5年目のバルバロッサ
ー数ヶ月後ー
半年待てども亡命許可は下りず、ずっと部屋にいても気が滅入るので、食堂に腰をかけ何を食べるでもなく空を見上げていた。どこにいても見上げる空は同じ、とはよく言うが、、、
東方の空へ目を凝らせば、うっすらとではあるが、激しい空戦が繰り広げられているのが見える。一機、また一機とコントロールを失う。そのまま落下するものもいれば脱出する者もいるが、大抵のパラシュートが開かずそのまま落下。運良く開いたパラシュートには容赦無く戦闘機の機銃掃射が浴びせられていた。
やはり陸に国境線があるように、空にも違いはあるらしい。砲撃音等は聞こえてこないから、おそらく前線はより遠くにある、、、言い換えれば、最前線の制空権はボリシェヴィキが取っていると言うことだ。
「戦況は劣勢、、、ですか。」
「本来ならとっくに亡命申請も受理されて中各州へ避難いただいているところなんですがね、、、申し訳ありません。」
「いえいえ。察するに、官僚の方々も大変なのでしょ」
「そうなんですよ!軍部の圧力も日に日に強くなってくるし、特に最近は共産パルチの活動が各地で激化していましてね、、、」
言い終わる前に勝手に愚痴を零し始めた。
「そ、そうですか。」
来訪者に対して心を許しすぎじゃないか、、、?
「じきにここでの活動も頭を出し始めるでしょう。警戒を怠らないようにお願いしますね。」
「了解です。」
歴史にもしもは無い、、、とは言うが。もし日本が米国に屈せず独立を保ち、ドイツとともにボリシェヴィキを挟撃していればこうはならなかったのだろうな。
「、、、ここだけの話、この地域でのパルチザン達の動きが特にきな臭いんです。各地から戦闘要員を集め、同時に武器弾薬食料も集める動きが見られます。」
「風の噂では、モスクワ放送局が放棄を呼びかける放送を行っているとか?」
「それはまだ確認段階ですが、、、ハァ。頭痛が止みませんよ。」
今思えば、この時の俺は心の何処かで、まだバルバロッサが遠い話であると錯覚していた。
ー数日後、1944年8月1日ー
「一斉蜂起が始まりました、早くシェルターへ!」
夏の五時、あと少しで夕焼けが見えるかといつものように食堂で待機していたところを、いきなり連れ出された。当初は困惑したが、大使館の玄関に入った瞬間正面から銃撃を受け、すぐに自体を把握する。
俺は元軍人であり、彼はただの官僚である。このような事態が起きたのならば、合理的に考えて主導権は俺が取るべきだろう。最も、軍人としての俺は標準レベルになど達していなかったが。
「シェルターへの行き方は!」
「あそこの階段を降りて道なり、突き当りの左手扉の先にハッチと階段があります。」
「敵の数は。」
「視認できず。」
「了解。」
さてどうしたものか、、、今身を隠している場所から階段へ行くにはどうしても玄関正面を横切らなければならない。単純に横切れば奴らの小銃の餌食になる可能性が高い。一瞬でも視界を遮れないだろうか、、、
そんなことを考えた矢先、上空からヒュルヒュルと言う落下音が聞こえてくる。その音に驚いたのか一瞬銃撃が止んだ次の瞬間、玄関先が大爆発を起こした。
ソビエト軍の爆撃である。自分たちの仲間がいるって言うのに、容赦無く市街地を爆破しやがった。それはともかく、
「チャンスだ!走れ!」
敵の視界が遮られ銃撃が止んでいる今のうちに階段へ突っ走る。案外土煙というものはすぐに引くもので、階段へたどり着いた頃にはすっかり晴れて銃撃が始まっていた。それに追われるように無我夢中で階段を降り、廊下を走る。
「ついた、ここです!さぁ早く中へ。」
シェルターへ続く扉を護衛が開ける。全く自分が入ってから招き入れればいいものを。だが指摘する時間はない、寸分の迷いもなく俺はハッチのある小部屋へ滑り込んだ。その時、
「き、君は!」
そう護衛が叫んだ次の瞬間、1発の銃声が鳴る。直後、護衛は後ろに吹き飛ばされて廊下の突き当たりに体をぶつけ、俺の有視界上に再び姿を現した。
見事なヘッドショットである。
直撃したのか鼻は原型を止めておらず、目は半分飛び出ていた。
頭の内部で頭蓋骨が左右に開き、顔は不自然に横に広がっている。
完全に貫通しなかったのか。後頭部以外にもいくつか風穴が散見できる。そこから飛び出している組織は、おそらく脳味噌だ。
つい先刻まで共にいた護衛は、少し目を離した隙にカエルのように変わり果てた。
「ひ、、、」
戦場をしばらく離れていたためだろうか。見慣れた光景であるはずなのに、そんな声を漏らしてしまった。そして一瞬冷静な思考回路を失い、ハッチの前で立ち往生してしまう。
、、、が、十数秒立っても攻撃は来ない。しばらくそこから動けないでいると、再び1発の銃声が聞こえた。嫌な予感がして廊下を覗き込む。
「、、、女?」
右手に拳銃を、左手にカードを持った女が仰向けに倒れていた。こめかみからドクドクと血が流れている、おそらく自殺だ。
「何故、、、まさか」
左手に持っているカードを見る。
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ポーランド総督府分署 在ワルシャワ西ポーランド総督府職員
E[血糊]・Müller 「 顔写真 」
諸情報
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顔写真は、間違いなく護衛の物だ。嫌な予感がして彼女の拳銃のグリップを見ると、イニシャルが書かれていた。
『H・Mü』
ーー
「Смерть фашистам! ураааааааааааааааа!」
地上では、本格的な軍同士の戦闘が発生しているようだ。赤の津波の音が聞こえる。地上への脱出は絶望的だが、じきにここもアカ共に占拠されるだろう。
「、、、米帝のせいか。」
、、はたしてそうだろうか。このような地獄を私が見ることになった責任は誰にある。米国、英国、民主主義、統制派、、、
「、、、民衆?」
日本があの時衆愚体制になどならずに誰かがリーダーシップをとり、機敏な対応ができるようになっていれば。ソビエトを挟撃していれば!リットン調査団が石油を発見しなければ!米帝に密告しなければ!統制派が実権を握らなければ!
「、、、国民が、もっと賢ければ、、、」
歴史のもしもを想像してしまうのは、どうやら人間の性らしい。憎い。衆愚政治が憎い。米帝が憎い。ボリシェヴィキが憎い。いや、アカ共が憎い。パルチザンが憎い。
そして、、、どうしようもない馬鹿な民衆共が。
「憎い。」
足音が聞こえる。パルチザンのボロ靴や、官僚の革靴とは違う。これは軍靴の足音だ。
現地調達した拳銃。すでに何発か使われ、目と鼻の先で2発発砲したこの拳銃。残弾は残り1発、アカ一人に使うか。もしくはーー
ワルシャワ蜂起
第二次世界大戦後期、ナチスドイツ占領下のポーランド首都ワルシャワで起こった武装蜂起である。
7月29日にはモスクワ放送から放棄開始を呼びかけるラジオ放送が流れ続けており、1944年8月1日17時ちょうどに5万人ほどの国内軍が蜂起。橋、宮庁、駅、兵舎、補給所が襲撃された。
史実ではソビエト軍は蜂起直前に侵攻を停止しており、ヒトラーはこれにより赤軍は国内軍を支援する気がないと判断、命令を受けたドイツ軍はワルシャワを徹底破壊し蜂起は鎮圧された。
Wikipediaより引用