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5本と0のリスト・カット

ー1945年4月10日ー


自分語り、、か。


「どうしますか。」


「語らせておけ、どうせ暇だ。」


全く、捕虜の癖に幸福な奴だ。俺にだって。いや、誰にだって語りたい過去はある。まぁ、せめてもの救いか。最後に娯楽を提供してやろう。その自己顕示欲で持って。


「oreno…」


そうして、その男は。のちに日本中に爪痕を残すこととなるその男は静かに語り出した。


「俺の生まれは沖縄でな。祖父祖母から毎日毎日、旧琉球王朝の時代について聞かされて育ってきた。それはそれは素晴らしい時代であったと。それなのに、日本人に占領されて沖縄県としてひもじい思いをしている、とな。


だが、本土の役人や旅人がきた時にはそんなことは言わない。それどころか、『皇国の人間として誇りを持つ』なんて口々に言うんだ。幼少であった俺は、それはそれは戸惑った。客人がいる時に俺が琉球を褒めるような事を言えばこっぴどく叱られ、身内の時に帝国を褒めるような事を言えば殴られ、蹴られた。『帝国を褒めるという事は、つまり琉球を侮辱することと同じだ!』と。


俺は長年、どうしようもない圧に苦しめられて来た。何もかも、やる気が出なかった。そして、両手首の傷が合わせて5本になった頃、ようやく悟ったのさ。


上の立場にいる人間の言う事を、機械的に受け入れればいい。


自分の考えなんか持ってても、邪魔なだけだ。”真実”との違いで、苦しくなるだけなのさ。ただ言われた通り、指示された通りに動けばいい。喋ればいい、作ればいい、戦えばいい。そう思うと、自然となんでも出来た。推測するなら、おそらく何もやる気が起きなかった頃の反動、だろうか?


死にに行けと言われても、周りと違って特に何も感じなかった。そして今、長年敵と教えられて来た人間に捕まっても、一抹の寂しさくらいしか感じていない。俺はそんな人間なのさ。」


虐待され、その境遇を受け入れ、異質なまでに強く、そして脆くなった人間は実際のところそう珍しくもない。そもそも、軍人の訓練過程にもそのような側面はある。


だが、国のプロパガンダをものの数時間で払拭するほど”からっぽになる”のはなかなか珍しいかもしれない。話を聞いた私と、通訳を終えた部下は、その話を聞いて、ただ沈黙するしかなかった。


数十秒後、彼が再び口を開く。


「saadousuru…」


その言葉を聞いて、あまりに驚いている通訳に催促する。


「彼は何と言った。翻訳しろ。」


「ええと、、、」


「さぁどうする。大和型壱番艦大和の情報だけで、俺は用済みとして氷葬するのか?それとも、連邦の猟犬にしてもらえるというのであれば、俺はそれでもかまわない・・・と。」


「、、、」


「erabe. orenoinotihaanntaraganigitteirunnda. anntaragaerabebaii」


腕を広げて見せ、アピールするように語りかける。

我々は再び、ただ、沈黙した。


「俺の名前は神崎、神崎長門だ。」


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ー2024年8月3日ー


土曜日の朝。昨日のうちに偽装入籍は済ませ、今日は諸々の打ち合わせのため多摩がウチに来る。自分のその偏った才能から、異性と交際したことは何度かあれどその何れもが長続きしなかった。これが何度目か分からんし、今回はあくまで偽装だ。今更緊張することはない。それに、相手の弱さを突けたことで、俺はある程度の精神的安定を保っていた。


だが、一つおかしな点がある。あれから俺はただひたすらテレビから情報収集をしていたが。核融合炉事故についての報道は何度もあれど、大舎多摩の名前が出たのは数回のみだった。おかしい。彼女が言うほどの社会的制裁と言えるだろうか?


確かにしばらくは職にあぶれるかもしれないが、彼女が生活する分にはそこまででもない気がする。一体何故、、


そんな事を考えていると、インターホンが鳴り、俺は思考を止めて鍵を開ける。


「お邪魔しまーす!」


「ああ。今日は相談の他にも色々聞きたい事が、、、」


そして彼女に続いて小さな男子が入って来た。


「、、、え?」


「紹介します!大舎、、、いえ、日向佐渡くん。私の愛息子です。」


、、、け、


「結局地名じゃないか、、、」


========================


ー2019年4月2日ー


社共党員襲撃事件の約5年前。


今帰仁城跡。長期改修工事の名目で人の立ち入りが制限されているこの城跡の石垣に、人知れず作られた地下壕。その複雑に作られたまさに地下要塞と呼ぶに相応しい穴ボコの一室で、一人の白人男性が目を覚ます。


「やぁ、色々聞かせてもらったよ。あなたは非常に正しい判断をした。」


僕がそう煽ると彼は抵抗の様子を見せるが、何かを思い出したように動きを制止すると、すぐに自らの置かれている状況を把握したようだった。


地面にしっかり固定されたパイプ椅子に、これまたしっかり拘束されている。二の腕の付け根と手首は肘掛けに縛り付けられ、まくられた袖の下にはいくつかの注射痕が見られる。


「自白剤、、、やっぱりお前ら、ただの残党ゲリラなんかじゃないな。」


「残念だが、今あなたが正しい情報を知ったところで、それをラングレーへ持ち帰ることは不可能。」


そう言って、彼の二の腕へテトロドトキシンの入った注射器をあてがう。


「さて、あなたを生かした理由は、今回の総括を行うためだ。」


「僕があなたを追い詰めた時、あなたはこう言った。


待て。せめて、新しい元号が発表されるまで待たせてくれ。それを見届ければ、あとは煮るなり焼くなり好きにしろ。


と。無論、僕は聴く耳を持たず一瞬であなたを気絶させたわけだが。」


全く。CIAは、常に合理的な判断をする優秀なエージェントを持っていると聞いていたけど。


「その数秒の間に、何か一発逆転のチャンスでも作るつもりだったのかな?残念だが、既に”彼ら”は始末積みだった。」


「馬鹿な。じゃぁ、あの定期連絡通信は。」


「さぁ、何だろうな?」


彼は非常に困惑した様相を見せる。やはり、彼はエージェントの中でも下っ端か。『ただの残党ゲリラ』という評価にも違和感があったが、中国情報部隊の関与を微塵も知らなかったか。ということは、おそらく今回の部隊は捨て石とみて正しいか。


これから忙しくなりそうだ。


「さて。我々にも余裕がなくなって来た、そろそろあなたを始末させてもらうよ。」


注射器を持つ手に力を入れる。

資本主義者への恨みを常に持て、だったか。指示は。


「あ、そうだ。僕はもう知ってるんだ!新しい元号を。どうだい、知りたいかい?」


そう揺さぶって見せるが、彼は一言も発しない。しかし、表情が少し動いてしまう。やはり下っ端で間違いなさそうだ。


「そうかそうか知りたいか!」


注射器の針を静脈へ差し込む。


「、、、教えてあげない。」


学習したのか、馬鹿の一つ覚えだな。今度は表情一つ動かさない。


「それじゃぁ、そうだなぁ。代わりに僕の名前を教えてあげよう。最も屈辱的な最期をあなたに与えよう。非常に正しい判断だとはーー」


そして、テトロドトキシンを流し込んだ。


「思わないかい!?」


「ぐっ、ぐえ、が、げ、、、が、ぎ、、、、」


彼の表情が一瞬でサンゴ礁のように歪む。かの有名な神経毒、摂取した人間を呼吸困難に陥れ死に至らしめる劇薬だ。この反応が、非常に正しい。


「僕の名前は、神崎未筑だ。未熟の未に、中国楽器の筑。神崎は、、、かの有名な山岳ベース論の立案者、神崎長門の姓だ。じゃ、ゴッドとやらによろしく。」


そんな事を言い終わる頃には、すでにうめき声も発せずに。


「、、、ガガーリンの制した宇宙(ソラ)に、神などいなかったがね。」


令和。統率された平穏、、、か。社会主義らしい、僕は好きだな。



数日後、エメラルドビーチ沖。神経毒を持つクラゲに刺された観光客のアメリカ人男性が、遺体となって発見された。

今帰仁城(なきじんぐすく)


別名北山城、沖縄県国頭郡今帰仁村に位置する城跡である。14世紀、琉球王朝成立以前に存在した北山王朝の居城であった。城内からは中国や東南アジアなどの陶磁器が多く出土し、往時の繁栄をうかがわせる。


現在も様々な整備がなされ、1972年に史跡、2000にはユネスコ文化世界遺産に登録される。戦後に作られた白の中心へと向かい階段の両サイドには寒緋桜の並木があり、毎年一月〜二月初めに開花、桜の名所としても知られる。


Wikipediaより引用

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