喫茶店と私とお前
僅かに水滴で濡れた、木製のテーブル。
その上に置いてあるグラスが無粋なバイブレーションで震え、氷の割れる冷たく澄んだ音が落ち着いたクラシックの中に凛と響く。
一目惚れして買った淡いピンクの可愛い携帯。チカチカと点滅する見慣れた新着表示は、間違いなくメールのモノだ。
私はだらしなく頬杖をついたまま、ぶるぶると不器用に震え続ける携帯に手を伸ばした。
ここは、行きつけ。明るめの照明と落ち着いたBGM、ちょび髭生やしたマスターがカウンターの向こうに鎮座する、リーズナブルな値段もお気に入りな喫茶店だ。
そして目の前には、気遣いなど無用になって久しい幼馴染みの姿。
のほほんとコーヒーを啜るその顔は涼しげで、夏真っ盛り、見るからに暑苦しい窓の外の景色と対照的なのが腹立たしい。
――何でこんな奴好きなんだろ。
心中で一人ごち、それでも足らなかったので、腹立ち紛れにお行儀悪くグラスから飛び出ているストローに噛みついた。お茶してるんだぞ、少しは動揺しやがれー、と動きに合わせて後ろ頭で括った尻尾が揺れ、首筋をくすぐる。
やけに冷たく感じる自慢の亜麻色ヘアーに、少し長居し過ぎてるかな、と小さくため息を吐いた。
ひよひよとストローを上下させる度に飛び散る水滴などには目もくれず、手首の返しだけで携帯のフリップを跳ね上げる。
きっと今、私は凄くつまらなさそうな顔をしているんだろうな。好きな奴と一緒に居るのに。いやいや、一緒にいるからこそ?
そんなことをぼんやりと考えながら、どうせまた下んないメールだろう、と適当にセンターキーを指先で連打した。
待ち受け、受信ボックス、送信者の名前。
見るともなしに右から左、メールの内容を開く為に何度もキーを押し込んだ後で、見覚えのありすぎる名前に気がつく。
ぷりーずうぇいと、そんな感じで処理待ち表示で真っ白になる携帯を思わず覗きこんで。
「え、何で目の前に居るのにメールしてくる訳? アンタば、か……」
そして、思わず息を飲む。
正しく、驚きに目を瞠った。
「――――っ」
「いかが?」
扱いがぞんざいなせいで、小さな傷が幾つも付いてしまったディスプレイをまじまじと凝視する。
ぽとり、と咥えていたストローが唇からこぼれ落ちて、てんてんてん、とテーブルに転がった。
ああ、制服にアイスティーが跳ねてたら染み抜きが大変だ。現実逃避する思考と裏腹に、私の視線はたった二文字の言葉から動かせない。
それは、さ行とか行の音で構成される言葉だ。
「それ、俺の気持ちね」
「お、っ」
「お? 何、動物の真似? 斬新だね」
「おま、アン、な、このっ……!」
「まぁ落ち着けよ」
「お、ちついてられるかぁぁぁぁぁあ! 馬鹿! もう馬鹿! ど、どっきりとか言ったら絶対許してやらないかんね!? 朝起こしてもやんないし、お弁当も夕ご飯も作ってもやんにゃい……、噛んだっ、もう馬鹿ぁ!」
予想外の角度から放たれた魔法の言葉。
がさつで口の悪い私を、まるで小説の中の純な乙女みたいに胸高鳴らせる甘い言葉。
たった一言、それだけの為に対面してメールで送って来た、目の前のこいつのシンプルにして偉大な言葉。
暴走機関車の動力炉みたいに、止まらない胸の十六ビートと顔の火照り。
恥ずかしくて死んでしまいそうな私に取って唯一救いなのは、目の前の不健康な男の頬が、美味しそうな林檎の赤色に染まっていること?
ふと、視界の隅で、ちょび髭の似合う渋いマスターが悪戯っぽくニヤつきながら手を叩いているのが見えた。
すっかり忘れ去られたアイスティー。二人の間で、少しだけ残っていた小さな氷がからん、と涼やかな音を立てて割れ、沈む。
窓の外、日差しはまだまだ高く、暑い。
二人の夏は――まだこれからだ。
この作品は、つい調子に乗って書いてしまったら長くなりすぎたという例の……例の、ええと、文のメタボ化?
とにかくそんな感じで出来て居ます。