人魚料理の日
シャピュイサは漁師ではない。今は釣りをしている。仕事を引退してから始めた趣味だ。銀色のよく目立つ釣り竿を持っていて、それが最近の相棒である。昔の相棒は今も生きているが、何をしているかは本人しか知らない。
白い、大きな豪邸。門から家の扉までがとても遠くて、綺麗な花を眺めながらそこまで歩く。扉は黒い。扉が開く。綺麗な花や絵が飾られた、大きな玄関。わたしは靴のままお邪魔する。チョコレート色の、可愛い靴。でも床は可愛くないので音も可愛くない。
「いらっしゃい」シャピュイサが微笑む。わたしたちは一階のダイニングに向かい合って座っている。もうひとりいる。譴∵?ケ繧コはダークグレーのスーツを着ている。青いネクタイは似合っているが、白いシャツもスラックスも似合ってはいない。クラッシュアイスに注がれたお酒。小さなグラスにたゆたうミルクチョコレートと蜂蜜を混ぜたような液体を飲んでいる。お酒が飲めないわたしには、食前酒代わりの溘Φず^。ほのかに緑色が付着した、透明な水。舌の上で弾けて、喉を通り過ぎる頃には背中まで空腹を思い出させてくれる。シャピュイサは厨房に話しかけていて、その間にわたしは溘Φず^を飲み干す。
シャピュイサは贅沢な招待状で、わたしを自宅に招いた。
「人魚が釣れました。ひとりでは食べ切れませんので、良ければ我が家でご一緒しませんか。腕のいい料理人を雇って、美味しい人魚料理を振舞います」
手紙にはそう書いてある。文字はほんのりピンクが混ざった黒色。どの魚の体液を混ぜたんだろう。腐った餌かもしれない。封蝋の神樹蚕を貼り付け直して、私は招待状を玄関に置いておく。忘れないように鍵を重しにして。
シャピュイサが大皿のサラダを取り分けている。招待状はわたしじゃない誰かが持っている。色とりどりのサラダ。レモンを退けろ、と譴∵?ケ繧コは唸った。だからわたしのサラダは少し黄色い。
「でもこれ、どこに人魚がはいってるの? これから?」
シャピュイサがにっこり微笑んで、早く食べるように促す。譴∵?ケ繧コはとっくの昔に顔をしわくちゃにしながら食べている。鰭が一口サイズで数枚、鱗を砕いたものが口の中を刺してくる。それは刺激的だけど、痛くない。
うわぁ、とはしたない歓声が溢れる。「鰭なんて初めて食べた」鱗や身と違って、全然出回ってないのだ。
譴∵?ケ繧コは早食いの大食いなので、サラダの皿は黄色くなった。パプリカとレタスを一緒に食べる。油の音。揚げ物。次はフライだ。サラダの上にどさどさどさどさ、シャピュイサが持ってきてくれる。柔らかい箸でつまんで、食べる前にそっと息を吹きかけて冷ましてから食べた。大正解で、とても熱かった。けど大丈夫、ちゃんとライムの効いた溘ロソ◇を飲むと、火傷はなかったことになる。口はさっぱり、素晴らしい冷たさだ。譴∵?ケ繧コの唇がむみゃむみゃしている。唇は動いていない。どうして彼は火傷もせずにこんなにたくさんのフライが食べられるんだろう。
「ちょっと薄味だな。塩を取ってくれ」
「どうぞ。程々に」
「わぁ。指もフライにしたんだ」
「それが一番だって本で読んだんだ。シェフは煮付けにしたかったみたいだけど」
「でも爪がないぞ」
「次の次かな?」
小さなアイスがサラダの下から現れる。
「ああ、これだよ」シャピュイサが笑う。「アイスの上に振りかけて貰ったんだ」
そしてわたしたちはフライとサラダとアイスを食べ切る。メインディッシュは遅れているらしい。
「お待たせしました」とシェフが七枚の皿をテーブルに並べる。「味付けはしておりますので、そのままお召し上がりください」
「ちょっと炙って貰ったんだ」
赤と青と白と桃色の半透明のお刺身は厚めで、でも口の中に入れるとそれが丁度いいサイズなのが分かる。上品だ。
「鮙に近いか」譴∵?ケ繧コが評する。「鮃よりもべっとりしている」
「美味いだろう?」シャピュイサは得意げだ。
目玉を譴∵?ケ繧コが遠慮したので、わたしとシャピュイサが抹茶塩をかけた目玉を頂く。ひとくちで食べるのが作法だ。抹茶塩はさらさらしていて、たぶんこの目玉も砂浜を思い出していることだろう。ぱり、と表面のレンズが割れて、柔らかいような硬いような白目の食感と、喉に流れ込む肉汁。
人魚は砂浜に上がらないことを思い出した。でもきっと、釣られた後の記憶も少しくらいはあるだろう。
わたしたちは食事を平らげて、お皿をきれいにした。
「和蘭獅子頭も食べたいな」
「それなら、今度は邏ォィ邱湖に釣りに行こうかな」
「晴れるといいね」
邏ォィ邱湖に棲む魚は安い餌で釣れる、とシャピュイサは笑う。