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サチの幸せ  作者: 真守祐子
山の鬼が村の女に懸想する
7/7

⑦   (終)

 サチは目覚めたとき、死んで天国に来たのかなと考えた。飢えも体の痛みも感じることなく、ふかふかのなにかの上に横たわっていたからだ。村にあるサチのあばら小屋でないのは確かなので一瞬そう誤解した。


 だが、すぐにサチはガザンに拾われたことを思い出した。どうやらまたガザンの寝台のあのふかふかの布団で寝かせてもらったのだと気づくと、目を開いて横向きに寝返りを打った。起き上がろうと思ってとった行動だったが、そのまま床の上に座り込んでサチを見ていたガザンと目が合った。


「ひっ」


 慌てて悲鳴を飲み込んで起き上がったサチだが、ガザンの顔が顰められているのに、そのままの姿勢で固まった。

 しばらく二人見つめあう。床にいるガザンと寝台の上に起き上がったサチ、ちょうど目線の高さがあっている。


 サチはガザンの機嫌が悪いのだと思い、どうしていいのか分からなくなった。

 そんなサチを見ていたガザンは、深く息を吐いてから、いきなりサチに謝った。


「すまなかった」

「……なんのことでしょうか」


 謝られる覚えのないサチに、ガザンは十年ほど前の行いを説明した。サチがあの村にいたのはガザンがサチを狭間に入れたからで、ガザンの浅慮で、サチはサチとはまるで違う人間の集団に混ざることになってしまった。


 正直謝られても、サチにはぴんとこなかった。サチのなかにその記憶もあまり残っていないせいか、そう言われてもガザンが関わったという実感が薄く、それよりも村の者たちへの恨みや憎しみのほうがずっと直接的だ。

 それに、あのサチの昔の記憶のなかにいた山の鬼だと思っていたのがガザンであったことや、ガザンが村の者たちをとても醜いと感じ、サチのことを綺麗だと心底から思っていることのほうがずっと気になった。


「あれはガザンだったんですね……。ずっと山の鬼だと思っていました」

「あのとき拾っておけばよかったんだろうが、そういうふうには考えなかった。ガキに気は惹かれねぇんだ。本当にサチが死なねぇでよかった……」


 ガザンは自分の心が初めて動いた相手が知らないうちに失われた可能性にひどく動揺したようだ。


「そうなってたら、この楽しい気分を味わうどころか、知らねぇままになるとこだった」


 だが、サチは今生きているし、満腹で体も軽く安全だ。これができるだけ長く続いてほしいとサチは思った。


「でも、ガザンは本当に私を綺麗と思うのですか?」


 サチにはどうしても信じられなかった。長年にわたる価値基準はすっかり固まっていた。


「サチはすげぇ美人だ。俺が今まで会ったなかにおまえほど綺麗なやつはいないぞ」


 それはユイのことではないのだろうか。

 ガザンと同じ鬼人である山の鬼もそう思っていたはずだとサチは思う。


「テイハは趣味が悪ぃんだ。そこは鬼人全員一致してる」


 ガザンに言わせると、ユイをはじめとしてあの村の者たちは豚という動物に似ているそうだ。豚は食べるために飼育される家畜で、先ほどサチが食べたなかにはなかったが、美味しい料理がたくさんあるので、今度食べさせてやるとガザンはサチに約束した。


「豚ってのは目が小さくて、その割に耳は大きく、鼻が上を向いてんだ。綺麗からは遠い存在だな」


 何度も繰り返し言われ、ガザンは本気でサチを綺麗だと思っていることを、サチは納得しないまでも理解はした。

 そのやりとりのなかでガザンも気分を変えたのだろう、顰められていた顔が緩み、また笑顔を浮かべている。


「そういや、おまえはもうあの村のやつらに会うこたないぞ」

「え?」

「あのなんとかいう女はテイハが持ってったが、もう外に出てくるこたねぇよ」


 そこで初めてサチは山の鬼テイハの悪い趣味の具体的な内容を知ったが、ユイに対して同情心の欠片もわかなかった。


「いいんじゃねぇの。もうサチとは関わりのないやつだ」


 それよりも、サチはテイハが複数の女を囲っていることが気になった。鬼人がそういう質なら、ガザンにも女たちがいて、サチは虐げられることになるのだろうか。


「いないぞ。サチが生まれて初めての嫁取りの相手だ。鬼人は岩から生まれんだが俺は始めの鬼人だ。劫初から生きてきて、初めて気を惹かれたのがサチだからな。今後もサチ一人だろ」


 安心して、ガザンの側にいてもいいようだと、サチはとりあえず納得した。


「岩から生まれたのですか?」


 それに劫初とは、ガザンはいったいいくつなのだろうか。


「そうだ。鬼人は岩から稀に生まれんだ。生まれんのは男だけだ。そんで、気に入ったやつがいたらほかの種族から貰ってくんだよ」


 鬼人はそれぞれ趣味が違い、一人一人が個性的だ。


「ガザンは私を気に入ってくださったのですね……」


 それは生きることに苦労していたサチにはとても幸運なことではないだろうか。


「ああ。サチはすげぇ美人だからな。それに、あのいい暴れっぷりだ。あれに打ち抜かれたぜ」


 正直あの醜態は忘れてほしいとサチは願っていたが、やってしまった事実は変えようがない。ガザンは気にしていないようなので、よしとするしかないのだろうが、サチは頬を赤く染めた。


「サチは可愛いなぁ」


 ガザンは嬉しそうに笑い、サチはますます赤くなった。


「俺にゆっくり馴染んでくれ。これからよろしくな、サチ」

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします、ガザン」


 鬼人と人間、種族の違う二人の生活はこれから始まる。








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