最高の助手
「この前、ドラマを見てたんだが…。」
邦茂が楽しそうに話し始める。
「30代半ばくらいの男の名探偵が、自分よりも10も下の若い女の子と偶然にも出会って、旅をする。その道中で殺人事件がおき、名探偵は犯人を突き止めるために奔走するんだ。」
夫の楽しそうな表情に妻の妙子は自身の生活が安泰で幸福な物だと感じていた。
「探偵の推理もそうだが、10も年下の女の子と探偵の恋模様は久しぶりにドキドキしたな。」
そう言う邦茂の表情に少しばかりの下品さを感じた妙子は「あなたはいつまでも男ね。」と呆れて見せた。すると邦茂はその緩ませた頬を引き締めながら、「違うさ、昔を思い出して懐かしくなっただけだよ。」と急いで言った。
邦茂の言葉に妙子が不思議そうに首を傾けると、邦茂は「あー!もぅ!」と頭をかきむしりながら言った。
「僕たちも10歳違いだし、旅先で出会ったじゃないか。」
そう言われ、妙子は「あぁ、そうだったわね。」と可笑しそうに笑った。
「あの時あなたは家族旅行の最中で、私は友達と旅行中だった。海で遊んでいた私に、あなたが声を掛けてきて…あなたはあの時からスケベだったわ。」
「昔の話じゃないか。」
邦茂は顔を赤らめながら、妙子にそっぽを向いた。
その姿は昔と変わらない。そんないつまでも少年みたいな邦茂にひかれた妙子は、邦茂と共に暮らすようになった。
「あれからいろんな事があったわね。」
妙子は窓に目を向ける。外では枯れ葉が一枚、冷たい風に吹かれながら揺れていた。
「すまなかったな。長い間。」
ふと、邦茂が辛そうに呟いた。
邦茂にそんな顔は似合わないと妙子は思う。
「私は幸せよ。正式な夫婦になれなくても。」
前妻は決して籍を外さなかった。だから二人はずっと内縁のまま。
「ドラマの中で、女の子は探偵の助手になりたいと言った。それが何を意味するか分かるかい?」
「もちろんよ。あなたのお嫁さんになりたいってことよね。」妙子の答えに邦茂は満足気に頷いて続けた。
「妙子、お前はずっと僕の隣で支えてきてくれた。お前は僕にとって最高の助手だよ。」
そんな事を真剣な顔で言う邦茂に、妙子は「パートナーじゃなくて?」と笑いながら言った。
「助手は、助ける手だ。僕は君の手に何度も助けられたよ。」
邦茂は余命幾ばくもない妙子の細くなった指先を強く握りしめた。今度は自分が妙子を助ける手になりたいと願いながら。
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