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ホント、下手ねぇ

作者: 夏風
掲載日:2022/08/28

夢の中に出てきた断片的な映像を元に書き起こしました。

ジャンルも何が適切なのかわからない勢いだけの作品です。

 俺と彼女が初めて会ったのは、お互いが7歳の頃だ。

 俺の両親と彼女の両親は、共にある事業に携わっており、公私ともに仲が良かった。

 その縁あって、俺と彼女は出会った。


「下手ねぇ」


 何の抑揚も無い平坦な声音だった。

 初めての顔合わせの場で、俺はカップを戻す際に音を立ててしまった。

 7歳の子供であれば、出来なくても不思議ではないが、彼女は同い年でありながら、既に所作が洗練されており、そんな彼女から自分に向けられたその言葉は、俺の幼心に深く突き刺さった。

 というのも、7歳ながら彼女の可憐な容姿と美しい所作に見惚れていたからだろう。


「下手ねぇ」


 静かに俺を咎めるような声音だった。

 9歳になった頃、俺の家の庭園をエスコートしていた時に言われた。

 確かに彼女の歩調を考えていなかったので、完全にこちらの落ち度だ。

 俺が素直に謝ると、彼女は意外だったのか目を丸くしてから、「次から気を付けてくれればいいです」と言ってふんわりと微笑んだ。

 その笑顔が眩しかった。


「下手ねぇ」


 少し笑い声混じりの呆れを含ませた声音だった。

 12歳の頃、事業の関係から俺は両親に連れられ、現地へと向かう機会が多くなっていた。

 俺の家に子供は俺しかいない。

 家を継ぐ俺は、少し前から領地運営や事業に関することを学んでいる。

 この時は協同事業者である彼女の両親も彼女を連れてやってきていた。

 現地で特産の銀細工を体験していた時に言われた。

 どうも、俺は手先が不器用らしい。

 対して彼女は実に手際よく綺麗に仕上げている。

 店頭に並ぶ物と見劣りしないのではないかと思っていると、彼女はそれを「これ、あなたに」と言って俺に差し出した。

 俺がそれを受け取ると、彼女はすぐに背を向けたので表情まではわからなかったが、耳が真っ赤になっていたのが印象に残っている。

 俺はその日からしばらく、彼女がくれた銀細工を見て浮かれていた。


「下手ねぇ」


 言葉とは裏腹に穏やかな声音だった。

 15歳の頃、彼女と婚約した。その婚約披露の場で俺にしか聞こえない囁き声で言われた。

 私と彼女の元に挨拶に来る人たちへの対応がぎこちなかったからだ。

 でも、仕方ないじゃないか。隣にいる着飾った彼女は本当に綺麗なんだから、緊張もするさ。

 以前から親同士の間では話が出ていたらしい。

 しばらく様子を見て、問題が無いどころか相性も良さそうなので、婚約という運びになったそうだ。

 道理で彼女と何度も顔を合わせる機会が多かったわけだ。

 彼女には跡取りになる弟がいるため、嫁入りする方向で話が済んでいる。

 全部終わって一息吐いていると、母がこっそり「内緒だって言われたけど、この婚約の決め手はね、あの子があなたと一緒になりたいって言ったからなの」と教えてくれた。

 母は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、「内緒よ」と言い、去って行った。

 俺は顔に熱が集まるのを感じ、顔を両手で覆ってその場からしばらく動けなかった。


「……下手ねぇ」


 照れているのを隠しているような声音だった。

 婚約をして三年の後、俺たちは結婚した。

 お互いの領地の特徴や共同事業での立ち位置を学び、俺が継いだ後も滞りなく進むよう、彼女は俺の隣に立って一緒に学んでくれた。

 そして、初夜を迎え、同じベッドで二人一緒に朝日に目を覚ました時に言われた言葉だ。

 照れて赤くなった顔をシーツで隠す彼女が愛おしくて堪らなかった。

 何がそうだったかを詳らかに語るのは無粋だろう。というか勘弁してください。


「下手ねぇ」


 微笑みながらのそれは、喜びの色がわかる声音だった。

 結婚してから一年半後、彼女は女の子を出産した。

 彼女によく似た玉のように可愛い我が子だ。

 まだ首が座っていなくて、壊れてしまいそうな我が子をどうやって抱いたらいいのかわからず、おっかなびっくりあやしても泣き止むわけはない。

 そんな俺の姿を見た彼女に言われた言葉だ。

 彼女は「不器用なあなたらしいわ」と言って笑っていた。

 そんな彼女に愛おしさが込み上げ、頬にキスをして新しい家族を俺にくれた感謝を伝えれば、薄く頬を染めた彼女は優しく俺の唇にキスを返してくれた。


「ホント、下手ねぇ」


 涙を堪えているのがわかる悲しみを滲ませた声音だった。

 娘が生まれてから一年後のこと、俺の両親が死んだ。

 俺は既に次期当主として主たる執務を引き継いではいたが、娘もまだ小さく、体調が回復していない彼女の傍にいられるよう、両親が気を利かせてくれた。

 その結果、領地を視察に行った際に事故に遭ったのだ。

 葬儀を終え、俺の胸には大きな穴が空いた様だった。

 無気力に部屋の窓から外を眺めていると、いきなり部屋にやってきた彼女に言われた言葉だ。

 そうして、優しく俺の頭を抱き、「辛い時は泣いていいのよ。何も恥ずかしいことじゃないわ」と涙に濡れた声で言ってくれた。

 俺は彼女の優しさに縋り、子供のように泣き喚いた。


「……ホント、下手ねぇ」


 消え入りそうな儚い声音だった。

 両親が死んでから、四年後、俺たちの間に男の子が誕生した。

 しかし、産後の肥立ちが悪く、なかなか体調が戻らない。

 両親の死去に伴い、急遽、当主となり、領地や事業を引き継いだこともあって目まぐるしい日々の連続で、彼女も不慣れな俺を支えるのに尽力してくれた。

 その無理が祟ったのだろう。

 更に悪い事に流行り病に罹ったことで、日に日に彼女は衰弱していった。

 彼女をずっと診てくれてきた医者からは、「覚悟してください」と言われ、掴みかかりそうになる自分を必死に抑えると、ベッドの上で横になっている彼女の手を両手で包む。

 それに気付いた彼女に言われた言葉だ。

 俺は彼女に「大丈夫。必ず良くなるよ」と気休めを言うことしかできない。

 この時、彼女はきっと自分が長くない事に気付いていたのだろう。

 俺の言ったことが、嘘で自分を励ますためのものだったことも。

 だから、本当は辛いはずなのに微笑んで、「ありがとう。だから、私に構わず新しい人を迎えて」って俺に言ったんだ。

 その言葉に何も言えない俺に、「少し休むわね」と言って瞳を閉じた彼女は、そのまま二度と目を開けることなく、眠る様に息を引き取った。


 それから俺は彼女が遺してくれた家族を守るために、必死に生きた。

 五歳の娘は子供ながらに思うところがあったのか、弟の面倒を率先して見てくれた。

 そのおかげもあって、事業は概ね軌道に乗せることができたのは大きい。

 ただ、幼い娘が大人になるしかなかったことに関しては、悔やんでも悔やみきれないものがある。

 周りから「若いのだから」と再婚を勧められ、幼い我が子に母親は必要かとも考えたが、どうしても他の女性を娶る気にならなかった。


 息子が三歳になった頃、唐突に「何で僕にはお母さんがいないの?」と聞かれ、胸が引き裂かれるような思いだった。

 そんな息子を姉である娘が窘める。

 息子は泣きながらイヤイヤしていたが、娘が背中を撫でながら優しくあやせば、やがて落ち着いた。

 何と言葉をかければいいかもわからず、二人の様子をただ見ているしかできなかった俺は、『自分とは大違いだ』と娘に感心しながら、弟をあやすその姿に彼女の面影が重なった気がした。

 娘は泣き止んだ弟に部屋に戻るよう促し、部屋から出て行ったのを確認してから、俺の方を向くと、「新しい母親はいらないわ。私にとってもあの子にとっても、母親はお母さんだけだから」と告げた。その声は震えていて、目尻には涙が溜まっている。

 俺が娘の訴えに同意し、頭を撫でれば、娘が堰を切ったように泣き始めた。

 ここに至って、俺は娘に本当に無理をさせていたことを実感し、『俺はホント、下手だなぁ』と自分自身の至らなさを苦々しく思った。


 月日は流れ、五十半ばの俺は床から出られなくなっていた。

 若い頃の無理が祟ったのだろうか。こればかりは天命だからどうしようもない。

 それでも、俺は懸命に生きたし、二人の我が子は贔屓目に見ても、立派に育ってくれた。

 娘は格上の家へと嫁ぎ、息子は立派に家を継いでいる。

 それぞれの孫の顔を見ることができて、俺は幸せだ。

 叶うことなら、この幸せな光景を彼女と一緒に分かち合いたかった。


『ホント、下手ねぇ』


 何だか意識がぼやけてくる。

 そうすると、聞けなくなって久しい愛しい彼女の声が聞こえた。


 ああ、そうか。迎えに来てくれたんだね。

 君にいっぱい話したいことがあるんだ。

 でも、それより先に伝えたいことがある。

 ありがとう。俺に新しい家族をくれて。

 ありがとう。俺を愛してくれて。

 ずっとずっと、君を愛している。


 私もよ。私もあなたを愛しているわ。

 でも、私はあなたが大変だから、新しい人を迎えるように伝えたのに……あなたって本当に生きるのが下手ねぇ。

 だけど、嬉しかったわ。

 ありがとう。子供たちを立派に育ててくれて。

 ありがとう。私を愛してくれて。


『俺は本当に下手だったよ』

『そうね。でも、当主としての務めは立派に果たしたし、子供たちも立派に育てたわ。私にとっては最高の旦那様よ』


 彼女の言葉に俺は感極まって涙を流す。

 ずっと欲しかった言葉。でも、彼女以外からもらっても何の意味も無い言葉。

 それを聞くことができて、涙を堪えることができようか。

 俺が落ち着くまで穏やかな表情のまま待っていてくれた彼女に言葉を紡ぐ。


『これからはずっと一緒にいてくれるか?』

『あなたが嫌だと言っても離れないわ』

『そんなこと言うわけないだろ。ずっと君に逢いたいと願っていたんだから』

『ふふっ。そうね。それじゃずっと一緒よ』


 彼女は花が咲くように破顔した。彼女の笑顔に俺も自然と笑顔になる。

 俺は彼女に手を引かれ、愛する妻に再会できた喜びを噛みしめながら、ともに天へと旅立った。


 若くして両親と愛する妻を喪いながらも、人生を生き抜き、亡き妻への愛を貫いた男の最期の表情はとても穏やかなものだった。

ご覧いただき、ありがとうございます。

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