第四十二話「忘却」
暗き道をルシファーは歩き続ける。果てしない闇が支配する空間で彼は臆することなくその歩みを止めない。
「………」
歩き続けて既に一時間は経過している。それでもこの長い道に終わりは見えてこない。弱り切ったこの身体では超常的能力を使った打開策は難しいだろう。
なら、どうするか。それが今の私に課せられた試練だ。さて、本当にどうしたものか。
現在の私が本当に“生きている”かでさえ判明していない。分かっているのはこれが異常事態だと言う事。出なければ、何故このような場所に堕天使一人が取り残されているのか、模造品であるなら壊されたら酷似した品ならともかく、全く以て同じ状態で再び意識を覚醒させるなんて奇跡としか言いようがない
……いや、仮にここが私が元々呼ばれた世界と同じなら。
そうだ、どんな環境であれ私が生きる事を“望む者”が居て、望んだ結果でこんな感じにはなっているがそれでも私が生きている。それはきっと……。
「オペ……」
彼はまだ生きている。諦めてなんかいない。あの絶望を乗り越えて、まだ生きたいと足掻こうと。みんなを救いたいと言う、それだけの願いで少年は今、一人であの世界を彷徨っているのかもしれない。だとしたら危険だ。彼が世界の主であろうとも今はあの男にそのほとんどを奪われている。しかし、異常事態が起こっているという事は奴は完全にこの夢を支配できていないと言う推測も可能だ。
考えれば考える程に淡い希望は満ちていく。きっとこの人格もオペ由来なのだろう。幼い故の無知の無邪気さなのかもしれない。しかし、今はそれが何よりのポジティブに物事を考えるのに最適で必要なのだ。私も早くこんなところから出なければ……。
しかし、本当に脱出方法に見当がつかない。未だにこの暗き道を突き進んでいるが一筋の光すら漏れない。
(……このままではダメだ)
多少の無理を承知で魔力を使うか? けれど、それによって突破できる保証はどこにもないし仮に成功してもその時、私自身が無事で居るかでさえ不確定だ。なら、どうする?
時間に猶予があるとは思えない。このままこの空間に留まっていれば良からぬ悪夢が襲い掛かる可能性も。と考えると答えは絞られてくるわけだが……。
「……ッ!!!」
手始めに光を灯す。どれだけの暗闇だろうと目映い輝きを遮る事は出来ない。確かな真実を目の前に照らしてくれる。
身体中の魔力を右手の一点に集中させる。徐々に魔力は増大し、紫の球体を形成し始める。周辺を照らしているがこれだけでは足りない。もっとだ。
しばらくし、莫大な量となった魔の球体はこの暗闇を一掃した。
「……!?」
と、それに反応したのか。複数の矢がルシファーを襲った。
「グハッ……」
身体中にその矢は突き刺さる。辺りからは完全な暗闇がなくなり、ローブを着た弓兵たちがうようよ居た。
「……ハァ」
このまま戦うかと思うとうんざりした思いがこみ上げてくる。あの男の仕業にせよ、今更だ。人型の敵だなんて。思えばまともに仲間以外の人を見た。私の所に邪魔が入ったと言う事はオペの所にも既に来ているはず。早く突破せねば。
「……!!!」
明るみになったところで見える範囲でのソレに気付いた。少し刃こぼれが起きているものの周りの奴等と戦うには支障はないだろう。
「……ハッ―――――」
精一杯の力を振り絞って、ルシファーは“エクスカリバー”の元へと跳び、その剣を手に取る。
相変わらず、手に握れば相反する魔力のせいでヒリヒリする。だがその名に恥じぬ高性能を誇る。模造品であろうとそれは変わらぬ。
堕天使は一息つき、そのボロボロの見た目からは想像の付かない華麗な“舞”をしてみせ。弓兵たちは翻弄されながらも彼の舞台に飲み込まれていった。
「ハァ……ハァ……」
膝に手をつくオペ、マール・ボルカトフは疲れてはいるがさほどではないみたいだ。
「もう……おわり?」
「ああ……休憩だ」
少しのお休みだ。存分に回復しないと。
「ブゥゥゥゥ……」
適当に擬音を言ってみる。気分はスッキリしたような感覚になったのでよしなのだ。
……僕が頑張らなきゃ、みんなが助からないんだ。気を引き締めていこう!
姿勢を整え、深呼吸を行う。僕を支えてくれて苦しい時もあったけど、仲間たちのおかげでなんとかここまで持ちこたえられた。
マールさんも、守さん、神くん、ルシファーさん、ヌパーもだ……。
……おかしい、何か。何かがおかしい。言葉に出来ない、こう突っ掛かりを感じる大切な事を思い出せずにいる。
助ける……助ける……!?
「……おい、どうした」
「――――――フェンリル。 ねぇ、フェンリルはどこにいったの?」
「フェンリル――――――!!!……確かに居たな。 さっきまで頭の中から完全に消えていた」
異変が起こっているのはこの世界だけではない。この世界の影響は、そう。オペの生まれた元の世界も異変の例外ではないと言う事だ。