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白と黒のあいだ  作者: 織田 智
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思い出

 私と亮二が出会ったのは大学のバレーボールサークルだった。私が1回生として入った時には、亮二はもう4回生だった。

 彼と同じ学年の先輩はもうほとんど就活を終えていたが、亮二はまだ決まってはいないようだった。


 「先輩、就活大変なんですか? 最近なかなかサークルに顔出さないんで……どうかなって思って」


 思ったことをついつい言ってしまう性格の私は、みんなが触れない他人のセンシティブな話題までついつい踏み抜いてしまう嫌いがあった。

 自分の中では「やってしまった」と思ってはいたが、一度放ってしまった言葉はもう取り消せなかった。


 「細川だっけ? お前あんま人のデリケートな部分につっこむなよ」

 「うぅ……すみません」

 「まぁいいけど。今受けてる商社が最後なんだけど……もうこの際どこでもいいから早く受かって楽になりてーわ」

 「うわ、大変なんですね。――次、受かるといいですね。応援してます」


 周りのみんなはその鋭い質問をする私をハラハラしながら見ていたが、当の亮二はそんな性格の私のことを気に入ってくれたようだった。


 その日から彼はサークル内ではもとより、キャンパス内で見かけたときも私のことをよく気にかけてくれるようになった。大学のカフェで待ち合わせまでしてご飯を一緒に食べるような日もあった。


 入学するときに買った手帳は、いつの間にか彼の名前が頻出するようになった。


 もう間もなく夏休みというときになって、ようやく彼の就職内々定を知らせる通知が届いた。あまりにも遅すぎるので、みんなこの企業もだめだったかと半ば諦めていた矢先の知らせだった。

 就職組で彼の内定は一番最後だったので、サークルのメンバー全員がついに手放しで喜ぶことができたと騒いだ。


 「先輩、おめでとうございます! これで卒業まで一緒に思いっきり楽しめますね!」

 「ありがとな。でも俺卒業までじゃなくて、ずっと舞と一緒にいてぇわ」


 そんなあっさりとした彼の告白から付き合うことになったのが一昨年の7月。2年前のちょうど今と同じ時期だ。


 付き合い始めて私たちはふたりで色々な場所に出かけた。

 海も、山も。沖縄も、北海道も。

 アルバイトで稼いだお金はすべて彼との時間に費やした。それがわたしの幸せだったし亮二の幸せだったと思っている。


 そして去年の4月、彼は社会人としてデビューした。

 入社式の時に着けていたネクタイは、私が彼に送ったものだ。イタリア製のブランド物で、ネクタイにしては少し——いや、結構奮発したけれど、品のいいネイビーのそれは彼によく似あっていた。


 彼が会社勤めするようになって私は少しでも彼の役に立ちたいと思い、ご飯だけでも毎日作りにいくようになった。

 4月いっぱいで研修が終わり、ようやく部署内で本格的に仕事が始まったと言っていたので、GWが始まる前に二人で盛大にお祝いしたことは忘れない。


 連休中にまた色々と出かけようと、たくさん計画も練った。

 ——でも彼の連休はなかった。連休どころか仕事がどんどん忙しくなって、挙句週末もろくに休みが無くなってしまった。


 入社して4月の間は規定通り週休2日あったが、それ以降は3カ月に1日休みがあるかないかにまでなってしまっていた。


 亮二は明らかに疲労とストレスが溜まって、目の下には常に隈ができていた。


 「ねぇ、本当に体調悪そうだよ? 休んだら?」

 「――仕事を休むと他にカバーできる人がいないから」


 そう言って毎日6時半に家を出て、帰ってくるのは夜中頃だった。私はせめてもと、洗濯をして、料理の用意をして彼の生活が楽になればと考えていた。


 だが人間そんな無理がずっとできるわけもなく、今年の3月、ついに亮二は倒れてしまった。

 医者には過労だと言われ、3日間検査入院した後、1週間療養のために会社を休むことになった。その間私も彼の側に居たくて、できるだけ彼のアパートに足を運んだ。


 「あら、舞ちゃん。いつも亮二のお世話をしてくれてありがとうね。舞ちゃんのお陰で本当に助かってるわ」


 彼が倒れた後、母親の千鶴さんが様子を見に来ていた。


 「いえ、私が勝手に好きでやってるだけですから」

 「——舞ちゃんももう3回生でしょ? 就活はどう? いいところ決まった?」


 お互い特に共通の話題がない私と彼のお母さんは、当たり障りのない話で何とか空気を緩和させる。


 「はい、なんとか室戸商事という会社に採用が決まりまして……良かったです」

 「すごいじゃない。おめでとうね、舞ちゃん」

 「ありがとうございます」


 ふたりで話をしていると、寝ていると思っていた彼が「うるさいなぁ、騒ぐんなら帰ってくれよ」と不快を表した。


 思わず肩をビックと上げて、部屋の外に出る。私は療養中にうるさくしてしまったことを詫びた。

 

 「いいのよ。こっちこそごめんなさいね」

 

 「じゃぁ」と言って踵を返し、その日私は彼の夕ご飯を作ることなく彼のアパートを後にした。階段を降りるとき鉄の板を踏む甲高い音が響いた。


 翌日昼過ぎに彼からメッセージが入ってきた。「今から会いたい」とのことだったので、私は学校の講義を終えるとすぐにアパートに足を運んだ。


 彼はまだ部屋で寝ているのかと思ったが、すっかり元気になってまるで別人になったかのように見えた。


 「どうしたの? すっかり良くなった……っていうか、なんか吹っ切れたみたいな感じだね」

 「おう。ちょっと充電できたからまた明日から仕事頑張らなきゃって思って。また忙しくなるから、今日は舞と過ごしたいなって思ってさ」


 辛い状況で私を求めてくれるのは何にも代えがたい喜びだった。

 そして彼の部屋でいつものように、慣れた手つきで料理を作る。



 彼が体調を崩して会社を休んでから仕事が楽になったのか、彼は定時に帰宅することが多くなった。朝も7時過ぎに家を出て、5時半には帰ってくることが週に3日はあった。土日も休むことがほとんどだった。最近は仕事が楽になってよかったね。と安堵の意思を伝えた。


 「あぁ……。会社も分かってくれたみたいでさ。でもまたいつ忙しくなるか分からないから、今のうちにゆっくりしとくよ」


 そう言ってはいるものの、今まで忙しくしてきた反動なのかどことなく覇気が無くなったように思えた。


 週末は休みになったものの車に乗って一緒に出かけることもなく、会うときはいつも彼の部屋でなにをするわけでもなく、ただ時間を過ごすだけになっていた。当の彼は何だか心が上の空になっている時が頻繁にあるように思えてならなかった。

 1月ほどそんな鬱な状態が続いていたかと思うと、またいつの間にか何か吹っ切れたような態度に変わっていた。それが今年の4月の話だ。——今から3カ月前の話。


 そういえば先月も鬱の状態が続いていたかと思うと、昨日妙にすっきりとした雰囲気になっていた。


 ——そうか、こういうことか……。


 そして今日私たちは車に乗って遠くにまで来ている。


 高速を走っているうちにラジオからは音楽に変わって朝のニュース番組が流れてた。

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