第五十四話「反転」
「無視して良いのかい?」
「勿論だ。 あんな物騒な奴らは放置しとくに限る」
マールたちは怪人二体に能力者から逃げ続ける。どこか目的地があるわけではない。むしろ、さっきまで居た場所が目的地だ。
(雪山へ移動したことに何か意味があれば良いんだがな……)
さて、このまま下山するのも一つの選択肢かもしれないが、生憎吹雪が酷いため下が見えん。許容量がオーバーしかけている脳が下した決断はやはり上へ登ることだ。
特に理由があるわけではないが、とりあえず何とかなるだろうという適当な安心感でやっている……こいつらに影響されたのだろうか。
最近、考える内容もどんど簡略化しているような……それ以前にこのメンバーに山に詳しい奴はいなかった。登山でも趣味にしてれば良かったか?
などと今後絶対にしないであろう事を考えながら、周りに危険がないかを警戒し慎重に進んでいく。
「……なぁ、お前らは何か打開策かなにかを思いついたりしないか?」
「打開策……ですか。 難しいですね、とにかく逃げることしか……」
「……ねぇ」
ここで、ハロルドが口を開く。という事は打開策かそれでないにせよ、何か思い当たる節があるようだ。
「どうした……?」
「ここの先、洞窟、ある」
一同はハロルドの言う洞窟に着いた。どうやら、本当に現実世界のあの雪山と似たような構造のようだ。
「うぅ……寒っ」
「――――――どうやら、追ってこなさそうですね。 あのおっかない方に感謝です……」
「オペ……カバン」
「……うん」
カバンを受け取ったマール・ボルカトフは中を漁り、そこから木材と新聞紙にライターを取り出した。
「……薪ですか」
「ああ、一瞬ストーブでもと思ったが、電源と大きさがな……」
「もり、き……いっぱいある……あ……ぬれて」
そうだ、濡れてるんだ。こんなにいっぱい雪降ってると木で火を起こすの難しいよね。
オペがそうボーっと考えてる間にマール・ボルカトフは木材にライターを付けた。
「……新聞紙はどうするんです?」
「ん……待て」
するとマール・ボルカトフは洞窟内の岩に背中を預け、新聞を読み始めた。
「えぇ……」
「――――――読みたいんだ、すまん」
「いぇ……外の情報を得るという点では有効かと。 日付はどうなんです?」
「ちゃんと2015年の、それもつい最近のだ」
「……よめない」
「僕も読めない」
オペはまだ現実世界では赤ん坊であり読めないのは当然であり、読めたらむしろお前は何をしたんだと言いたいレベルだ。ハロルドは……まぁ、就学前なのだろう。読めないと言いつつも、一部の単語は言えていることからそうなんだろう。
(うーん、あの町周辺だが、そのせいか大したニュースは……ん?)
必然と言うべきか。そこには雪山にて赤ん坊が遭難、救助隊が向かおうとするも尋常ではない猛吹雪に阻まれ、事態は一向に進展しない。果たして赤ん坊の安否は? などと書かれていた。
「――――――今言った通りに我々の過ごした時間と大差はあるが、大きくはずれていない。 にしても……眠いな」
「そう……ですね。 この世界は1日の周期が長い……ですしね」
「……少しここで休憩を取る。 1時間ほどだ、終わったらまた登るぞ」
オペもといフレゴ・メイベーの両親と弟はどう動いているか。それに現実世界での本来の“私”もどうしているか。流石に事態終息に向けて対策はぐらいは練っていると思うが……。
マール・ボルカトフは自分を最初の見張り役として買って出た。自身の考えを纏めるためだ。
「………」
この些細な問題を解決して、世界を創れる装置を開発した本当の目的を果たさねばならない。
(もう少しで……もう少しでここまで生きてきた意味が生まれるんだ)
「………」
男は皺を寄せた表情で今の事態に困惑していた。そう、確かに予想外を期待したのは事実だ。“これ”もその一つだ。だがアレからの介入はさらにこの先の運命を見えなくする。
完全だったこの世界に誰も知らない何かが誕生した。してしまった。嗚呼、忌々しい。嗚呼、最高に良い気分だ。
この世界を滅ぼそう。この世界を守ろう。そうだ、新たな試練だ。新たな……新たな……!?
この異世界の先を、未来を見た。何だこれは……滅んでも、完全に守られてもいない。ここだけにある……進化。進化しようと抗っている世界だ。
なるほど、彼等の、赤ん坊の物語は締めた方が良いみたいだ。あの赤ん坊の存在は……今後、全ての者の運命を左右する力を持っている。
だから終わらせるんだ。全知全能の範囲を超える彼等を見過ごしてはいけない。今の彼等が突き進めば――――――――――――“全ての世界が消滅する”。