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白と黒のあいだ  作者: 織田 智
3/5

 仄暗い空の下、車は高速道路を走り続けた。さすがに休憩なしでは疲れてきたので、こうして今サービスエリアで休憩をとっている最中だった。

 夜中に降り続いていた雨も今はしばしの休息をとっているが、暗闇の先の空にはどんよりとした雲が広がっているのだろう。


 彼が朝食を車内で食べながら、またラジオのチューンを弄って面白そうなステーションを探した。


 ザッ。

 今日の降水確率の話。今日はやっぱり全国的に雨らしい。


 ザッ。

 経済の話。円高ドル安。景気回復はいつになるのか。


 ザッ。

 連続殺人の話。またこの話題か。


 ザッ。

 道路交通情報の話のところでザッピングしている亮二の手が止まった。10キロ先で貨物トラックが横転して渋滞になっているらしい。


 「くそ。この先まで行きたかったけど、次で高速降りるか」


 彼は車が混みだす前にと急いでサービスエリアを出た。そこから再び高速に入ると、丁度太陽が昇り始めた。


 毛布にくるまりながら顔だけ覗かせ、雨雲の隙間からきらきら光ってみせる太陽をじっと見つめた。窓についた水滴が光を受けて光って見せたが、私の心はとても悲しい。目的地に近づくたびにとても悲しくなるのだ。

 私は彼に気づかれないように後部座席のシートの上で声を潜めて泣いた。


 ほんの少し車を走らせると、案の定渋滞に引っ掛かった。運転席からはいら立ちを露わにする声が聞こえてくる。

 ハンドルを指先でトントンと叩くもそれで状況が変わるはずもなく、前に走る車は数メートル進んではまた停まってを繰り返している。


 私は落ち着くように促すが、彼のいら立ちはそんな言葉では落ち着きそうになかった。

 この渋滞で警察が数多く走り回っていて、事故現場付近では交通整備にあたっている。恐らく連日テレビやラジオで言っている、連続殺人犯を追っているのも関連しているのではないだろうか。

 一般市民にとってはその捜索など迷惑極まりないことだった。

 交通課の人間以外も何名かいるのか、通常の事故処理にしては警察官がやたら多く配備されていて、ゆっくりと通り過ぎていく車内の人間をひとりずつ舐めるように見回していた。


 亮二は何度かハンドルを握っていた手のひらをズボンの太ももの部分にこすりつけて、汗を握るようなしぐさをしてみせる。

 何かを暴かれるのを恐れているのだろう。

 四車線あった道路が事故現場付近で2車線に絞り込まれていた。渋滞の原因はこれだった。そこをゆっくりと徐行するように警察官が誘導して、その隙に車内を覗き見る。


 そしてついに私たちの車両の番がやってきた。

 一台前の車が通り過ぎてその後ろを同じスピードで追いかけようとしたが、緊張のあまり車がエンストを起こしてしまった。


 「くそっ」


 慌ててもう一度エンジンをかけなおすが、変に目立ってしまった。

 複数人の警官達が一斉にこちらに目を向ける。彼は渾身のポーカーフェイスで再度ギアが入ってるのを確認してから、クラッチをゆっくりと放す。


 ガクッ。


 あろうことか、2度もエンストをしてしまう。さすがに近くに立っていた警官の一人が窓を叩いて「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。


 運転席の窓を開けて警官の質問に応じる。ここで無視などできるはずがない。


「すみません。先日友人が交通事故で亡くなってしまって。そのことがショックで、事故現場を見るとどうも……」


 悪手だ。

 不要なことをべらべらと話すのは、何かやましいことを隠しているからだと素人の私でも分かる。いや、私だからそう思うだけか?

 

 「そうですか、まぁ、気をつけて」

 「はい、どうも」


 車は検問を掻い潜って、通過することが許可された。

 連続殺人犯の犯人がまだ捕まっていない理由がなんとなくわかった気がする。ゆっくりと通り過ぎていく警察車両を見つめるも、誰一人私の視線に気づく者はいなかった。


 高速を降りて1時間。しばらく止んでいた雨が再び降り始めた頃に私たちはついに目的地に着いた。避暑地として人気の観光スポットだ。


 私たちが目指すのはその観光スポットではなく、その先にある分け入った山の麓。


 「着いたぞ、起きられるか?」


 妙に優しくされて彼はわたしをそっと抱き上げる。

 私は自力で起こせない体を彼に委ねて抱きかかえられる。——できればお姫様抱っこをしてもらいたかったが、残念ながらそうはいかなかった。亮二の背中に負ぶさって、私たちは山の中に入っていった。


 都会の喧騒から逃れたその場所は、雨の音に交じって木々がざぁっとかすれる音や、鳥の鳴き声、そして枯葉を踏んで歩く私たちの足音だけだった。


 コンクリートジャングルでは感じられない腐葉土のにおいが鼻をかすめて、森林独特の冷たい空気が顔に当たる。昼間でも覆い茂った大木が太陽の光を遮って、常に濃い湿気を帯びた淀みが感じられるのも特徴だ。


 ここはきっと夜になると寒くて、暗くて、寂しい場所なんだろう。そんな森の中を彼はどんどん分け入って入っていく。白いはずの足元のスニーカーは茶色い枯葉ですっかり汚れてしまっていた。


 嫌だ。

 こんな場所でひとりにされるのは嫌だ。


 私は何度もそう訴えるが、亮二の耳には届かない。


 「よし、この辺でいいかな」


 そう言って彼は私を湿気った腐葉土の上に座らせた。お陰でお気に入りのワンピースが汚れてしまった。

 この服にとてもよく似合う靴があるのに、あれは私と一緒に持ってきてくれなかった。アパートに置きっぱなしになっているんだろうな。

 このワンピースと、あの靴に新しく買った傘をさせれば最高のコーディネートだった。でももうお披露目できない。


 「じゃぁな、舞」


 彼は最後にこの冷たい額に唇をつけ、背を向けた。


 私を背負って入ってきた森の入り口まで、私なしでひとり帰っていった。おいて行かれた私はこんな深い深い森の中で、いずれ誰かに見つけてもらえるまで黙って待っているしかできないのだ。


 大きな水滴が顔に当たって、それが頬を伝って流れた。

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