第三十九話「観察」
「………」
オペの胸倉から手を放す。
「……すまない。 やりすぎたようだ」
彼は心の底からの謝罪をした。
「う……うん……」
頬に流れる涙を手で遮り、拭ったオペは少しの怯えた表情をしながらもマール・ボルカトフを許した。
「……再度、言っておく。 私は私だ。 君の知っている神くんという人物ではない。 彼がこの身体のメイン人格じゃないと言うのも否定しておく」
「じゃ……何なの?」
「――――――未熟な別の私だ……あのガキは私の過去と思ってもらって構わない。 正確には違うが……この世界に来てからのアレはマール・ボルカトフとはかけ離れてしまった存在だ。 お前が原因だ。 お前によってこの世界が構築された時に私の過去も混ざった。 それは貴様自身も例外ではない。 何も知らない純粋な過去の私が君に紛れ込んだ。 それが自身を神と自称した者の正体だ」
マールさんの子ども時代……?
僕のせいで、あんな凄く煩い子になったの? よく燥いで、一人でどこかに行って、謎めいていて。思い返せば確かに、マール・ボルカトフによく似た特徴を持っていたかもしれない。でも、それがあの子だと、神くんだと思った。だから何の疑問も持たなかった。最初の内は自分が分離したように見えたせいで同一人物とか何かと思っていたし。
「―――――神くん、どこ……行ったの?」
「……私の中で寝てる。 未だ目を覚ます気配はない。 あの蛇に食われたせいだ……話をここで一旦、止める。 特訓の準備に掛かるぞ」
と、マール・ボルカトフは少しばかりのデカい石を持った。促されるようにオペも石を持った。
重い。重いよこれ。腕と腰が痛い。後、脚がガクガク震える。少年二人の力で果たして目の前の木を叩き折れるのだろうか。そもそも、僕たちは何で特訓の為に木を叩き折ろうとしてるのか。
息を合わせて、何度も石を木に叩き付ける。そうしていくうちに、結果は自ずと出る。しばらくして、ようやくと木は叩き折られた。
「ふぅ……疲れた」
「よっこいしょ」と言って、近くの大木に背を預けて彼は座った。
「………」
何だろう。妙に10歳の見た目からは感じられないお年寄り感を感じる。何故……よくよく考えてみれば、この人は多分だけど長い時間を掛けて世界を作る装置を作ったのだ。本当だったら相当な年齢を重ねているはずなのだ。
「……おじいちゃん」
「誰が爺だ。 現実はまだしも今の私は完全に隔離されてる。 つまり、見た目同様の10歳だ」
「……? でも、おじいちゃんっぽいよ」
「……ハァ。 分かった、そういう事にしておこう。 私は肌がブヨブヨしててナヨナヨした声しか出せない爺だって……!?」
「うん……!」
「………」
私は何を一人で熱くなっているのだろう。子どもに事実を言われただけではないか。それを何をムキになってしまう……。
自分自身でも理解が出来ない行動に苦悩しつつも立ち上がった。
「……ふん。 もう休憩は良いだろう。 十分に休んだ。 準備を進めるぞ」
と彼は、言いながら川の近くで石を探し始めた。今度は大きい石ではないようだ。
「――――――平らな石を探せ。 出来れば、円盤……丸っぽいのだ」
マール・ボルカトフがそう言ったので、その要望通りの石を探す。だがそんなピンポイントで探すとなると、ありえないほどに面倒くさいのだ。ので、適当にそれっぽいのを見つけて終わりだ。
探し始めて、30分を過ぎたくらいで丁度良い石をオペは見つけた。
「……!!!」
自慢げに持ちながらマール・ボルカトフへとその物を持って行く。
「見つかったか……なら良い。 寄越して」
オペから石を受け取ったマール・ボルカトフは折れた木を裂け目から割るように叩き始め、割れた一つの板状の物をさらに石で叩いて形を整え、一つの丈夫な棒を作り上げた。
「お前のカバン、漁るぞ」
と言いながらも、許諾を得ずに彼は漁り始めた。オペ自身もそれ自体に問題はなかったが、それでも返事を待つぐらいはしてほしかった。
少しの時間が経ち、マール・ボルカトフは声を上げた。
「……あった。 このロープだ」
ロープ……? そんな物がカバンの中にあっただろうか? 確か、あのカバンには少しばかりの食料と召喚する色んな名前の載ったリスト。後は……あのピコピコハンマーにブーメラン、ヨーヨーだ……。
「何をそんなに首を傾げてるんだ……? ……ああ、このロープか。 ここがお前の精神世界……夢と同じような空間で出来ている。 つまりは……」
「つくっ……たの?」
そういう事になってしまう。しかし、それだと全ての事柄が解決してしまう。何かしらの条件下においてそれが出来ると言う事だろうか?
「ふむ、君の思っている通りだ。 その条件下とは、分かってると思うけどこのカバンだ」
「……!?」
心の中を読まれた。一切、口から何も発していないのにも関わらずだ。
「別に不思議ではないだろう? この世界は完全な異世界ではないし、それにこれはその条件下に当て嵌まる。 まぁ、全ての鍵は君だよ……フレゴ・メイベー」
少年よ、君がこの世界と仲間の運命を握っている。赤ん坊であれ少年であれ、君が決断し行動しなければならない。良い結果を待っているよ。