同じ人間のはずなのに、どうして世界の捉え方が違うのだろう
夜が好きだ。
静かで、暗くて、街全体が寝てるのだろうかと思える。夜を逃がすのが惜しくて、寝るのが嫌いになった。
おかげで学校で授業中に寝てしまうことが多くなった。
今日も朝が来た。
あいつが来る。
「よおアサヒ! 今日もいい天気だな。最高の朝だぜ!」
「そうだね。優斗」
幼馴染の優斗。
学校に行くときは必ず二人で行くようにしている。
毎朝、会ったそばから「いい天気だな」と朝の空気感を全身で感じているような男だ。
私は同意したものの、正直に言って朝が好きではない。
眩しいし、うるさいし(特に夏なんかはセミがいるから最悪)、何より、街が放っている溢れんばかりの生気が鬱陶しい。
教室にはすでに多数のクラスメイトがいた。
男女が入り乱れてそれぞれ好きなように会話を楽しんでいる。
話し声が無数に飛び交って、空気を揺らす。振動は私の鼓膜にまで到達すると、私の脳は騒音が鳴っていることを理解する。
「いやー今日もみんな元気だな。いいことだ! な、アサヒ」
「そうだね。優斗」
「じゃ、また後でな!」
優斗はそう言って、仲のいい友達の元へ駆け寄った。
私も仲のいい(としている)友達の元へ近寄った。
三時間目は道徳の授業で、『動いたトロッコの先には五人の人がいる。あなたがレバーを倒せばレールが切り替わりその五人は助かる。但し、切り替わったレールの先には人が一人いる。あなたはどうする』というお題を出された。いわゆる「トロッコ問題」だ。
私は渡された紙に「トロッコの前に岩を置く」とひねくれた答えを書いて、すぐに消した。次に書いたのは「わからない」という中学生らしい内容だった。
そもそもこの問いってこの前どっかの学校で問題になってなかったっけ。大丈夫なのかな。
「なあアサヒ。なんて書いた?」
私は紙を見せる。
「そっか。俺は、レバーを倒すって書いたよ」
「そうなの?」
「ああ。俺が一人を見殺しにする選択して、五人が助かるなら、俺はそっちを選ぶ。人数の問題じゃないことはわかってる。できるなら全員助かった方が一番いい。でも、俺の決断で多くの人が助かるなら、俺ならそっちを選んでしまうかもしれない」
「優斗はそれでいいと思うよ」
「そうかな。結局、どっちが正しいのかわかんねえけど」
わからなくて正解だ。そもそもこの問題に答えなどない。
答えを出すまでの過程が重要なのだ。
私はそれを知っていたから、先生の「どっちも正解」という答えを先読みして、あんなふうに書いたのだ。
素直に自分の答えを考え出した優斗はきっととても美しい。
昼休みになった。
私はいつも優斗と二人で食堂へ行っている。
私たちの周囲からはよくからかわれるけど、そんなつもりは双方ともない。ただ、いつもの習慣と言うだけだ。
「あー。今日もカツ丼がうまい!」
「よかったね優斗」
「アサヒはそれなんだ?」
「どう見てもオムライスじゃない」
「いやいや、ひょっとしたらフランス製の特別オムライスかもしれないだろ?」
「日本の食堂製だから」
「昨日はカレーだったよな。アサヒって絶対連続で同じやつ食べないのはなんでなんだ?」
「んー別に理由はないけど。気分かな」
強いて言うならこんな特別うまくもないものを何日も続けて食べるのが嫌だからかな、とは絶対に言わない。
食べられるぐらいの味ではあるし、味覚もちゃんと反応してる。それなりにおいしいとは思う。けど、それなりだ。
「まあ、その方が栄養たくさんとれるかもだしな。俺はこのカツ丼がうますぎて他のなんて食べたことないぐらいだぜ」
それはそれでもったいない気もするけど、理由が優斗らしい。
食事を終え、得たエネルギーを半分ほど使ったところで授業が終わり、ホームルームが始まった。
先生は重たい表情でクラスを見渡す。
「今日、佐藤の体操着がなくなったそうだ」
五時間目の体育の授業の前、佐藤さんが教室で困っている様子だった。
彼女は体育を休んでいた。大人しめの彼女が体育館の端っこの方でうずくまっていると、それだけで心が苦しくなる。自分優先でその気持ちを出すことはないけれど。
体操着がなくなった。
その原因を私は知っている。私だけじゃない。それはクラスのほとんどの人が知っていることだろう。
優斗は知らないみたいだけど。
先生はあくまで犯人を見つける気だったようだが、見つかる訳がなかった。
生徒に顔を伏せさせて犯人に手を挙げさせる気だったようだけど、効果はなかったみたいだ。
これだ。
これが学校の本質だ。
悪者が幅を利かせ、弱者は耐え忍ぶ。
青春だとかスクールラブだとかでよく美化されているが、こんなもんだ。
学校はまるで宇宙の中みたいだ。
一見、星や惑星が綺麗なのにその大部分が暗闇で、その上呼吸がしづらい。
星や惑星達をまとめ上げるはずの太陽は死んでいる。
「ねえ、優斗帰らないの?」
何一つ解決しないままホームルームは終わった。
優斗は鞄を持たずに席を立っていた。
「ああ。佐藤の体操服、探そうと思ってさ」
本当に、優斗は優しい。
「私も手伝うよ」
体操服の入った袋は本校舎二階の女子トイレの用具入れにあった。
三十分ぐらい探しただろう。
「見つかってよかったね」
「ああまったくだ。酷いことするやつもいるもんだな」
「そうだね。優斗」
「まあ、これで佐藤も体育に参加できるし、とりあえず良しとしよう!」
夕焼けに頬を赤く染められた優斗の顔は、とてもかっこよかった。私の中の宇宙にはちゃんと太陽がある。
優斗は文句ひとつも言わず、体操服を佐藤さんの机の横にかけておいた。
帰り際、私は宇宙の話を優斗に聞かせた。
「学校は宇宙みたい?」
「うん」
「そりゃいいな」
「え?」
「どこまでも広がって、今も大きくなっていってる。無限の可能性があるってことだろ?」
優斗と私は違う。
だから、私にはこれ以上彼に近づく資格なんてないんだろう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
こんにちは。奈宮伊呂波です。
今回は少し悲しいお話になります。