第三十八話「喧嘩」
「大……丈夫?」
「あ、ああ。 問題ない……首の傷はまた今度だ。 行くぞ」
マール・ボルカトフの後ろを追いながら、オペたちは研究所を出た。
「……何度も言っておく。 これからは今まで以上に過酷な場面に出くわすことになる。 再度、確認する。 覚悟は出来てるな?」
オペは迷うことなく、その首を縦に振り「はい」と答えた。
「そうか……ハァ。 まぁ、良い。 勉強しながら行くぞ」
勉強と言うワードに拒否反応を示しながらもマール・ボルカトフの後に付いて行った。勉強って何の勉強なんだろうと考えていると、先にマール・ボルカトフが話してくれた。
「貴様は神話操作という能力を持ちながらも1パーセントの本気を出せていない……お前以外が全てレプリカと言う点が原因でもあるが。 それを、あの男を乗り越えて、完全に制御出来る様にするにはまず知識とその赤ん坊と少年の未熟な精神を捨て去るしかない。 そして、貴様の手によって今あるもの……この世界を本物にしろ、お前の精神世界から独立して完全なる一つの世界としてだ。 これはあの男に対しての抵抗と同じだ。 精神の世界ゆえに夢みたいなことが起きる、通常世界なら奴の規模がどこまでか知らんがある程度の制限は出来るはずだ。 その後は、神話操作で神でも何でも呼び出して奴を殺しに行く。 質問は?」
「……???」
「……チッ」
忘れていた。今は少年かもしれないが元が赤ん坊だと言う事を。赤ん坊としての精神が基本となっているために、心の奥底では恐らく現在の状況の半分も完全に理解していないだろう。そう、面倒くさいのだ。説明するのもありえないくらいに面倒なのに、それに加えて、重要な時に彼は忘れ、また忘れ私が説明する。
少しずつだが覚えていってるのはまだ良い。それ以上にグダグダな流れがこれからも続くと思うと不安で仕方がなかった。この忘れん坊が現在において最も重要な役割を持っているというのに……本当に仕方がない事なのだが、全てが出遅れになる前に彼を教育させて今ある出来事に終止符を打つ。
「な、何……?」
「―――――何でもない。 つまり、特訓するぞ」
「とっ……くん!」
「ああ、特訓だ。 厳しいものになるぞ、主に最初は体力作りからだ」
付いて行った先は森の奥だった。激しい勢いの滝が目の前にあった。
「さて、手伝え。 特訓する場所を作るぞ。 神話操作の基本ぐらいは制御できないと話にならん」
と、彼は鍋サイズの石を持ち上げて、ゆっくりと近くの小さい木へと歩いて行った。
「ハァ……ハァ……」
中身がもう大人と言えど、その身体は10歳の子どもだ。圧倒的に力が足りていなかった。
「………」
マール・ボルカトフ……神くんをジッと見つめる。
「……何だ? 文句があるのか?」
「う、ううん……」
「なら、見てないで作業を手伝え。 この木を折るぞ、幸いにも小さいから多少は楽なはずだ」
「……!?」
いくら非力な者の二人しかいないとはいえ、それは無理な事では? と彼は最初は考えた。
(……あの石を……使うの……?)
やっぱり、無理じゃないか! 同じ答えしか出なかった。本当にあの石を使って、木を叩き折ろうとするなら、相当なパワーが必要だ。ハッキリ言えば、別の方法を探した方が良いのではないのだろうか。
「人を馬鹿らしく思っている時間があるなら、手を貸せ」
心を見透かされたオペは、驚きながらも少し焦りつつもその作業に参加した。両側から両者ともにタイミングを合わせて、石を持ち上げる。
「お……もっ……!」
「グッ……ウウッ……!!!」
左右に揺らしながらも徐々にその勢いは増して、せーのの合図で目標の木へと投げる。ヒットだ。完全に折れてはくれなかったものの、少しばかりの穴っぽい物ができた。
「無理……じゃん」
「ハァ……これだから、ガキは……赤ん坊だったな、そういえば」
「……!!! 止めてよ! いい加減に赤ん坊、赤ん坊ってしつこいよ……!」
「ハァ……? 都合の良い時だけ、赤ん坊になって、悪ければ突然に喋り出すのも、こっちはうんざりだよ。 そっちがいい加減にしてくれないかな?」
「僕だって好きにやってる訳じゃないよ! その全部分かってる感が僕は嫌だよ!!」
「実際、あの男を除けばそのほとんどを私は知っている。 それにこの精神世界を発生させた発明品を作ったのも私だ。 全ての元凶と言って良いだろう。 早くこの騒動を終わらせて、私も研究を続けたいんだ。 君みたいな奴と絡んでる暇はない」
「何それ……さっきからおかしいよ、言ってる事!!! 神くんを返して――――――」
その時、オペは胸倉を掴まれる。
「調子に乗るなよ。 第一、あの神が本来の自分ってのも甚だしいんだよ、私は私だ!!! それにこっちも巻き込まれたんだ、生き返りたきゃ私に従え――――――」
その瞳には涙が零れていた。生を受けてから、3カ月ほどしか生きていない彼は初めて他人にキレられたのだ。その感覚は極めて異質で、今まで感じてきた父と母の温もりとはかけ離れていた。
「うっ……うっ……」
「………」
だからガキは嫌いなんだ。世話が焼くし、一々喚くわ何も出来ないし……急に目の前からいなくなる。
あの思いを胸にここまで来たのだ。あの男にこれ以上の邪魔をされてたまるか。私は新たに世界を作る。どんな形であれ……失った者を取り戻す為に。