第四十七話「天命」
色んな過程をすっ飛ばして、特訓場は完成した。
「よぉし、行くぞー」
「……うん」
オペは緊張するその思いを胸に秘め、深く呼吸を整える。自分の内にある神話操作をコントロール出来る様にするんだ。それが今の僕に出来る事。みんなを救い出す道。
「集中力だ。 まずお前に必要なのはそれだ、では……」
マール・ボルカトフはそういうと初級という事だろうか。カバンをゴソゴソと漁り、そこから何やら森の絵が描かれた箱を取り出してきた。
「……?」
彼はその箱を開けた。すると、そこにはいくつものピースが散りばめられていた。
「なに……これ」
「パズルだ、元が赤ん坊なら基礎の基礎からだ。 感覚からお前を鍛える」
時間は限りなく少ない。しかし、それを補う力は今のオペには存在しない。だからこその特訓、生まれて半年も経っていない少年の姿をした赤ん坊を成長させるにはその少ない時間で確実な進歩をさせる。そう上手くいくのが望ましいがそんなことはなかった。
「パ……ズル。 パズ……ル」
頭の中では理解しているのかしていないのか、後者だろう。非常に困った事態だ。少年としての精神が徐々に薄れてしまっている。七歳ぐらいの少年ならもう少し利己的に見えるはずだ。そうでなくても問題は深刻だ。どうしたものか……。
「………」
その時だ。羽ばたく翼の音が聞こえたのは。
「――――――これは」
空を見上げる。その大空には見覚えのある顔の人物は背中の翼を羽ばたかせていた。しかし、姿は決定的に違っていた。確か、私の知るルシファーは黒ずんではいたが、あそこまで下品に真っ黒ではなかった。黒く汚れてはいたが元の白き翼である事は明確に判別できる位の黒さだった。
全身も妙に刺々しくあからさまな悪魔のような姿をしていた。
(――――――嫌な予感がするのは気の所為か?)
その禍々しい姿のルシファーはオペたちへと突撃し、その手に持ったエクスカリバーを振りかざした。
「オペ……!!!」
咄嗟の判断でオペを庇うようにマール・ボルカトフは飛び付く。
「ふぐッ……!?」
「ゲホッ……すまん―――――――で、キミは今まで何をしてたんだい?」
翼をしまい、赤くこちらを見据えるその瞳には明確な殺意があった。予断を許すことのない瞳だ。
オペを自分の背中へ、私自身も神話操作を使えるはずだ。この世界では大丈夫。と緊迫した状況が一瞬ではあるが誕生してるが……。
「ルシ……ファーさん?」
「――――――あ、どこかで会いましたよね? 非常に脳が訴えています。 そちらの方は……うーん、どうも貴方様に関しては“二人”と記憶してるんですよねぇ~」
場は一変とした。殺意を向けていたルシファーの瞳には優しさが込められており、一瞬にして懐かしの再会で埋め尽くされた。
「……こわくない?」
「うん、こわくない。 キミたちがそこまで何か出来るような人間には見えないし、何もしないよ」
「!!!……ルシ、氏!」
「う、うん。 ルシ氏……まぁ、良いでしょう。 ところでこの世界は邪悪な人間によって滅ぼされようとしてるんですよね?」
――――――? こいつは何を言っている? この世界で人間と言える人間はオペぐらいだ。残りは化物か実態のない亡霊だ。私自身もその亡霊という事になる。
「……何の事か知らないが、記憶違いでここまで来てるんじゃないか」
「?……どういう事です? 私はローブを着た男の人から事情を聞いて、ここまで来たのですが」
となると、説明しなくてはならない。またか、この世界に来てから私は何回ぐらい説明をした……まぁ、良いだろう。彼は一々、質問されるのが面倒くさかったので最初から最後まで話せる全てをぶちまけた。
「へ?……私が聞いたのと随分と違いますねぇ。 貴方方を殺せば救われるとその男性からお願いされたのですが……」
流石に現状を聞き、整理しているのか、エクスカリバーを適当に地面に突き刺し放置気味に思考していた。
「うーん、頭が頭痛していて痛い。 それぐらいに痛いんだけど、なんでかな?」
「ハァ……そこの切り株に座れ。 診てやるから」
優しい。素直にそう感じたルシファーは特に抵抗するわけでもなく、切り株に座る。そして、マール・ボルカトフによる簡易な治療が始まった。
「それにしてもあの男は何だったんだろうねぇ」
「私に言われてもな」
カバンから頭痛薬を取り出し、彼に飲ませる。
「医者の経験がおありで?」
「あるわけないだろう、適当にやってるだけだ。 熱も何もないし、軽い風邪だろ」
それでも痛いのは変わりない。だから困っているのだが……だが……。
「?……どうした?」
異常を察知したマールは少しずつ後ろへと下がり、オペを庇う態勢に入る。
「えー、何と言いますか。 身体が自由を利きません。 何故かは知らないけど、この身体が貴方方を殺そうと必死です」
「………」
「なんとかならないの……?」
ルシファーはエクスカリバーを構えて襲い掛かるが、そこに漂う空気は何とも言えない和んだ雰囲気であった。
その光景を見つめる者が一人。
「……嘘だろ……」
などと適当に呟くヴァーザーは想定と違った事に少し驚いている。問答無用のルシファーが彼等を襲い、マールたちが多少の命乞いをすると思っていたが、そんなことはなかった。
それどころか、遊んでいるような風景に見えて仕方がない。ルシファーの動きはぎこちなくだらけている様にその剣を振るっている。
続けて、オペとマールは「わー。 やー。」などと叫んですらいない棒気味の声を放っている。
「………」
動揺しながらも、これも彼等の運命と納得させて、事の顛末を見守るヴァーザーであった。