三人分のアーキペラゴ
登場人物のうち島の字が名前に入るものが3名いるためこのタイトルとなりました。彼の作家の名前と掛けていない。となれば嘘になりますが、前者が主体であることを銘記いたします。
ー1980年11月30日ー
東京、自衛隊市ヶ谷駐屯地。そこで起きた一連の騒動を鑑み、その登場人物のほとんどを、蔑視せざるを得なかった。そんな新聞記者はおそらく僕くらいなものだ。
、、皆狂ってる。
いや、正気じゃないだけだ。狂ってるなんて高尚な言葉を当てちゃいけない。僕は今日、極めて人を軽蔑した。
世界的な作家の、クーデター呼びかけならびに自刃。確実に全国、いや世界的なスクープになるだろう。だが、今のところ彼の主張はまともに検討されていない。誰も、きちんと彼の話を聞いていなかった。
無論、彼に同調するわけじゃない。だが、それに対する皆の反応は不健全極まりないものだ。気狂いと断ずるのも、憂国の士と評するのも傲慢が過ぎる。彼が犯罪者であることに変わりは無いし、彼の話が国家転覆を呼びかけるものであったことにも変わりは無い。
ならびに、誰もが彼の話をまともに聞かず、蔑ろにした事にも変わりはない。
この国の報道は間違っている。
ーー飛鳥部 周防の日誌より
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ー2024年8月5日ー
家に帰って来て扉に手をかけると、それに鍵がかかっていないことに気づく。急いで二階のリビングに上がった。泥棒か?などと思ったが、その心配はいらないようだ。ただ、視界に否応なく入ってくる彼女は見るからに衰弱している。
完全に黒かった髪は、先の方だけ茶色さがうかがえる。服はまさに適当。そして何より、顔には生気がない。死体のように、表情筋は緩みきっている。
「、、、一歩前進だ。都知事から報道へ圧力をかけてもらえることになった。これでしばらくは大人しくなるだろう。」
「そう明言されたんですか、、、?」
、、、無視してスーツを脱いで椅子の背に掛ける。
「明確に回答するまで、時間稼ぎができるはずです。圧力なんて、本来政治家はかけたがらないものなのでは?」
「そんなことより!、、、髪染めというのは、先の方から抜けて行くものなのか?」
彼女の髪を差しながら話をそらしにかかる。
「、、、どうも若い髪の毛でないと色を維持できないらしくて。」
「なるほど。」
そんな相槌など聞こえなかったかのように、彼女は自分語りを始めようとした。
「これだと、むしろ茶色に染めたみたいでしょう?それが嫌で、毎日黒く染めていたんです。」
イヤホンの音が大きすぎて聞き取れなかったのか?
「私が子供の頃なんか地毛証明書やらなんやらの手続きでよくごねて……」
「身の上話は、小説の中だけにしろ。どうあがいたって格好が悪いモンだ。というか、お前ならそれくらい分かっているだろ。」
彼女は俺の話を最後まで聞かず、イヤホンを耳にあてがったまま横になる。
、、、いけないな。人の心を掴むためには、身の上話は聞いてやるのが得策なのに。俺も精神が荒れているのだろうか。
彼女のイヤホンが、歌詞を聞き取れてしまうほどの音漏れを起こす。
、、、なるほど、今になって理解した。俺が前世でやっていたことと同じか。健全な心理状態であった俺は神崎伊代の歌詞を聴いて『壮大な曲だ』という感想を抱いた。だが、現在進行形で病んでいる人間にとってかの曲を聞くことは、自らと重ねることで行う『ある種の自傷行為』の種なのだ。
音漏れを起こすほど音量は大きいのに、彼女はそのまま眠ってしまった。
ー2024年8月5日ー
翌朝。職場での仕事の方をどうするか、という問題にそろそろぶち当たる頃だろう。たとえ都知事が早く動いてくれたとしても、それで抑えられるのは報道だけだ。俺の言いくるめでなんとかするが、数週間持つかどうか、、
そんなことを考えていると、電話が鳴る。
「はい。」
『日向くんの家で間違い無いな?三垂相模だ。葉桜新党総裁の。』
予想をはるかに超えた速さだ。だが、平静を装い対応する。
「あ、お世話になっております。三垂総裁。」
彼が役職名だけではなく、名前で呼ばれることを好むのも、霞が関で手に入れた本に書いてあった。
『単刀直入に言おう。例の件だがね、スポンサーを通して言っておいたよ。』
「ありがとうございます!なんとお礼を申し上げればよいか」
『”実名報道は控えろ。”とね。』
、、、ん?
待て待て。それでは、意味がないじゃないか。いや、報道に俺が操られることが無くなった、という点では前進かもしれないが、、、
『いやぁ、スクープを撮った雑誌と、ワイドショーをやっている会社が同じだったのは幸いだった。すでに、他のメディアにも根回しをしているところだ。礼には及ばんよ?』
本当に礼などできない。俺の手綱を奪っただけじゃないか。
『では、失礼。』
「あっ、ちょっ」
一方的に切りやがった。
「、、うまく行ったんですか?」
「いや、、」
事情を全て話すと、多摩は『そりゃそうなる』と、半ば嘲笑うように言った。
「結局、”基礎的な力”がなければどうしようもないんですよ。」
「、、、力は、結局全ての人間が同じ分だけ持つものだ。」
「そうですかね?」
この世界を作っているのは、気持ちの悪いほど合理的な力の拮抗だ。
「俺たちにも気づいていないだけで、まだ何らかの力が残っているはずだ。それを見つけ出せば、、、」
「ありますか?」
「、、、まぁ、ない事は無いんだが。」
「というと?」
ポケットに入れていた蓄音機を手にとって見せる。
「、、、部屋を出たあと、しばらく室内の会話を録音した。人が来たもんで途中までしか取れていないが、あとから再生すると、総裁が都知事を侮辱する言葉が入っていた。だが、、、」
「彼を攻撃したところで、何の意味もないのでは?」
何度も思案したことを再確認し、結局数秒静まり返った。しかし、そんな気まずく、どうしようもなく抜け出せないような状況は、大体が合理的な結末に収まるものだ。今回のそれは、開く引き戸の音から始まった。それに、多摩が答える。
「、、、ん、どうしたの?」
佐渡が起きて来たようだ。
考えてみれば、今が夏休みの期間で良かった。学費をしばらくは払わずに済む。それに、遅くに起きるようになるおかげで我々の会話を聞かれずに済む。
「それ、ちょうだい。」
そういうと佐渡は多摩の持っている板を指差してみせる。確か、スマーフォン、だったか。
「何するの?」
「神崎さんの動画を見る!」
「そっか、佐渡はこの曲が好きだね。」
「うん!」
全く。我々がこれだけ騒いでいるというのに、こいつは純粋に曲を愛するだけか。何だかもう虚しくなってくるな、、、
そんなことを考えていた矢先、何かを通知するような音がスマートフォンから鳴る。
「どうした。」
「メールです。知らないアドレスからですね、、[Tomorrow_shioki]。」
そのメールの内容を確認した時。俺たちは、ほぼ同じことを考えていた。
「、、、おい多摩。これは、、、」
「すぐにあなたの経歴を完全に調べ上げましょう!台本のための情報が必要です。」
すっかり回復した様子の彼女は、ハッと我に帰ってイヤホンの音量を下げた。
三島事件
1970年11月25日に、日本の作家・三島由紀夫が、憲法改正のため自衛隊の決起を呼びかけた後に割腹自殺をした事件である。三島の創設した「楯の会」の一部メンバーも参加したことから、「楯の会事件」とも呼ばれる。
これに関しては後書きの文字数では筆舌に尽くしがたいものがあるので、ぜひ各々で調べて欲しい。無論、彼の思想を肯定するわけではない。ただ、Wikipediaを参照して筆者の思った感想は、Wikipediaですら情緒的な書き方をしてしまうほど、彼の行動には人を入れ込ませる物があったということだった。
Wikipediaより引用