
栗色の目は美しく、
まるでタイガーアイでも観覧しているかのようだ。
その綺麗な瞳は、白い縁の眼鏡に閉じ込められている。
肌は白く、誰からも愛されそうな雰囲気は
正に国を代表するアイドルのそれだった。
『か、川端ミウ?!』
流石の市川さんも予想外だったのだろう。
ドローンの奥からドタバタと音がする。
もしかして……驚いてコケた?
「違うんです。 ……いや、
正解にはそれも合ってるんですが、
この子はミウじゃありません。
川端 未来 です」
『何か妙な言い回しをしますね?』
「……あの、市川さんなら分かるとは思うんですが、
“二重人格”って、知ってますか?」
川端 未来 には、かつて姉がいた。
臆病で人見知りな未来とは違い、
活発ですぐ友達を作るような人気者。
姉の名は 川端 未夢
将来の夢は、アイドルだった。
未夢は、10年前に亡くなっている。
未来達の両親が異形型の天使になれ果て、
未来を襲おうとする両親だったものから庇い
命を落としてしまったのだ。
両親を亡くした事よりも、
自身を庇った姉の死がショックだった未来は
自分にとっては憧れだった姉が
失われた現実が酷く認められず、
姉の代わりに死ぬ事ができなかった自分に怒り、
悲しみ……失いたくない一心で
“川端ミウ”として、路上活動を始めた。
そうする内に、彼女は心の中に
“姉”を作ってしまった……と、僕は聞いている。
その為か、未来は非常に特殊な天使だ。
眼鏡を外す事で、川端ミウとなり
完全な『人間』になる。
川端ミウでいる間のみ、
彼女の肉体からは天使性が全て消えてしまう。
未来は、天使でありながら人なんだ。
僕は、未来の事を掻い摘んで市川さんに事情を説明した。
『2つの人格と性質を持つ天使に……
2つの力と命を持つ天使……
それに、時を統べる天使……
どうにも国堂さんの周りには、
イレギュラーが集結しやすいみたいですね』
市川さんは数刻考え込むと、ドローンの向こう側で深く頷く。
『了解しました。貴方たちの事については
我々の中でも最上位の情報規制をします
……今日はもう遅いですので、続きはまた明日にしましょう。
おやすみなさい』
「はい、おやすみなさい」
そう言い残すと、ドローンは何処かへ飛んで行ってしまった。
その様子を、レキは何か意味ありげな表情で
じっと見送っていた。