第九話 「能力」
直ぐそこまで蟻地獄は来ている……こちらは狼が走っているがそれでもあの巨体に追いかけられてはこちらが持たない。何とかしなくてはいけないが……。
「――――――!!!」
狼は何かに気付く……いや、感じ取り、限界まで加速する。
そして、蟻地獄との距離をとんでもないスピードで開く。
「―――――――!?」
驚いた。それが出来るなら最初からやってほしかったものだが……それより今は何故このタイミングで狼が加速したのが気になる。何か他の緊急を要する事態でも起こったのだろうか?
―――――――まさか、メイベーに何か危険が? だったら急がなくてはならない。今、僕が出来るのは……同類と交信し、説得するしかない。
そう、それが今できる僕の行動だ。
あれからいくつの時間が経ったんだろうか、左腕に激痛が走ったが時が経ち、左腕から痛みはおろか、感覚も感じなくなってきた……ちょっとヤバいかも。
目の前はまだ暗いし、身体も動く気配もない。意識も少しずつ薄れてきている……この状態になってからだろうか、さっきまで楽しいか、悲しいか、それしか考えてなかったのに今はどうだろう。まるで人が変わったみたいに考えていることが違う。少し大人になったみたいで嫌だった。
さて、今はこの状況を変えなくてはいけないのだが……結論から言えば自分ではどうにもできない。
身体が動かない、視界は黒のみで未だに回復の兆しは見えず、外の音も僅かしか聞こえない。騒音レベルの音ならハッキリと聞こえるが……先ほどの大きい揺れが起きた時の衝撃の音しか聞き取れなかった。
この状態で、無理やりにも打破しろと言われても何も出来ない。誰か助けてくれ。そう言いたいが、この世界に人がいないのは分かっている。以前に見た遺跡や街の存在は気になるが現状はそれに浸ってる時間も許してくれない。
早く何とかしなくては。あの夢?であったヌパーが居れば状況は変わるかもしれないが……あの場所での出来事はホントに夢に近い。腹も減り、喉も渇いていたが、唯一、全力疾走で走っていたのにも関わらず、一切の疲労を感じなかったのである。
何故、疲労だけ感じなく、それ以外の機能が正常に動いたのかは不明だが、現状況ではこれだけでも夢と断定して気持ちを切り替えるしかない。
せめて……せめて目が見えれば何とかなったかもしれない。例え、動かなくても模様さえあれば、それを視認すればこの状況を打開できる……何故かは知らないが、メイベーにはそれを出来る謎の自信があった。
『……!?』
この気配……あの狼か! だが何故、今俺は狼の存在を感じ取れた……?
―――――――この状態になってから全てがおかしい。 この世界自体が異常でおかしい事なのだがそれには慣れた……問題は、この世界と言うより俺が置かれている現状だ。 誰がここに転生させた? その人物は何故あの赤ん坊を助けるのにこんな回りくどい真似をする?……そして、俺は誰だ?
そう、一番最後の疑問が今の俺にとって何よりも早く解決したい謎だった。 確かに、赤ん坊を救う事も大事だ。 あの親を悲しませたくない。 だが俺は何だ? 突然、ここに転生という方法で飛ばされ、この世界を旅しなければ赤ん坊を救えない。
そして、その重大な使命を俺に託された……それは良い、だが俺は俺についての記憶が一切ない。 何回も何故?と問いたくなる疑問だ。 俺に何があった、赤ん坊を救うチャンスを何故あの親にではなく、俺なんだ……。
もう一つの疑問もあった。 それは、俺が見た恐らく赤ん坊が死にかけている過去の記憶の中で俺はどういった経緯であそこにいたのかだ。 身体は動かず、声も発す事もできない。 今と同じ状況だ。 何の説明もなく、俺に何かを期待してその何かをやらせようとする。 何を考えたらこんな事になった?
これを仕組んだ奴が居るのは分かっている。 だから、その本人がやってくれれば良い物を……こんな事態になっているという事は出来ないという事を言ってるのと同じなのは分かっているが……。
今度は、右腕の激痛がメイベーを襲った。
(!?……クソッ! 何なんだよ!? 何でこんな目に遭わなきゃいけない!? 俺が何かしたのか!? 俺の知らない記憶は何かしたのか!? 犯罪とかを起こしたからこんなことになったのか!? だったら良い。 だが俺は何も知らない。 真実を何一つ掴んでいない。 だから、こんなところで終わるわけにはいかない!)
右腕の激痛も消え、感覚を失った。 そして直ぐに右足の痛みが全身が駆け巡る。
(グハッ!? ハァ……ハァ……もう……ダメかもな。 やっぱりこんな状況、変えられないよな……)
彼は諦め掛けていた。本当の地獄を彼はまだ味わってすらいないのに。
ハァ……そういえば、この世界に来てまだ1日も経ってないんだったなぁ。 クソ長いな……それにしてもあの狼と狐……九尾だったけか、何で俺を助けてくれたんだろう? この旅を仕組んだ奴の仕業にしても妙に俺に優しかったな、何故だろうか……考えても埒が明かない、どうせ死ぬんだ……ああいう神秘的な生物ともう少し触れたかった気がするなぁ、この世界なら不可能ではなさそうだし。
すると、突然、頭に情報が送られてくる。
―――――――!? 起きろ? どういう事だ? それが出来たら苦労しない……!?
激痛が走った腕と足に感覚が戻り、微かだが動くことが出来ていた。さっきの情報を機にこうなったのか?……! 瞼も少しずつ動いてきている! これなら!
ゆっくりと……ではなく、勢いよく目を見開いた。
「――――――!? 嘘だろ……!?」
自身の目の先は、黒いローブを着た老婆のような何かを確認した。
「何だあんたは!?」
老婆は顔を近付ける。ローブで絶妙なバランスで顔が見えない。
だが、メイベーの顔と十センチくらいの距離まで来て、その素顔を拝めた……できれば拝みたくなかったが。
そこには人が人である顔を保っておらず、いくつもの触手が球状になり渦巻いていた。
「クッ……!」
身体は普通に動く分に問題なかった。老婆の怪人を振り切り、距離を取る。
……!!!……伝わってくる 心臓の奥底から湧き上がってくる灼熱の業火を その業火が俺に新たなる段階へと誘う 自分の身体に流れ込んでくるこの情報は……
「――――――! あれか!」
見えにくかったが、木々の中にその存在を確認した……あれは、何の模様だ? 多分だが、八本の頭と八本の尻尾みたいな模様だ。
そして、少年は送られてきた情報に導かれるように手馴れているように右手を動かし宙に何かを描き始めた。
それは至ってシンプルだった。 線を引いては直角に曲げてはまた線を引く、そして出来た形は「鍵」だった。
だが、老婆の怪人がこちらに襲い掛かる。 いくつもの触覚がメイベーを捕らえようとするが……。
それは狼の牙によって切り裂かれ、阻止された。
「ヌパー……!」
「ヌパッ!」
狼の背中から降り、こちらと合流する。
今なら……!
手でワンアクションを行い、模様へと指差した方向へ、鍵は飛んで行った。
鍵が模様へとぶつかり、光の粒子となって模様と共に消滅した。
瞬間、この大陸は大きく揺れた。
「「!?」」
「………」
揺れが収まった後、狼を除いた皆が驚愕した、そして老婆の怪人は絶望した。
八本の頭、八本の尻尾、この巨体……八岐大蛇だ。
その口には、大きな角みたいなのが咥えられていた。
「!」
ヌパーは気付いた。そう、この角はあの蟻地獄のモノだ……こいつがあの一瞬でやったのか?
まだ喰ったわけではなく、少し遠い所に無様にも倒れていた。
そして、メイベーはこの現状になった原因に気付いた。自分自身なのは分かっている。あとは何故自分が出来たかだ。
答えは簡単だ。メイベーに「能力」があったからだ。それもかなり稀な特異能力だ、それは……
「神話……操作……?」
そう、今まで触れていたあの模様が直接、彼らを召喚していたのではない。そう信じたメイベー自身がその手段に「する」という思い込みによって召喚したのだ。
模様に触れる事で最低限の召喚条件はクリアしていた。模様というきっかけを用い、メイベーが直接召喚していた……それも無意識の内にだ。
「俺……何でこんな能力……ウッ!」
ここで意識が朦朧し始め、一瞬だが意識が途絶える。
「……?……!!」
危うく忘れかけるところだがメイベーは思い出した。
僕は、確か色んな生物を呼べる力があるんだっけ……それも架空の、神話上の生物でも何でも呼べる! それに限界はないんだっけ……あれ、記憶が曖昧だなぁ……
「ヌパー、来てくれてありが……!?」
あれ!? 普通に喋れてる? おかしいな さっきまで片言ぐらいしか喋れなかったのに……もしかしてさっきの変な喋り方のせいかな? 何で喋っちゃったんだろう……
更なる謎がメイベーを真実へ駆り立てるが……。
「……お腹、減ったぁ」
「ヌパ!」
八岐大蛇の方へ振り向くと、八岐大蛇は死骸になった蟻地獄を喰らっていた、少しうるさい。それに、食べる音が気持ち悪い……けど、助けてくれてありがとう……口元から触手が見えるな……もうあの老婆の怪人を喰らい殺したんだ……。
「……狼ちゃん?」
狼はいなくなっていた……まぁ、いつもの事だからまた助けが必要な時に来てくれるだろう……うん? 狼は呼んでない気がするけど……もしかして自分で来れるのかな?……早く食べよ
夜も暗く、そろそろ寝なければならない。ヌパーの仲間?が寝ている間、守ってくれるらしい。そうして、近くに無事を確認されたカバンから食料を取り出し、食事を済ませ、狼と同様に八岐大蛇が消えるのを見送ったメイベーは、この世界に来て初めてゆっくりと眠った。