第四十話 「切替」
「……???」
オペはまたも首を傾げた。どうやら、彼は理解できていないようだ。
「ハァ……つまりはな、ここは君の世界だ。 そして、私自身も君に混ざって世界が構築された。 あの男が手を出さなければ、我々の思い通りに出来るよ。 だがあの男の悪意によって無理矢理作られた世界……思い通りに行かなくなる。 制限されているが使えない事はない。 それがこのカバンだ」
話を纏まると、目的の分からないあのおじさんのせいで赤ん坊である僕は死んじゃって。目的が分からないので意図が不明のままだけど、僕の精神世界を作り、その中でマールさんも混ざっちゃってこうなってるのか。
あまり大きな願いが叶わないから、ちっちゃな願いしか叶わないカバンにしたのかな。
整理して話を改めると一つの疑問が生まれた。その疑問を躊躇することもなくマール・ボルカトフに質問してみた。
「マール……さん。 しつもん」
「……何だ?」
「あのおじさん。 えがおでぼくを……たすけてあげるって言ってくれたよ」
その言葉を聞いた途端に血相を変えて、オペの肩を揺らす様に怒鳴る勢いで問いかけた。
「それをどこで言われた!? いつのことだ!? 答えろ……!!!」
「ヒッ……そ、それは……」
オペは言葉を詰まらせた。当然であろう。それが何のことか当の本人すら知らないのだから。だからこそに何故、あの男に助けてあげると言われたことを覚えているのかが不思議であった。そう、誰かに言われて思い出した訳でもなく、自分自身の中にある何かの確信を以て彼に言ったのだ。自身へ対する謎も深まるし、何より悪意があるなら助けると言う発言自体と矛盾が生じてしまうではないか。
「わから……ない。 なんか、きゅうに……おもい、だして……」
「―――――ハァ、分かった。 良いだろう、私もそこまで鬼ではない。 その情報が出てくれただけでも収穫だ。 少しずつで良い、思い出していけ。 だがゆっくり思い出す猶予はない、それだけは覚えておけ」
頑張らないと……!!!
自分にみんなの運命が掛かってるんだ!
己を元気付けてルシファーさんとヌパー、守さんを助け出さなきゃいけない。そして、この世界も……助けなきゃいけない。難しい事はよく分かんないので、単純に考えてこれは正しくて間違いないだろうとオペは考えた。赤ん坊と少年の精神が変な風に入り混じっているのだもの。これくらいで良いのだ。でないと余計な事まで思考を回してしまい、また悩みを増やして深刻な事態になりかねない。この単純なポジティブ思考は良い傾向と言える。
あの男に立ち向かうにはむしろこれが有効かもしれない。変に力を入れ過ぎたのが失敗を招いたかもしれない。なら、今度は別の方法で戦わなければ。小賢しい仕掛けも多少はやろうではないか。上手く組み合わせ、我々も成長しつつ残りのメンバーを救出する。これが当面のやる事だ。
あの男からの邪魔も入ろう。だがそれをも乗り越えて見せるのが我々だ。でなきゃ、何もかも救えない。乗り越えると言う事は確実に成長している事の証でもあり、オペに自信を付けさせて成功率を上げる効果も
出てくる。まさに一石二鳥ではないか。
「……うん。 ぼく、がんばる。 がんばるよ」
「それで良い……さてと、作業に戻るぞ」
先ほどのロープで平らな丸い石と形を整えた木の棒を括り付け、簡易な斧が完成した。
「……ハァ、まぁ、これで大体の作業は楽になるだろう。 後は……簡単な修行場を作るぞ。 どう考えてもまずお前を鍛えなきゃいけないからな」
修行……それはつまり、長く苦しく肉体を作った所業。その修行を今、僕に課せられている。大変だ、凄く面倒くさい事が起きる。それもとびっきりに。でもやらなきゃいけないのが辛いところ。守さんたちを助ける為に必要と考えれば、気を引き締めていけるような気がした。気がしたんだ。
斧を使い、少しずつではあるが切れる太さの木を伐採していく。比較的開けた場所に集めたところで一息の休憩だ。
「ぷはぁ~」
「……ちょっと来い」
と言われ、付いて行った先は修行場(仮)から離れた洞窟であった。
「……暗い」
「行くぞ」
強引に手を引かれながら、洞窟の中へと入って行く。道中には無数の枝が散乱と見受けられた。何だろう、既視感も感じるけど同時に嫌な予感も感じ取った。この先に何かがある。
洞窟の行き止まりへと着いたオペは動揺した。目の前の光景に、自分の弱さの後悔に。
「ヌパー……?」
大木の樹洞の中にヌパーの存在を確認できる。が、ヌパーの身体はいくつもの鉄の針に四方八方に貫かれており、大木は太く根がかなり張っているので救出することが不可能だった。
「………」
転がっている石で殴るも謎の障壁に弾かれてしまう。
「―――――分かったか、救い出すにはお前の力が必要だ。 私ではどうしようもできない、お前自身の意思でヌパーをここから解放してやってくれ」
……そうだ。僕には神話操作って言う立派な力があるんだ。“理解出来ない”、こんな言葉で片付けちゃいけないんだ。理解しなきゃ、ちゃんと制御できるように。身体も鍛えてあのおじさんにぎゃふんと言わなきゃ。「子どもをいじめて楽しいの? 最低の屑だね!」って。
決意したオペの表情はどこか幼さを残しつつもその顔には成長できたと認めざるを得ない程の凛とした青年のような赤ん坊の少年がいた。