0分咲のチェリーブロッサム
ー2024年7月15日正午ー
「葉桜新党のような、仮装敵を作ることで支持を集める連中に、都政は任せられません!」
国立駅前、すっかり緑色になった桜と、ついこの前復活したばかりの三角屋根の下。社会共産党の候補者が演説を行っている。
人々は時間に追われ、また政治への無関心からか足も止めずに改札へ向かう。物言わずにただうごく案山子へ虚しく差し出し、また束に戻すチラシ係。しかし一人、フードを被った青年が彼に近付く。
「党員の方ですか?」
「え、ええ。よかったらこちら、どうぞ」
青年は、言い終わる前にチラシを取り上げ、地面に叩きつけ踏み荒らした。
それを見て、演説を行っていた候補者も目をそらし演説が止まる。それに反応し、街ゆく市民も青年に目をやった。
「特定の敵を作ることで、支持を集めることができる。非常に正しい。」
「そして、そんな手法で集めた支持には中身がない。これも正しい。」
青年は、静かに。そしてパフォーマンスによって得た瞬間的な主導権を持ってして一方的に語り出した。
「では、日本の党は”敵を作る側”と、それを制止しようとする側に完全に二分できるのかといえば、これは正しくない。現に君たち社共党は、総選挙の時には保守第1党を仮想敵とし野党の団結と銘打って自分の党へ票を集めるじゃないか。これはダブルスタンダードじゃないのかい?」
青年のあんまりな態度にチラシ係は激昂し反論する。
「団結は我々の象徴だ。人は互いに助け合い、意思を統合することでどこまでも強くなるのだ!」
「なるほど、であれば、それぞれの野党の間にあった意見の違いを一切合切無視して社共党へ表を集めさせたのにも納得がいく。野党というコミュニティーにおける意思の統合の過程と言えるだろう。」
「では、総選挙に立つ候補者と都知事選に立つ候補者で、先に述べたような意見の違いが発生するのは何故だ?」
ポケットに突っ込んでいた青年の手が、カッターを伴って露出する。
「社共党は最も分かりやすいコミュニティーだろう?コミュニタリアンなんだろう?君ら。」
「何を、、やめ、、」
無情に、カッターの角度は水平に近づいてゆく。
「なぁ、教えてくれよ。お前のいうコミュニズムとはなんだ。」
スマートフォンを取り出した群衆に撮影される中、体を前に突き出す風でフードは脱げ、青年の顔もあらわになりながら。
「なぁ」
チラシで防御する間も無く、カッターナイフは党員の胸を切り裂いた。
「、、、」
数秒、群衆は何が起きたのか理解することが出来なかった。
そして、事を理解してなお。悲鳴を上げるものは一人もおらず、ただ黙り込むのみであった。
「、、、私は!葉桜新党と日本自由党を支持します!」
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ー2024年8月1日ー
深夜のワイドショー。情報番組と謳いながら、情緒的に台本を読み上げるアナウンサー。
『犯人は半月が過ぎた今もなお逃亡中であり、また身元も確認できていません。』
『「えー」』
テンプレートの観客音声が、嫌そうな声を漏らす。
『犯行の様子はたくさんの通行人によって撮影され、各種SNSにアップロードされていますが、いずれも最後の支持声明以外の音声は収録できていないんですね。』
カメラがズームアウトし、大きなボードがアナウンサーと司会の前に現れる。
『通行人の証言から、犯人の主張を大まかにまとめました。』
アナウンサーがボードに貼られたシールを剥がす。
『社共党の団結の仕方が気にくわない』
そう読み上げると、すかさず司会がポンとボードを叩き、論客と視聴者の視界を集め、また思考を中断する。
『いやぁこれね、、、殺人犯が何を言っているんだって、話ですよね。』
そこまで見て気に食わなくなったので、俺は教えられた通りにリモコンを操作し、チャンネルを変えた。
『えー次のニュースです。先週起きた核融合炉暴走事件について。JAIVAは、研究担当チームの幹部を懲戒免職とし、研究員を半月の停職処分とすることを発表しました。これについてJAIVAエネルギー課長の淡路氏は、、、』
「、、、で、その幹部が君だと。」
「はい。」
「制御システムの不調と設備的な余裕の無さから、炉のキャパオーバーの反応を起こしてしまったと。」
「はい、」
「で、それが上層部の核融合発電に対する理解度の低さから来るものだと。」
「はい!」
「あのなぁ、、、」
「良いですか!?人類を核の脅威から救うのならば、核を完全に掌握するほか手立てはないんです!」
こいつを家へ上げてから、俺たちはあらかたの情報共有をした。まず、この世界は俺の元いた世界とは歴史が異なっていること。わかってはいたが、ここが未来の日本である事。そして、俺の生きた時代の少し後に登場した、核兵器なる新兵器についても。
「人類は歴史の節目で、自らの文明を滅ぼしかねない兵器を開発し、それと同時にその程度の兵器では破壊できないほどに文明と自らの技術を強化しました。この核兵器においても、例外ではないはずです。」
よく喋る娘だ。俺の生きた時代なら、女のくせにとすみに追いやられていただろう。たったの80年でここまで来るのは驚きかもしれない。
「宇宙へ進出する事です。人類の生存圏を地球からステーション、月、火星、太陽系へと広げる事で、核兵器の一発や二発で滅亡しない盤石な文明基盤を築くのです。私がJAIVAに属していたのは”それ”に関わるあらゆる面の科学技術に触れる事ができるからで、、、」
「待て待て。俺はついさっき核兵器という概念を覚えたばかりだ。あんまり畳みかけてくれるな。」
ソファーからいきなり立ち上がり、熱く語る彼女を俺は静止した。
「それに、さっき言ってたじゃないか。核融合反応が現実性を薄めるとかなんとか。それによって俺がこの世界に呼び出されたんだって?その理論に、俺のような異物は含まれているのか?」
「本来発生する現実改変なんて少し数値に揺らぎが発生するくらいなもんだったんですよ。まさかこれだけ露骨な改変が起こるだなんて思っても見なくて、、、」
急に静かになって座り直した。
彼女の話を総合すれば、彼女はもともと核融合発電開発の幹部級研究員だったらしい。その研究の過程で、計器に矛盾の生じるタイミングと実験のタイミングが重なることから、核融合が現実性を薄くしているという結論に至ったそうだ。しかしその理論は個人的な推察の域を出なかった。
「今回の現実改変に伴って、私はどんな改変が起こったのかを感覚的に察知したんです。そうしてあなたの所へやってきた。」
「待て、俺もこっちにきてからなぜかこちらの世界の知識がふつふつと浮き上がってくる。これは、お前のその症状と同じようなものなのか?」
正直言って、こちらにきてから1番の謎がそれだ。ほとんどのことは”時代が進んだから”で説明がつくがこればかりは説明がつかない。
「どうでしょうか。私の場合は、外から情報をインプットされた感覚でしたが。」
「いや、、、こちらはアウトプットと言うのだろうか。記憶を呼び覚まされるような感覚だった。」
「、、、ここに来る前にこの家の住人について調べたんです。結果、この家には元から日向隼人という人物が住んでいたことになっています。」
「どういうことだ?俺は、確かに帝国臣民の日向隼人だ。こんな時代に生まれた覚えはない。」
「官僚サンだったようです。それも、あなたの話すような人格の人間では辿らない、非常にクリーンな人生を送っていました。」
ますますわからない。ここは未来というだけでなく少し違った歴史をたどった異世界ということだが。前に気まぐれで読んだ小説で言っていたように、それぞれの世界には自分と似た別の人間がいるということか、、、?
「、、、これは私の妄想なのですが。」
黙り込む俺を見かねてか彼女がそう切り出す。
「クリーンな人生を生き、クリーンな人間を見る目で監視され続けた”こちらの日向隼人”は、もしかしたら、貴方のような人格になることを望んでいたのかもしれません。その想いが、別の世界線で死んだ貴方の魂を引き寄せたのかも。」
「、、、心理はわかるが。人の想いが、現実性云々なんぞというオカルトじみてはいても一応科学的で、物理的な現象に干渉するのか?」
「戦前の人間だから分かりませんか。人間の5感以外の超感覚、すなわち表層心理の把握することの出来ない微弱な、それでも生活と物理に影響を及ぼす未知の感覚については数十年前から常々研究されています。それが、磁場に鉄分が引き寄せられるかの如く現実改変を呼び集めたのかも。」
「またずいぶん胡散臭い話を、、、」
とはいえ、実際に俺がここにいる以上むげには出来ない話かもしれない、、、
「しかし、これなら生活の基礎的な記憶が呼び起こされることには説明がつくでしょう?」
「魂が入ってなお反射的なものとして肉体に刻まれている記憶だと?」
「はい。」
さて、もしそうだとすれば非常に面倒だ。この肉体の持ち主は、この世界ですでに社会的地位を築き上げている。ある程度のそれがなければむしろ困っていたところではあるが、これはこれで厄介だ。社会的地位があるということは、すなわち多くの人間との利害関係によって生活が成立しているということだ。そんな状態で、いきなり記憶という命綱を失ってしまった。また一から社会的地位を構築しなければならないが、そのためのスタートラインとなる資本が、手に取れる物理的な物のみでは、、、
「貴方のような人が独り言とは、よほど思いつめているご様子で。」
はにかみ混じりでそう、思考を遮られる。独り言を聞こうとしていたのか、顔が近く姿勢が前のめりだ。あの時、、、とは比べ物にもならないが、少々驚いた。
「、、、実際そうだろう。こちらにきてしまった以上、どうにかしてここで生活していかなければならない。残念なことに俺は、ただの一般人だ。」
これは俺の持論だが、人間の持つ能力の総和は誰もが一定に集約されると思う。能力がないのなら、能力のないことを力とする機会がその人生には幾度となく訪れる。その結果がフランス革命や、ロシア革命だろう。また、たまに極端な能力の割り振られ方をした人間が現れる。これが天才といった類の人間だ。
「都合よく人並み以上の才覚を持っているわけでもない。俺の能力は、言語に偏っている。言いくるめ、詐欺師と言った類の才能だ。逆に、それ以外の才能は絶望的にないのさ。外から見ればのし上がっているように見えていた俺の人生だが、言わせてもらえればいくつもの失敗と挫折があって、人格はここまで歪んでしまった。自由主義なんていう社会で、どうやって生きていけばいいんだ。」
それに、俺にはやりたい事がある。この国を、この国の腑抜けた衆愚政治を一括し、構築された民主主義社会を粉砕してやる事。
「、、、なら、私から提案があります。」
そう言うと顔を上げ、立ち上がって少し後ずさりする。
「、、、もうこの際、お前くらいしか頼れる人間がいない。なんでも言ってみろ。」
そう言うと、彼女は少し笑った。
「、、籍を入れましょう。」
、、、なんでもなんて、言ってない、、、。
核融合発電
その名の通り、核融合反応を利用する発電方法を指す。核分裂反応のような連鎖反応がなく、"理論上は"暴走が生じない。反応を維持するためには超高温度のプラズマや遠隔操作機能、それを保守する設備、制御するコンピューター・シミュレーション技術が必要とされ、そのためには巨大な設備と膨大な予算が必要とされる。
九州大学と核融合科学研究所は2015年、プラズマの流れが磁場の乱れによって脆弱化する事象の観測に成功。翌年、「文科省は2035年ごろの次世代炉建設を目指す予定」と日経新聞が報じた。
Wikipediaより引用