告白
男は何度目か分からない深呼吸をし、心を落ち着かせた。
ガチャリと音をたてて扉が開いた。
「ごめんね、待たせちゃった?」
そんな声と共に飯野千枝が夕方の屋上に現れた。
「全然待ってないよ」
震える声で男は言う。声も裏返っていて緊張していることが千枝にまで伝わる。
「そ、それで、話って何かな?」
男の緊張が千枝にも伝染ったのか、僅かにだが声が揺れ、トーンも高くなっている。
男は、自分の心臓がドクンドクンと激しく鳴っているのが分かる。もしかすると、千枝にまで聞こえているのではないか、そう思えるほどだ。以前に参加したハーフマラソンを完走した時や、学校のグランドを全力疾走した時でも今ほど心臓が昂っていない。
「お、…… 、あ…… 、す…… 」
思ったように声を出すことができず、餌を求める鯉のようにただ口をパクパクさせる事しか男にはできない。
千枝は必死に何かを伝えようとしている男をただジッと見つめている。声をかけようとすることも、何も言わずに立ち去ることもしない。ただ静かに男が言葉を発するのを待っている。
男は顔を上げ、ようやく千枝と目を合わせる。
ただ男を待つ千枝を見た男は、今まで感じたことのない羞恥に襲われる。それは当然、自分自身に対する羞恥。うまく言葉を発することすら出来ない己がただただ恥しくて仕方がなかった。
男は再び視線を落とし、キュッと唇を噛み、爪が食い込むほどの力で手を握った。口内に血が広がる味と、プチっと爪が皮膚を破る感触を受け、もう一度男は顔を上げる。
男の目付きが変わった。少しタレ目なところは変わっていないが、眼の奥が変わった。先程まではなかった強い意志が、男の眼にはあった。
「飯野さん」
「何?」
ようやく出た男のはっきりとした言葉に千枝は微笑みながら応える。
「俺、俺は、飯野さんのことが好きだ。付き合ってほしい」
静寂が屋上を支配する。
千枝の頬が僅かに赤く染まるのを男は見た。男の期待値が上がった。
ゴクリと男が息を呑んだ。
「嬉しい」
千枝が笑った。その笑顔を男は記憶に刻み込むように見た。表情が緩む。
「でも」と千枝は続けたが、男には聞こえていない。
「ごめんなさい」そう言って千枝は走り去っていった。
男の意識が戻ったのはバタンとドアの閉まる音と下校時間を知らせるチャイムが鳴った時だった。




