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白と黒のあいだ  作者: 織田 智
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 「舞、寒くないか?」

 恋人の亮二が私に優しく問いかけてくれる。


 もう春も終わって夏になろうとしているが、今年は時折冷たい風が吹く日があるようで確かに少し肌寒い気がした。これも異常気象のせいなのだろうか。

 

 いや、異常気象のせいもあるだろうが今はまだ夜中の2時で、少し雨が降っているから気温が低いのは仕方ないのだろう。

 そんなことを考えながら私と亮二は彼のアパートを出る支度をする。

 空はまだ真っ暗で、()()()()と一昨日から降り続いている雨が気分をより暗くさせた。先週テレビで見たニュースでは梅雨明けしたと宣言されていたはずだったけれど「じゃぁこの雨は何なんだ」と文句を言いたくなる。


 支度を素早く済ませ、私たちは彼のアパートの部屋を出てドアに鍵をかけた。鍵がかかった確かな音が聞こえたが、念のためガチャガチャとドアノブを回してしっかりと閉ざされているか確認も忘れない。


 この木造2階建てアパートは全8室のどこにでもある造りのもので、ここは2階にある階段前の部屋だった。おかげで朝早い時間や、夜中に誰かが通ると、鉄製の階段が響いて眠れないことがあるとよく文句を言っている。

 わたしたちはその甲高い音が響く階段を降りながら「今まさに近所迷惑なんだろうな」と考えていた。亮二は出来るだけ音を慣らさないように慎重に歩いていたが、それでもやっぱりよく響いた。


 階段を降りてからアパートの脇にある駐車スペースまで急ぐ。あまりひどい雨ではなかったので、濡れながら車に駆け寄った。雨が降っていることに部屋を出た瞬間から気づいてはいたが、急いで出てきたので傘を部屋に忘れてきてしまった。次に雨が降ったら使おうと思って買っておいたものがあったが、せっかくのチャンスが奪われてしまった。


 「傘、取りに戻る?」と聞くが、亮二は返事をしなかった。多分またあの鉄の階段の音を鳴らしながら昇り降りするのが嫌だったのだろうと想像はつく。


 駐車場に停めてある白のセダンに駆け寄って、車をリモコンで開錠する。車についている前後の4点ライトが2回パッパッと光って、その存在をアピールした。亮二はロックを開錠した時に光ることを知っているはずなのに、なぜか今日はやたら敏感に反応してぴくっと体が一瞬硬直したように感じた。

 ――気のせいかも知れないけど。


 「舞は後ろのシートで寝てていいからな」


 そう言われて私は大好きな彼の横である助手席ではなく、後部座席に乗ることになった。少し寂しいが、彼なりの優しさだろう。なぜなら普段はまだ夢の中にいる時間だ。「ありがとう」と言って早速シートに横になった。彼は毛布も用意していてくれたようで、体の上からふわっとかけてくれた。


 そして彼も運転席に乗り込んで車のエンジンをかけ、ギアをファーストに入れたが、何を思ったかもう一度ニュートラルに入れなおした。

 どうしたのかと思ったら、出発する前に亮二はもう一度私の方をちらりと見て確認したかったようだ。そして上手く毛布が被れていない部分にそっとかけ直してくれた。外は肌寒い。私の体はすっかり冷えてしまっていたが、毛布のお陰で寒さが紛れる。亮二が私を見たように、私も彼を見たかったが、この状態のアングルからはそれが叶わないのは心底残念だ。


 車はゆっくりと動き出し、駐車場から出て大通りを走る。信号の度に動いたり停まったりを繰り返す道をしばらく走り続けると、道路を滑るタイヤの音がスムーズになった。そこで初めて私は高速道路に入った事に気づいた。

 夢うつろだったが、タイヤと道路が擦れる音だけを聞きながら後部座席でただ揺られていた。


 暫く車を走らせていると、亮二はラジオを点けた。

 FMラジオの周波数が変わった場所にいるのか、いつものステーションはザーッという不快な音に遮られて上手く受信できずにいた。彼はお気に入りのステーションを諦めると、車に取り付けられたナビのパネルを操作して現在走行している場所から拾える局をいくつかザッピングした。


 ザッ。

 アイドルの曲が流れた。ドルオタ友達が好きな曲だ。


 ザッ。

 今度は天気予報だ。明日の降水確率も70%と高めだ。


 ザッ。

 最近起こっている連続殺人事件のニュースだ。警察頑張れ。


 ザッ。

 ラジオ小説で、今日は恋愛小説のようだ。聴いてみると結構面白い。


 亮二は何度かチューンを変えて、最終的には音楽が流れている場所に戻ってきた。


 アイドルの曲が閉鎖されている静かな車内に流れると、道路とタイヤの擦れる音はラジオからの陽気な音楽に上書きされていた。

 その曲が終わると180度毛色が変わって、先ほどまで馬鹿みたいに騒いでいたのと同じスピーカーからしっとりとしたバラードが流れた。一昨年の8月にリリースされた曲で、私と亮二が付き合い始めたばかりの頃にはどこにいっても流れていた曲だ。私たちも例にももれず流行に乗って、カラオケに行くといつもこの曲を歌った。

 最近は忙しくてカラオケどころか一緒に食事もままならないが、お互いのことをよく知らないでどきどきしていた時のことが昨日のことのように思い出せた。


 「舞、聴こえてる? ……この曲前によく歌ったよな、カラオケでさ。あの時は毎日のようにふたりで遊んでたけど、仕事が忙しくなってからは全然時間取れなくなってさ……ごめんな。それにせっかく今日久しぶりにお前と出かけられるのに、これじゃぁ、なぁ……」


 せっかく車が混雑する時間を避けて夜中に車を走らせてはいたものの、早く目的地に着いたところで外は生憎の雨だ。これじゃぁ夜が明けてからの天気だって怪しいものだ。

 でも天気なんてどうでも良かった。ただ久しぶりに一緒に居られるだけで幸せだ。私は毛布にくるまったままの状態で「一緒に居られるだけ嬉しい」と伝えた。

 それがラジオから流れる音楽にかき消されてしまたのか、返事はしばらくなかった。

 が、ちゃんと聞こえていたのだろう、鼻水を啜る音と小さな声で「愛してるよ」と言いながら涙ぐんでいたのを私は逃さなかった。


 車の中ではふたりの思い出の曲がもう間もなく終わろうとしていた。

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