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 トラン・スペンド公爵令息side.


 アイリスがハートラル伯爵の屋敷を追い出されてから三日経っていた。

 しかし、アイリスは未だに見つかっていない。

 それも、アイリスが屋敷を出た時間がちょうど人気がない時間帯で目撃情報がほとんどなかったのだ。

 その為、今はハートラル伯爵領をしらみ潰しに探している。

 もちろん、ハートラル伯爵夫妻の親戚の方にも手を伸ばしたが駄目だった。


「……アイリス」


 私は一枚の写真を見つめる。

 そこには幼い私とアイリスが笑顔で写っていた。

 この写真はまだ、婚約者ではなく幼馴染だった時にアイリスと一緒に撮った時のものである。

 この頃の彼女はまだ笑顔を見せていたのだ。

 しかし、私が一年半前に留学から戻って来た時、彼女は作り笑いしかできなくなっていたのだ。

 しかも、仲の良かったハートラル伯爵家もどこかおかしくなっていた。

 だから、私は原因を探り、わかった範囲だけでもはらわたが煮えくりかえってしまった。

 だが、当時の幼馴染でしかない私が何かすればアイリスに被害が出てしまうと思い、まずは婚約者になりアイリスを連れ出す事を考えたのだ。

 それに公爵家の名がアイリスを守れると思っていた。

 だが、この判断は今となっては大きな間違いだった。

 父の力を借りてでも、いや、王家に貸しを作ってでもアイリスをすぐに保護すべきだったのだ。

 そうすればこんな事にはならなかった。

 私はもう何度目かもしれない溜め息をしながら呟く。


「どこにいるんだ……」


 私は部下の報告書を次々と見ては地図を黒く塗りつぶしていく。

 既にハートラル伯爵の屋敷から女性の足で、三時間以上歩かなければいけない場所まで黒く塗りつぶしていた。

 そんな事をしているうちに私の頭の中で徐々に最悪なパターンがいくつも浮かび上がる。

 しかし、無理矢理追い出し次にアイリスがいそうな候補地を探していると、従者のシャルが執務室に駆け込んできた。


「ハートラル伯爵夫妻が来ました」


「……何の用だ?」


「もしかしたら、アイリス様の居場所がわかったかもしれないと言っています……」


「単に罪を軽くしたいからじゃないだろうな……」


 私はそう呟きながらも、少しでも可能性があればと思い、ハートラル伯爵夫妻が待つ応接間に足早に向かうと、私の姿を見るなりハートラル伯爵夫妻はソファから勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げてきたのだ。

 だが、そんな二人の姿を見ても、私は怒りの感情しか浮かばなかったので睨むだけだった。


「……で?」


 私は極力感情を抑えながら夫妻にそう聞くとハートラル伯爵が答える。

 

「……アイリスはもしかしたら、修道院にいるかもしれません」


「大概の修道院は探しましたが……」


「この修道院には行きましたか?」


 ハートラル伯爵はそう言って地図を出してくる。

 それは別の領地の修道院だった。


「ずいぶんと距離があるな。徒歩だと夜になっているじゃないか……」


 私はそう言ってハートラル伯爵を睨むと、申し訳なさそうな表情をした後に俯いてしまう。

 そんなハートラル伯爵の背中に手を添えながらハートラル伯爵夫人が言ってきた。


「……この修道院は家族で旅行をした際に立ち寄った場所なんです。その時にアイリスはここの修道女達と仲良くなりまして……。それから定期的に本人だけで手伝いに行くようになったんです」


 そう言って一枚の写真を私に見せてくる。

 そこには修道女達と写る今よりも幼いアイリスがいた。


「……これはいつの写真ですか?」


「四年前です……ただ二年前までは手伝いに行ってました」


「十四の時ですか……。まだ、なんとか笑えてるみたいですね……。いつからですか?あなた達がアイリスに酷いことをしだしたのは?」


 私は一刻も争う状況だったが、いつからこうなってしまったかは調べきれなかったので、つい聞いてしまうとハートラル伯爵夫人は真っ青になりながらも答えた。


「五年程前からです……」


 夫人の答えに私が留学して半年もしないうちだとわかり歯軋りする。


 手紙が来なかったのもきっと邪魔をしたんだな。


 私は怒りのあまり怒鳴りそうになったが必死に感情を抑えこむ。


「そうですか……。もし、アイリスに何かあったら私は絶対にあなた方を許さない」


「……夫と共に覚悟をしています」


 ハートラル伯爵夫人はそう言ってもう一枚の家族写真を取り出すと大事そうに胸に抱きしめる。

 その表情はあの日のハートラル伯爵夫人とは全くの別人に見えた。

 それは伯爵も同じで、まるで憑き物が落ちた様な表情だったが……。


「今更ですよ……」


 私はそんな彼らにそう呟くとシャルに目配せして一緒に応接間を出た。

 すると、すぐに応接間からすすり泣く声が聞こえてきたが、私の心には何も響かなかった。

 同じく何も響いてないのかシャルが呆れた口調で言ってきた。


「反省してる様ですね。まあ、トラン様の言うように今更ですけど……」


「ああ、だが、アイリスがいる可能性のある場所を教えてくれたのは感謝しないとな」


「二年前であの距離ですよ?」


「それでも可能性を信じよう」


 私はそう言って屋敷を飛び出したのだった。





 聖アレッシス修道院に到着してすぐに修道長を呼んでもらうと、人の良さそうな女性がやってきて挨拶してきた。


「これはこれは、遠くから良く来られましたね。それで御用とはなんでしょうか?」


「こちらにリリスか、アイリスという名の女性が来てはいませんか?二年ほど前までここに手伝いに来ていた伯爵令嬢です」


 私はそう言いながらアイリスの特徴を伝えていくと、修道長は私を値踏みするようにしながら聞いてきた。


「彼女とはどの様なご関係ですか?」


「私の大切な婚約者です」


「……大切ですか?」


 修道長から棘を感じる言葉で聞かれて、私は胸が苦しくなった。

 きっとアイリスは私が裏切ったと思っているのだろう。

 だから、私は修道長を見て頷く。


「ええ、大切な婚約者です。そして、これだけは神に誓って宣言しても良い。私はアイリスを裏切ってはいません。どうか彼女に説明をする機会を与えて頂けないでしょうか」


 私はそう言って修道長を見つめると、修道長は探る様に私を見た後にかぶりを振った。


「残念ですが彼女は去りましたよ……」


「えっ……」


 呆然としてしまう私に修道長はもう一度言ってくる。


「行き先を告げずにこの修道院から去りました。だから、お帰り下さい」


 修道長はそう言うと私に頭を下げてさっさと居なくなってしまった。

 そして、残された私はただその場に立ち尽くすしかなかったのだった。


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