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サチの幸せ  作者: 真守祐子
山の鬼が村の女に懸想する
6/7

 ガザンはサチがいた村へとやってきた。

 サチが暴れてガザンに噛みついたとき、時系列は滅茶苦茶であってもサチの人生のほとんどすべてをぶちまけていた。サチがどこに住んでいたのか、どう暮らしていたのか、ガザンはおおよそのところを把握した。


 そしてそこには鬼人がいたことも分かった。


「ガザン? どうした? ここで見るの、初めてだな」

「てめぇこそ、ここでなにしてやがる? テイハ」


 この村は狭間(はざま)のなかにあった。

 狭間は世界の隙間にあって、面積は広かったり狭かったり様々だ。表の世界と違って狭間には必ず果て、境界線が存在する。狭間に入るのは入り口を見つけさえしたら簡単だ。だからたいていの狭間には人間(ひと)がいつのまにか入り込んで暮らしている。

 反面、狭間を出るのは難しい。その狭間ができたときに影響を与えた者か、その者と同じ種族の者、またはいずれかの守護を得た者でなければ、境界を超えることはできない。


 サチはその境界のすぐ外側、端境(はざかい)に倒れていた。


「ここは俺の影響下にある狭間だ。テイハ、てめぇはここでなにしてやがるんだ?」

「ここには、面白い人間たちがいるんだ。もっと面白くするのに、手ぇかけてた」

「いつものてめぇの悪ぃ癖か」


 村の外側のサチの住んでいた小屋の前で話していると、村の者たちが集まりだした。


「山の鬼?」

「二人いるぞ」

「同じ顔だ」


 わらわらと出てきてはなんの警戒心もなく話しだす村の者たちを見た途端、ガザンのなかで怒りが膨れ上がった。


 サチの傷はこいつらか。


 ガザンの感情の高ぶりに合わせて、額の星形の痣が盛り上がりツノとなる。それと同時に、ガザンの怒気であたりの空気がのしかかるように重くなった。


「てめぇら、よくも俺のもんに傷を付けやがったなぁ。落とし前、つけてもらうぞ」


 その瞬間、一人を除く村の者たちすべてが地に倒れ伏した。一瞬にして、全員が死んだのだ。

 転倒音が響いたあとは、あたりはしんと静まりかえった。


「なぁ、ガザン、あんた怒ってるのか?」

「あぁ、てめぇにも怒ってるぞ」

「なんで?」


 その瞬間ガザンの姿が消え、テイハの体は小屋に向かって勢いよく吹き飛んだ。小屋は粉々になったが、テイハはすぐに平然と立ち上がり、何事もなかったかのように木っ端のなかから埃を払いながら出てきた。


 少し離れたところで倒れることなく一人見ていたユイは、状況が飲み込めないままに立ち尽くしていたが、テイハが吹き飛んだのを見て悲鳴を上げ、へなへなと崩れ落ちるように座り込んでいる。


「なにすんだよガザン、いきなりびっくりするだろ」


 見えないほどの早さで動いたガザンがテイハを蹴り飛ばしたのだ。だが、谷底に落ちようがどうしようが、なんともないほどに頑丈なのが鬼人族だ。テイハは傷どころか痛みも感じている様子はない。それはガザンにも分かっていたことで、不快感を知らせるための挨拶みたいなものだ。


 ガザンもテイハも村一つ分の人間を殺したことにはなんの問題も感じていなかった。この世界では人間はすぐに増えるので、次に見たときには元通りに別の人間が暮らしていたりする。一人一人が長命な鬼人と違い、人間はその繁殖力で種を繋ぐ。

 鬼人たちは、特別に注意を払う個体でもない限り、人間の生死を気にかけることはない。


「サチは俺のもんだ。今後は手ぇ出すんじゃねぇぞ」

「ああ、べつにあいつに興味ない」

「じゃあなんで食い物をやってたんだよ」

「ガザンの匂いがしたからな」

「あ?」

「なんでかはわからないけど、あいつはガザンの気配が残ってた。だから、いらない獲物をやったんだ。ガザンのことは好きだからな。でもあいつにはおれの心は動いてないから、おれの力はほとんど残ってなかっただろ?」

「残ってたら、こんなもんじゃすませてねぇ。……俺の匂い?」

「覚えてないのか? まぁ、ガザンらしいか」


 この狭間で、人間の女。記憶をたどったガザンは一人の人間の子どもを思い出した。十年くらい前のことだ。

 この狭間の入り口にほど近い表側の世界に人間の集落があった。そこがなにかの理由で滅びて子どもが一人取り残されていた。いつもなら気にもとめないガザンだが、そのときはその子どもが綺麗な顔をしていたこともあって、気まぐれに抱き上げて、狭間のなかに入れてやったのだ。なかにはいつのまにか入り込んだ人間が暮らしているのは知っていた。人間同士、なんとかするだろうと考えたからだが、どうやらガザンの浅慮だったようだ。


 ガザンにとってはほんの少し前の話だが、人間にとってはそれなりの長さだ。子どもも大きく成長する。あのときはいくら綺麗な顔でも、子どもを愛でる趣味のないガザンの気は引かなかったが、大人になった今は、すっかりガザン好みの女になっていた。


 ガザンは知らないうちにサチが死んでいたかもしれない理由の一端に自分があったことを知り、浮かれていた気分に冷水を掛けられた気がした。どうやらテイハに借りができたようだ。 


「あんた、今まで鬼人以外に関心なかったもんな。あいつ、ここのやつとは見た目違うから。人間て自分と違うものは嫌がるからな、性格も素直でまっすぐだし、ここのやつらは、顔も性格も歪んでる」

「……てめぇ好みってことか」

「そう。ユイは顔も性格も特に歪んでるからすごくいい」

「てめぇの趣味が悪すぎんだ。こいつらの顔、豚に似てんだろ」

「ガザンだってひどい面食いだったわけだろ。人のこと言えないよな。今度みんなに教えてやろう」


 テイハは一番若い鬼人だが、一番趣味の悪い鬼人だった。性格の悪い女、見目の悪い女を集めて囲い、妬み嫉み、脚を引っぱりあう様を見るのが楽しいという。その趣味はほかの鬼人たちからは誰一人として理解されずにいたが、本人は女たちを大事に扱うし、外に迷惑をかけることもなかったので、鬼人たちはみな干渉しないことにしていた。

 その趣味の悪いテイハの最新の獲物がユイだったようだ。


「その女、俺の気で死なねぇってことは、もうそれなりにできあがってんのか」

「そろそろ連れ帰る頃合いだった」

「てめぇは絶対女を家から逃がさねぇよな。……その女、サチの前に顔出させるなよ」

「わかった」


 テイハは呆然としていたユイを担いで、自分の巣へと戻っていった。











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