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ルーカスside.
あれから伯爵の爵位を取り上げられてしまった我々は平民に落とされた挙句に今では辺境の小さな村のボロ家に押し込まれている。
しかも、恩を仇で返すかのように使用人達は逃げてしまい、全てのことは自分達でやらなければいけない状況に……
つまりは「くそっ、あいつらやり方も教えずにさっさと逃げやがって!」と、私は悪態を吐きながら、使い方がわからないクワを畑に振り下ろすことに。その際に硬い石に当たり手が痺れてしまって——と、怒りのあまりクワを投げ出そうとすると隣で作業をしていた父上が声をかけてくる。
「給金も払えないんだから仕方ないさ。それに彼らは私達よりもこれから大変なんだぞ」と、しなくてもいい心配を。何しろ、あいつらは賊まがいのことをしたのだから。
「だけど、屋敷の物を盗む事はなかったでしょうが。あれを売ればもう少し楽ができたはずなのに!」
つまりはこんな生活の原因の一端は元使用人達の所為なので。
「あれは退職金代わりだ。私達が持っていても没収されて終わりだったよ」
そう言われても。
私なら少しは隠して持っていけたはずなので。
それこそ両親の結婚指輪だって——と、あの日以来なぜか晴れやかな表情をしている父上を見る。
家で内職をしている母上もそうだが、なぜ、そんな表情をできるんだと。
しかも、これからどうやって生活をやりくりしようか楽しそうに話までして……
もちろん、私は両親のようにこの惨めったらしい生活に満足などはしていないが。そして納得も。
ただ、だからといってリリスの様に修道院なんかに行きたくも……
何しろ、私がしたいのは前のような生活なのだから。朝は優雅に紅茶を飲みながら新聞を読み、昼は買い物や劇場鑑賞、そして夕方は豪華なディナー。
こんな泥まみれな生活ではなくて——と、私はそう思いながらも金がなく、何もできないこの状況に、ただただ怒りを土にぶつける。
くそっ、どうしたらこの生活から抜け出せるんだ……
「まだ、さまになっていないな。そんなんじゃ土が泣いてる」
そう言って、隣に住んでる老人が声をかけてきても無視し。
ただ、父上は違っていたが。無視すれば良いのに答えてしまったので。
「私達は力仕事なんかまだ慣れてないですからね」
そう言って元貴族としての立場を教えてやればいいのに気さくな態度で接して。
「ふむ、お前ら元貴族か。全く、ここにはお前らみたいなのが沢山放り込まれるな……」
「そ、そうなのですか?」
「ああ、近くにあんたらみたいに何かしらやらかして送られて来てる元貴族は多いよ。ちなみにうちの前の家は写真技術を開発した娘さんの元両親らしい。まあ、そいつらは十年経った今も娘さんにたかろうと手紙を送ってる馬鹿夫婦だがな」
そんな不躾なことを言ってきても、睨むどころか慌てて首を横に振って。
「わ、私達はそんな馬鹿な事はせず、ここで慎ましやかに生きていくつもりです」
まるで、心まで平民になってしまったみたいで……
「ふむ。それなら、わしがクワの持ち方から教えやろう」
「えっ、良いのですか?」
「任せろ。畑さえしっかりやれれば食べ物には困らんからな。心に余裕もできる」
「あ、ありがとうございます!」
その後は仲良く会話までして——と、私は呆れながらその場から離れる。
何がクワの持ち方だ。
やってられるか……
そう思いながら。
何度も言うが私がしたいのは元の生活だから。
朝は優雅に紅茶を飲みながら新聞を読み、昼は買い物や劇場鑑賞……ん? と、私は近くに今では購入するのも難しくなった新聞が落ちているのを発見する。辺りを見回し誰もいない事を確認すると急いで拾いも。
見られていなければこれはもう拾った私のものなので——と、早速、久しぶりに読める新聞に目を輝かす。
そして、すぐに驚いてしまいも。
何しろ、大きな見出しで『トラン・スペンド公爵令息とアイリス・エルドラ侯爵令嬢が婚約!』と、写真付きで大きく書かれていたので。
しかも、養女という言葉に写真からエルドラ侯爵令嬢はあのアイリスであると。
つまりは……
私は思わず新聞を何度も食い入る様に読み、その後に笑みを浮かべる。
「くっくっく、運が私に向いてきた。アイリスに強くお願いすればあいつはきっと頷く。そうしたら、私はこんな場所からおさらばだ。くくく、はははっ! はっはっは!」と、明るい未来を思い描きながら——と、私は早速、家から黙って保存食を持ち出すと、エルドラ侯爵家へと歩きだしたのだ。
半月をかけてなんとかエルドラ侯爵家の屋敷がある町に辿り着くなり思わず心の中で勝利宣言も。
何しろ、後は妹が屋敷から出てくるのを待つだけなので。
「くっくっく、そして、私を屋敷に招き入れ、まずは湯浴みに豪華な服を用意してもらい……」
そう呟きながら屋敷の近くの路上に居座る。
それから、毎日妹が出てくるのを忍耐強く待ち……
「来た!」
妹が乗った馬車が出て来た瞬間、未来の裕福な暮らしをしている自分を思い描きながら走り出したのだ。
くっくっく、侯爵令嬢の兄か……
悪くないな!
そう思いながら。
ただ、走り出した直後に誰かに突然足を引っかけられ盛大に転んでしまったが。
「ぐわっ!」
しかも、転んだ際、思い切り背中を地面に打ち付け痛みに呻いていると、続けて顔を蹴り上げられ、更に脇腹も……
「ぐげっ……」
そして、気づくとボロ屋の畑の側で横になっていて……
手には、次は帰れないぞと紙切れが握らされ——と、呆然とその紙切れを見つめていると、クワを持った老人が声をかけてくる。
「おう、お目覚めか」
「……」
「ふん、挨拶もできないとはな。まあ、早く夢から覚めるんだな。お前の考えてる馬鹿な事は決して叶わないんだからな」
そう言うとさっさと自分の畑の方に戻ってしまって——と、私は老人の背中を睨んでいると今度は父上が声をかけてくる。
「ルーカス、馬鹿な事をしたな……」
「父上……」
「アイリスはエルドラ侯爵令嬢であってもう私達の家族ではないんだ」
「しかし、話せばきっと……」
「やめておけ。お前みたいなのが行ってもアイリスには会えるわけない。また、スペンド公爵家かエルドラ侯爵家の者に叩きのめされるだけだぞ。それに、お前はいつまでアイリスを苦しめるんだ?」
「わ、私は苦しめようなど……」
「長年苦しめたお前が会いに行くというのはそういう事なんだよ。だから、やめておけ。せっかくお慈悲でここに置いてもらっているのに今度は鉱山送りだぞ」
そして、そう言うなり畑作業をしだして。
つまりは私の考えを否定を。
そんな父上を私は睨みつけたが。
ふん、馬鹿はどっちだ。
きっと方法はあるはずだ。
アイリスにさえ会えば全て上手くいくんだよ。
今までの妹の慈善活動や態度で、きっと、私の今の状況を見れば何でも言う事を聞いてくれる、そう考えながら。
ただし、それは妹に会えればの話だったが。
次の日、また村を出た際、すぐに誰かに声をかけられ振り向いた瞬間殴られてしまったので。
「次はないって言ったよね」
顔は見れなかったが、声からスペンド公爵家の従者に——と、私は続けて腹部を蹴り上げられてしまう。
そして、うるさい物音で目を覚ますと目に映ったのはボロ屋でなく鉱山内で。
しかも、看守の雑な説明でかなりの懲役がつき何十年と出られない事がわって——と、その瞬間、父上が言った言葉が頭に響きわたる。
ルーカスはこの時、ひたすら石を叩く音の中で馬鹿は自分だったと今更気づいたのだ。




