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黄色いワーゲンとトランジスタアンプ。

作者: 坂下貴靖

1  私の職務経歴書。


姓名 市尾貴靖

住い 東京在住。

学歴 都立高校卒業

職歴 高校卒業後DJの日本大会 2度優勝、世界大会に2度挑戦する。世界大会では優勝ならず、様々な職種を転々とする。(パチンコ店の店員、書店の店員、ボーイなど。)

資格、免許等 普通自動車免許

その他 特に無し。

扶養家族 娘

以上。


2 仕事に追われて。


 今、日本で最高に輝いている人たち30人。

今、僕が何の気なしに手にしている雑誌の見出し、そうして、若手IT企業の社長やら、ベンチャー企業の社長、スポーツ選手、やり手銀行マン、証券会社の出来る社員。僕には、殆どと言っていいほど、縁のない人たちの写真と記事が、僕を少しだけ鬱な気分にさせた。けれど、この手の記事が、全く嫌いなわけでは無かった。それは、僕の空想癖からくる、もしかしたら、自分が掲載されているのではという、浅はかな想像をしている自分がいるからである。もちろん、自分に、そういう、インタービューや写真を撮られた記憶は無い。けれど、こういう、類いの記事を目にする度に、自分は、そういう、スーパーヒーローとして、皆から、もしくは、マスコミ、メディアから、受け入れられても良いのでは無いかと、思える時が、よくあるからである。

 そんな事を、考えているうちに、僕の名前が呼ばれたのに気付いた。

「市尾貴靖さん。」

「はい、失礼します。」

 僕は、歯医者が嫌いだった、けれど、ナッツを食べている時に欠けてしまった歯を治す為に、嫌々、歯医者に来ていた、そして順番がきたというわけだ。

 そして、今日は、簡単な診察で、診療は終わった。

「今日はこれで良いですよ。」

歯科医師は、こう言って、簡単で複雑な診療を終えた。

複雑なと言うのは、僕の心境に寄るところが大きいと思う。

「さあ、これから、どうしよう。」

僕は、さっき、思い付いた、計画を、これから、実行に移そうと考えた。

 僕は、携帯電話、スマートフォンを、持つのが嫌いだった。だから、今も、携帯していない。

大抵の場合、それでも、事は足りているし、友人や、家族との連絡は、家の電話と、自宅に置いてある、パーソナルコンピューターで、事足りていた。数人の、僕の友人は、携帯を持った方がいい、と強く勧めてくるものもいたが、僕は一向に、それを持つ気はしなかった。

電話を掛ける、相手は大抵、決まっていた。家族、たまに、親戚、それから、何人かの、友人。

僕は、ポケットに、小銭が入っているのを確認して、公衆電話ボックスに入った。

百円玉を、電話の、コイン投入口に、入れて、3枚の、十円玉を、追加して投入した。

そして、たまに、掛けるいつもの番号にダイアルした。

「もしもし。」

小さな、娘の声が聞こえた。

「もしもし、僕だよ。」

「わかってます、番号が出ないで、掛けてくるのは、貴方だけです。」

そして、娘はこう続けた。

「今日は、どういうご用ですか。」

この他人行儀なところは、別れた妻とそっくりの応対の仕方だった。

「久しぶりに、キミとドライブに行きたいと思って。つまり、デートのお誘いです。」

娘はこう答えた。

「良いですね。久しぶりにどこかに連れて行ってください。」

と。


3 僕の家での準備。


 僕は、娘の事を考えながら、ドライブへの、準備を始めた。僕は、白い一軒家に、母と、祖母と暮らしていた。そこは、僕が長年暮らした、住み心地のよい、家だ。僕は、今年、43歳になる。娘は、まだ、7歳。

 僕は、仕事をしたりしなかったりの、良い加減な人間だったが、母と祖母は、それを多めに見てくれていて、そんなふうに暮らすことが子供の頃から、なんとなく、わかっていた。それは、今の、大人社会からすると、良い加減な大人という事になるのだろうけれど、それは、特に僕が気にすることでは無かった。

 僕の、家系の男たちは、皆、自分の趣味に、お金を掛けるのが好きだった。祖父は、一生で、百頭以上の馬を、持った、馬主で、自動車の部品会社の社長をしていたし、父親は、僕が、生まれて3ヶ月で、母親と離婚していたけれど、戦闘機の部品を作ったり、人工衛星の部品を作ったりしている職人で、麻雀が強くて、また趣味だという人だった。そうして、僕は、その馬主の祖父と、もと花柳界の芸者さん出身の祖母と、母に育てられたという訳だ。子供の頃から、質素な生活が好きな祖母が大抵のことを仕切っていて、その生活に、母と僕が組み込まれているという感じだった。

 僕は、一階の駐車場まで、行くと、今日の、デートに備えた準備をすることにした。クルマは、頑張って働いていた頃に買った、古い型の黄色いフォルクスワーゲンビートルだ。後は、積み荷を、考えることにした。

 僕は、1974年製のフレットレスフェンダージャズベースを車に載せることにした。そして、ベースを鳴らすための小さな電池駆動式のトランジスターアンプ、そして、今日の、昼食の、僕の母が作ってくれた、簡単なサンドイッチを乗せて、そして、赤いラインの入った白いサーフボードを、クルマの上に、ゴムバンドを使って、器用にくくり付けた。


4 冒険のはじまり


 僕は、愛車に、乗り込んだ。

 古い型の車だったが、クーラーの効きは僕の好みだった。季節は、七月に入ったところだ。この、クーラの風が心地よい。駐車場から、車を走り出すと、右にウインカーを出し、真っ直ぐに、走り出す。娘の待つ家は、僕の、家から、車で、三十分かからないくらいの場所だった。娘は、僕の元妻と一緒に暮らしていた。娘の養育費は僕が面倒を見ていたが、元妻の家は、僕の家より、遥かに、金持ちだった。僕は、自分の家が十分に幸せを感じれるほど、裕福だったが、元妻の家族は、金持ちに輪をかけて金持ちな富豪家族だった。僕が、元妻と、結婚していた頃は、その家の稼業を一生懸命になって働いて元妻の祖父、父親に認められるよう、頑張っているつもりだった。彼女に愛されるよう、一生懸命になって、働けていると思っていた。しかし、実際の彼女の中では、何かが違ったらしい。元妻のことは僕は、まだ、愛していた。でも、彼女は、娘と二人で暮らしていきたい、と言って、ボクとは別れた。そして、今でも、二人で暮らしている。

 そうして、彼女の家についた。ボクは玄関のチャイムを鳴らすと、はい、と、元妻の細い声が聞こえた。そして、娘と、デートの約束をしていて娘とこれから出掛けるということを伝えた。

 ほどなくして、娘が家から、出てきた。元妻も、その後ろから、出てきた。娘がクルマに乗り込む。元妻は、玄関の前で、こちらを見ている。そして、軽く手を振ってくれている。それは、娘のほうに向けて手を振っているように感じたが、ボクの方に振っているようにも感じられた。

 ボクは、ウインカーを右に出して、ハンドルを切ると、クルマを走り出させた。

娘に、ボクは聞いた。

「ナツ、約束は、守ってくれた?」

「何の約束ですか。」

「スマホは、家に置いて来ること。」

「持ってます。何かあったら、大変ですから。」

 ああと思った。でも、少しホッとした。今の子供たち特有の、スマートフォンをずっと、いじっていないと落ち着かないということではなく、何かあった時に使っている、その言葉から、少なくとも、そのための、スマートフォンであることが、その言葉から、分かったからだ。

 ボクは、その意味もなく弄っているように見える若い人が持っているスマートフォンが、あまり好きではない。

 そして、夏にこう聞いた。

「これから、どうする。お昼なら、おばあちゃんが作ってくれた、サンドイッチがここにあるけれど。」

「私、おばあちゃんのサンドイッチ大好きなの、特に卵が。」

「じゃあ、食べるといい。全部食べていい。あと、アイスコーヒーもあるよ。この水筒に入ってる。」

「頂きます。ありがとう。」

というと、パクパクと、タマゴサンドと、サラダサンド、ハムサンドを、食べて、アイスコーヒーをゴクゴクと飲んでいた。

 「今日は、海の方に行こう、もうすぐ高速道路の入り口だから、そこから、海の方に行こう。」

 「うん。海は大好きです。」

夏は、こう答えて、ニコニコしてくれた。

 よかった。ボクはそう思うと、高速道路に向かってクルマを走らせた。


5 海に向かって。


「音楽は作っていますか。」

夏はそう聞いた。

「うん。」

とボクは答えた。

「お父さんの、弾くベースの音、大好きよ。だって、うるさくないんですから。」

ボクは、大抵のベースは、うるさく無いことを、知っていたので。こう答えた。

「それは、嬉しいな。うるさい音楽は嫌いなの?」

夏はこう答えた。

「うるさい音楽は嫌いです。」

子供なのに、可笑しいな、うるさい音楽が好きなのが子供なのにとボクは思って、カーステレオのカセットデッキにカセットを入れて、少しづつボリュームを上げた。心地よい、ジャズファンクが流れ出す。

「これはうるさいかな。」

ボクは聞いた。

「ある意味では。」

娘はそう答えた。

その、ある意味では、という答え方に、ボクは、クスッと笑いながら、クルマを、ドライブインに向けて、走らせた。

「ドライブインまで、もうすぐだね。」

大人しくしていた夏が言った。

「うん。」

ボクは、短めに答えた。

「お母さんは、この前、私に言ったの。」

「なんて言ったの?」

ボクは、少し、ドキッとしながら聞いた。大抵、この種の話、元妻の出てくる話は、ボクを困らせる。

「お父さんのお母さんは元気なのかしらって、お母さん、聞いてた。」

「元気だよ。おばあちゃんは、元気だ。それから、ひいお婆ちゃんも。」

「よかった。そう、元気なのね。」

ボクは、ホッとしていた。大抵のこういう話は、子供の話でも、鋭くボクに、突き刺さるのだ。元妻の話に関しては、ボクは敏感だ。だって、まだ、彼女のことが好きなのだから。

 ほどなくして、ドライブインに着いた。そこで、彼女に、お土産で、元妻が好きだというパンを、少し買って、ボクは、簡単な、昼食をそこで食べた。そして、僕たちは、再び出発した。

 ドライブインの出口から、高速道路の出口は、すぐ側だった。高速道路を降りて、そのまま、ゆっくりと、海に向けて、クルマを走らせる。そこは、東京とはだいぶ違う、農家と住宅街の集合体で、その間に、道路がただ続いている道のりだったが、ボクはその道のりが好きだった。

 ウインカーを左に出し、ハンドルを左に切ると、防砂林のある、海沿いの道に出た、しかし、この道からは、海はよく見えなかった。そんな、もどかしい気持ちにさせる、この道も、またボクは好きだった。真っ直ぐの道、そこは、海が近いというのもあって、気分が高揚させてくれる。ずっと、続く道。そして、少し坂道を上がると、海が、目の前に、見えてくる。

「海だわ。大きな海。」

「うん。海だね。」

この場所では、このフレーズが、いつも、必ずと言っていいほど出てくる。自然と。

妙に、シックリと来るフレーズというのは、風景や、環境によってあるが、このフレーズは、本当に自然にシックリ来る。


目の前、右側に、バッと、広がる、深い青色の海、いつも、綺麗だなと思う。

 90分テープのカセットが、カシャっと、音を立てて、終わる。ボクはカセットを取り出した。

夏は、カセットテープを裏返すと、また、カセットデッキに戻した。短い静寂の後に、また、音楽が流れ出す。昔の、ソウルミュージック、が B面には入っていた。その音楽は、ボクにとって、リアルタイムでは無い、昔の時代の音楽で、十分に、懐かしさと、音楽の深みを与えてくれる、音楽だ。


6 ボクと夏と、音楽と海。


 ボクは、広い空間のある、程よい場所で、クルマを止めて、少し、ゆっくりすることにした。窓を開けて、車から降りて、フェンダーフレットレスジャズベースを、トランジスタアンプに繋いで、電源を入れた。そして、いつものように、手探りで、ジャズベースを弾いた。そのリズムに合わせて、夏は、軽く、ダンスして見せたり、腰を軽く降っていた。小さなトランジスタアンプの音は、少し歪んでいたけれど、それがかえって、ボクの、フレットレスジャズベースのプレイを、より、パーカッシブに表現してくれていて、心地よかった。

それよりも、娘が、うるさい音楽と、言われなかったのが嬉しかった。

 ひと通り自分の納得行くフレーズを弾いた後、ボクはベースの演奏を止めた。

 そして、煙草にそっと、火を点けた。娘は、僕が煙草を吸うことを知っていたし、そのことをそれ程嫌うこともなかった。僕から少し離れたところで、夏は左右に、足をバラバラに動かしている。

 煙草の火を消して、夏のほうを見ると、夏も僕のほうを見ている。そして、海の方を指差して、向こうに行こうと誘っている。僕は、海の方に行くことに決めた。先に海の方に行っていてくれということを夏に伝えると、僕は、サーフボードを、クルマから取り外して、シャツを脱いで、短パンで、海に向かった。

 娘は、サーフィンはしない。けれど、僕は、幼い頃に別れた父親が、幼い僕にくれて、今でも、持っているこの、赤いラインの入った、白いサーフボード、こいつに乗るのが好きだった。そして、僕は、短パンのまま、海に入って、何度か波に乗った。単純に、体を動かしたかったからだ。娘は、ただ、それを、砂浜に座ってる見ていた。まだ、時間に余裕があったから、後、3度だけ、波に乗った。

 そして、僕たちは、片付けを済まし、クルマにもう一度、乗り込んだ。短パンは、少し冷たいけれど、この気候なら、すぐ乾きそうだ。そして、ボクたちは、クルマをもう一度、動かした。

 海に寄ったついでに、この近所にある、洒落たレストランによって行くこと二人で決めた。

そこで、二人で、魚介のサラダと、小さなパン、それから、魚のポワレ、デザートのケーキを二人で分け合って食べた。彼女は、紅茶を飲んでボクはコーヒーを飲んだ。

 そして、また、クルマに乗って、彼女の家まで、送って行くことにした。彼女は、帰り道は、ずっと、眠っていた。

 「着いたよ。」

ボクは、静かな声で彼女の家に到着したことを、伝えた。彼女は眠たそうにしていたが、それに気づくと、クルマから降りて、ぺこりとお辞儀をして、手を振って、ボクが、見えなくなるまで、手を振ってくれた。

 ボクは、クルマを、自分の家に向けて走らせている。それでは、また、次に、会う時まで。

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