第4話 幽霊の、正体見たり、こんばんは
二日後いつものアルバイトをしているとチャラに近況報告する機会があった。
「……中学生っすか!? それだけ甘々な関係でまさか付き合ってないって言うんじゃないっすよね」
「うるせえなチャラ」
「臆病、チキン、童貞!」
「てめえもう一回言ってみろ!」
「ヘタレ、卑怯者、童貞!」
「てめえよりによってそれをもう一回言うか! 違うわ!」
「いや似たようなもんでしょ話し聞いていると。童貞じゃないのなら余計にタチ悪いっす。向こうは不安に思っているかも知れないっすよ。それで別の男に取られたらどうするんす?」
返す言葉も無かった。この居心地の良さに浮かれていたし、これが終わってしまうのを恐れていたのも事実だった。最近ではインターホンが鳴る日を楽しみにしている節もある。
「……そうだな、卑怯者だな俺は。良しチャラ、俺は決めた。水野の夏休みが終わる前に全て終わらせる事をここに誓う!」
ちょっと日和って制限を長めに取った。
「そこで明日とか言わないからチキンなんすよね」
見抜かれていた。
「しかし、心霊現象は相変わらずっすか。俺の時起きた現象が全く起きずに別なことが起きている、それも特に害はない」
チャラが珍しく真面目な顔をして呟く。何やかんやこいつは真面目な奴だがそれを顔に出すことは珍しい。
「そうなんだよな、入居してからかかさず決まった曜日、決まった時間にインターホンを鳴らす律儀な幽霊だぜ」
ふとチャラが神妙な顔つきでこう言った。
「やっさん、その曜日教えてもらってもいいっすか」
「木曜日だがそれがどうした?」
チャラは携帯を取り出すと事件があった日の新聞の写真を見せてきた。
「やっさんの事が心配で最近色々調べていたんすよね。除霊方法や原因や……そしてこういう時は、心霊現象が起きた理由を考えるべきらしいっす。そこで昔あそこで起きた事件の記事を探していたんすが……全然見つからずに苦労したっす。図書館に通いつめてようやく見つけたんすよってそれはどうでもいいっすね。これを見てください、被害者の母娘が死んだ日は――」
「8月13日……木曜日!?」
「娘は母親の後に殺されたっぽいっす」
俺は馬鹿だ幽霊を除霊すればいいと漠然と思っていたが、ちゃんと考えれば幽霊の正体に行き着くじゃないか!俺が水野とのデート気分を楽しんでいる時、娘はどんな気持ちでインターホンを押していたんだ……。
「やっさん、気にしちゃ駄目っすよ」
顔を上げるとチャラが笑っていた。
「いいっすか?基本的にこの世は生きている者のものっす。それを死者がどうにかしようと知ったこっちゃないっすよ。だって俺らは税金や色々なものを捧げて生きているんすからね。マイナスのものしか捧げていない死者の気持ちなんか考える必要ないっす」
「チャラ……チャラが賢く見える、病院に行かなきゃ」
「感動したんじゃないんすか!? まあ……そうはいっても気にするのがやっさんなんでしょうけど」
俺の何を知っているのかこのチャラは、そうなんだけどさ。
「知ってしまった以上早急に解決する……けど俺が入る前に起きていたあれこれもこの母娘の仕業なのか?だとしたら対話は無理だろうか」
独り言のようにそう呟くとチャラは再び真剣な顔をして、
「俺の推理と言うか妄想っすけど――」
そういうとチャラは自分の考えを語り始めた。
チャラ曰く、最初は娘の霊だけだったが凄惨な事件や新しく入居した人の恐怖もあって徐々に変な霊が集まってきてああなったと考えたようだ。つまり、色んな霊でカオスな状態、インターホンが無かったのでそこでは娘の意識も無かったと考える。で、俺が入居したが霊感ゼロで何も恐怖を感じなかったためか、あるいは俺の不思議守護霊パワーで全員除霊したのか分からないがとにかくカオス状態が無くなり最初、つまり娘の霊単体になって今回のインターホン事件が発生した、とのこと。
推測に推測を重ねるが俺は霊の悪意には鈍感だがそうでないものは感じ取れる、あるいはこの娘の霊が何かを伝えたかった為インターホンの音が俺にも聞こえる……という。逆に言うと俺も霊と対話をしたければそういう思いを乗せればできる……かもしれないらしい。
「凄いなチャラ! お前映画監督になれるぞ!」
「あの褒めてるんすかそれ? 褒めてるんでしょうね、やっさんだし……」
「当たり前だろ! あと俺のために色々調べたりありがとうな」
本心から礼をいい頭を下げる。本来なら俺がここまで調べなければならなかったことをチャラがやってくれたんだ。嬉しいという気持ちとともに自分が情けなくなる。
「あーもう、やっさんは真っ直ぐだからな……照れるなこれ」
頭を掻きながらチャラはそう呟いた。
「俺も水野も目先の除霊だけ考えてたなぁ……馬鹿だった」
「馬鹿なのは多分やっさんだけっすよ」
どういう意味、と聞こうとしたがそこで客が入ってきた。俺だけが馬鹿だと?
8回目のインターホンが鳴るだろう夜、水野にチャラの推測を話していた。荒唐無稽だが決して笑って流せない話を水野は黙って聞いていた。
「ごめんなさい!」
いきなり水野は頭を下げるが俺には何が何やら分からなかった。
「私も実はその新聞に辿り着いていたんです。昔の事件が原因かもしれないと思って……でもこれを言ってもし解決してしまうと、せっかく見つけた私の居場所がまた無くなっちゃうんじゃないかと思って……そう思うと言い出せませんでした。私最低な女です……」
そう言って肩を震わせる水野だが謝らなければならないのは俺の方だ。
「謝るのは俺の方だ、心地良い関係に甘えていてしまった。最近ではインターホンが鳴る日が楽しみになっていたんだ。さっさと告白でも何でもしてけりを付けるべきだったんだ!」
「え……?」
「あ……」
言ってしまった。もう少しムードとか告白の為のデートとか色々考えていたのに全部パーだ……。
「ふふ……ムードも何も無いですね」
さっきまで泣きそうだった水野が弾んだように言う。
「うるせえな、色々考えてたんだけど出ちまったんだよ」
頬を掻きながらそう言うと、
「田中さんらしいですよ……あの、告白してくれないんですか?」
首をかしげながらいたずらっぽく聞いてくる水野。
「全部解決したら言うよ」
そっぽを向きながらそれだけ言うと、
「じゃあ絶対解決しなければいけませんね」
そう水野は心強い笑みを浮かべた。
今夜は除霊というよりも対話を目指す。幽霊に対して強い意志や思いを乗せると伝わるらしいので、それを試す。
「お母さんはもういないんだよ。ここはもう君の住む場所じゃないんだよ。君は……死んじゃったんだよ」
そういったことを強く念じ呟く。もしかしたら豹変した霊が襲ってくるかもしれないが、その時は手に塩を塗しぶん殴る作戦だ。
ピンポーン……ピンポーン……
だが何も変わらなかった。着眼点は良いと思うんだが……。
9回目のインターホンが鳴るだろう夜、今度はオレンジジュースを注いで置いた。まずは話を聞いてもらうために子供が好きそうなもので釣る作戦だ。そのあと前回同様思いを伝える。
いつもの時間いつもの……
「あれ鳴らない!?」
「た……田中さんコップを見て下さい……」
何とコップのジュースが独りでに無くなっていっている!作戦成功だ、よし思いを伝えるぞ……。
「お母さんはもういないんだよ。ここはもう君の住む場所じゃないんだよ。君は……もう死んじゃったんだよ」
そう必死に呟いた。
ピンポーン……ピンポーン……ピンポーン……
え?3回?
「おい、お譲ちゃん?聞いてる?」
「……もういなくなったみたいですね。」
「今のは一体」
水野に疑問を投げかけると、
「推測ですが、一瞬意識を取り戻してオレンジジュースに向かったんでしょう。ですがその後はいつもの行動を取らされて……3回押したのは彼女なりの抵抗でしょう」
「誰に強制されているんだ?」
「幽霊は死の直前の行動を無意識に取ることがあるらしいです。つまり彼女を強制させているのは彼女自身……」
つまり、方向性は正しかったってことか!後はもっと彼女が楽しめるような場所を作ってやれば、そして会話の手段を確保すれば!
「やっさん、明日は8月13日……多分ラストチャンスっす」
「ああ……大丈夫だ、任せとけ」
確証はないがきっと大丈夫、そんな直感があった。
「やっさんがそう言うなら大丈夫そうっすね……そういや彼女とはどうなんすか?」
「全て解決するまでは告白しないって言った」
下を向きながらそう答えると、
「なるほど……って言ってるようなもんじゃないっすか!」
大笑いしながらチャラはそう言った。
「うるせえ! 言ってしまったもんはしょうがないだろ!」
恥ずかしすぎて俺も大声で叫んでしまった。
「それ、彼女は何て言ったんすか」
はーはーと息を整えながらそれでも聞いてくるチャラに対して
「じゃあ絶対解決しなければいけませんね、だってさ」
そう答えると、
「なんつうかもう……お似合いっすよ……」
はーあ、と疲れた様子で呟いた。
10回目のインターホンが鳴る夜、俺の部屋の前はカオスだった。レジャーシートの上にオレンジジュースにサイダー、それから子供が喜びそうな駄菓子もいっぱい置き、ケーキにろうそく、飾りつけもさながら誕生日会のようにおこない、極めつけはお人形をいくつか、キュウリとナスに割り箸を刺し、そして今回の切り札のこっくりさんシートならぬお嬢さんシートである。可愛いイラストがいっぱい入っているがこれは水野に描いてもらった。センスあるなこいつ。
「完璧だ……俺が女の子ならここで2晩は過ごせる!」
「それは女の子を馬鹿にしています……が、何だか楽しそうな雰囲気ですね」
俺を一瞬馬鹿にしたかと思うとすぐに持ち上げて微笑む水野はさながら小悪魔そのもの……とか思ってる辺りもう完全に落ちてるな俺。告白失敗したら立ち直れないかも……急に不安になってきた。
「田中さん? 大丈夫です、絶対上手く行きます。田中さんが自信満々じゃないと私まで不安になっちゃうじゃないですか、もう」
俺の心配部分と水野の心配部分がずれているんだが、除霊のほうは絶対上手くいくんだよ!問題は……いや今はそれに集中しよう。よし、そろそろ時間だ。
「打ち合わせ通り万が一にでも邪魔が入らないように水野は見張りを頼む」
「はい……」
と水野は不満顔だ。今回は邪魔が許されないので事前に管理人に相談し、この時間だけは出歩かないようにと通達してもらった。しかし、それを守るかどうかは分からないので水野には見張り役になってもらう。水野からは、私だけ安全なところなんて、と不満が出たが、凄い大事な役回りだと言う事を熱心に伝えると顔を赤くして水野は承諾した。これで水野の安全も守れて一石二鳥だ。
「本当に楽しいところですよここは。飾り付けやお菓子や……それはもちろんですがそれよりもきっと田中さんが居るからです。ちょっと馬鹿だけど真っ直ぐな方です、お金無いのに無理をして……貴方を楽しまそうとすっごく頑張ったんですよ。なのでどうか安心して楽しんでね」
水野は俺ではない誰かに微笑んで見張りに向かった。――さあ、楽しいパーティーの始まりだ!
いつもの時間、だがインターホンは鳴らない。その代わりに今日はサイダーが減っていっている。
「今日も来たな!ようこそパーティーへ。ここにはお菓子やジュース、ケーキに人形もあるんだ。どうぞ楽しんでいってくれ!」
俺には何も見えないが――きっと誰か居る空間に向かって――心底楽しそうに叫んだ。
「こういうのは思いが大切……集中……お嬢さんお嬢さんいらっしゃいますか?いらっしゃったらお返事ください」
もちろん本来のこっくりさんシートの使い方ではない、だが思いがあれば霊には伝わり反応するらしい。そのため会話ツールとして優れているであろうこっくりさんシート改めお嬢さんシートを作ったのだ。
『なあに』
来た!冷静に冷静に、そう意識しつつ質問をした。
「お嬢さんは誰ですか?」
『みう』
あの事件の娘の名前だ、間違いない。冷静に冷静に……。
「今日は何をしに来たの?」
『ならいごとがおわっていえにかえってきたの』
「でもここは今お兄さんが住んでいるんだ」
『なんで』
「あれからね、何年も経ったんだよ。みうちゃん、君の一番新しい記憶は何?」
『ならいごとがおわっていえにかえってきたの』
『どあがあいたらしらないおとこのひとがいたの』
『それで それで あれ』
やばいか?ここは一旦楽しい空間と言うことを思い出させないと!
「みうちゃんこれ見て、自分で作れるお菓子だよ」
『それで それで おもしろい』
何とか戻ったか……。中々緊張感があるなこれ。
「お人形遊びしながら質問してもいい?」
『いいよ』
「ありがとう。それでみうちゃん、男の人が居てどうしたの?」
『こわかった いたかった あんまりおぼえてない』
『そのことおもいだそうとすると ぼーとしてくる』
『でもなんだかいまはへいき わたしはしんじゃったんだね ありがとう おにいちゃん』
俺はどういたしまして、と言いながら考える。これはさっき水野が言っていた強制力が薄まっていると言うことかな。よし順調、まだ続けられそうだ。
『ケーキ たんじょうび あのひもそうだったの』
しばらくお人形遊びをしながら話を続けているとふいにそんな事を示した。え?と疑問をあらわすと続けて、
『わたしのたんじょうびだったの でもたべられなかった しんじゃったから』
何か……これ続けていると精神的に凄い来るものがあるな。でも最後までやらないと!
「そっか、じゃあ今日やろう! 今から火を付けるね、何歳になるのかな?」
『9さい』
「……そっか! じゃあ9本だね!」
ろうそくを挿しながら、こみ上げてくるものを抑えながら俺は歌う。
「ハッピーバースデーみうちゃん」
『ありがとう』
風も吹いていないのに9本のろうそくに付いた火はしっかりと消えた。
『あ おかあさん』
え?あのキュウリとナスが意味を成したのか!本来お盆の、先祖の為のものだが故人にも適用されるものでもある。だから母が成仏していたのならあるいは、ということで置いたものだが効果はあったようだ。
「お母さんはどこにいるの?」
『おにいさんのうしろ』
俺は慌てて後ろを向いて、
「どうもこんばんは」
そう普通に、あくまで普通に挨拶をした。
『こんばんは優しい方。娘がお世話になりました』
「いえ、とても礼儀正しいお嬢さんでこっちも楽しかったですよ」
本心からそう思う。こんな子が殺されるなんて……そう暗い気持ちになっていた時、
『おかあさん なんだか ひさしぶり あんしんする ねむい だっこ』
『あらあら相変わらず甘えっ子ね……』
『もうねるね おにいさん ほんとうに ありがとう』
今日何度目か分からないお礼を言われ何度目か分からない返事を返す。
「どういたしまして」
しばらく無言が続いたがふいに、
『娘はたった今いきました。私からもお礼を、何と言ったら良いのか』
と示した。
「お気になさらず、自分の為にやったことですから」
『それでもお礼を。こんな素敵な飾り付けにお菓子に……さっきまでの所に比べて、ここはとてもあったかい空間です。氷のように冷め切っていた心がとけていったのがわかりました、貴方の心のようです。また娘と会えて、娘は本来永遠にさまよい続けただろうに、無理だったのに無事にいけて……本当にありがとうございました』
「どういたしまして、お母さん。それから人生をハッピーに生きるコツは前向きに生きることですよ。それさえ忘れなければここを離れてもあったかい心でいられます」
そう少女の母親に微笑みかけると、
『うふふ、幽霊に変なことを言うんですね。でもその通りですね、向こうでも娘に会えるように前向きにいきます』
そういってお互いに笑った。確かにそう感じた。
『じゃあ私いきます、彼女とお幸せに』
あれ水野の存在に気付いていたのか。でも彼女じゃないんだけど……そんな顔をしていると、
『ずっとこちらを心配している気持ちを感じました。これで付きあっていないなんて罪作りな人ね……そろそろ限界、向こうから貴方たちの幸せを祈っています』
それを最後にお嬢さんシートは沈黙した。安心したのか精神力を使い切ったのか、俺はバタリと倒れこんだ。
「田中さん!? 大丈夫ですか!」
珍しく慌てた様子で水野が駆け寄ってくる。やべえ力がはいんねえ、けどやりきったぜ……。
「水野心配するな……ちょっと疲れただけだ。作戦は大成功、やったな」
息を切らしながらそう言うと
「馬鹿!無茶はしないって言ったのに……馬鹿」
そう罵倒しながら抱きしめてきた。俺からしたかったのに力がはいんねえ畜生。
しばらくそのままでいたら花火が上がった。そういや夏祭りだっけ今日。あの二人にも届いていると良いな。
それからしばらく2人で花火を見ていた。花火を見ている水野を見ていると、鼓動を聞いていると、温もりを感じていると、告白する為のデートとか考えていたのに思わず呟いてしまった。
「水野好きだ。付き合おう」
馬鹿だな俺、何回同じ失敗すれば気が済むんだよ。だがちょうど運良く花火に隠れて聞こえなかったんだろう。水野は何もリアクションをしなかった。それで良い。そう思って花火を見ていたら唇に柔らかい感触があった。
「こんなタイミングで言うなんて馬鹿、私が聞こえなかったらどうしてたんですか、もう」
そう言ってもう一度唇が重なった。