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第三十四話「運命」

 マール・ボルカトフは自身の研究室に籠った。彼の目指した次元に関する研究の部門は人こそ少なかったが優秀な者たちが揃っていた。彼に劣らずの変人ばかりだが。


 その中でもマール・ボルカトフはさらに変人を極めていた。みなが昼食を摂っている中で彼だけはそこら辺の道端で拾ってきた数多の虫を生きた状態で食べていた。


 変人の集まりなのだから別に隠す必要はないと、マール・ボルカトフは考えた。だがそれは軽率であった。彼等が自分と同じくらいの者達であると勘違いしていた。実際は違っていた。確かに変人ではあるが、それでも彼と比較すれば、圧倒的に常識のある方であった。


 しかし、それでも彼等は変人。二日も経たないうちに彼等は慣れてしまった。もう長年の付き合いのような感覚で接し始めていた。ハッキリ言って気分は最悪だ。何故にもこんな奴らなのだ。楽しそうに勉学に励んでいる姿を見ると、嫌悪感を感じられずにはいられなかった。


 知識を得るのに、一々楽しむ必要があるのだろう。喜ぶ必要があるのだろうか。確かに私は本を読み続けたりした。それは自身が生きていく上で必要と判断したまでの事だ。


 ある程度の知識はあれば、最悪、普通の生活を送れる。後はズル賢さか。


 人間と言うのは面倒くさい生き物だ。こんな群れを形成しなくては生きていけない。自然界にもそんな生物はいる。決定的に違うのはこいつらは生かしてもらっているという事だ。


 自然を生きる者たちと違い、人間は自然を自分たちの生活から切り離している。自然の恩恵を受けながらに文明を発展してきたにも関わらずにだ。


 私はこの人類の異常に畏怖さえ感じる。人類だけでも数々の山のような問題を抱えているというのに内紛は起こっている。戦争に関してはマシと言えよう。大きな戦争と言う戦争は起こっていない。あったとすれば、東の方の大陸で大規模な災害が起き、通常ではありえない現象ゆえに疑心暗鬼になり国同士の衝突が訪れようとしたぐらいだ。


 無理もないと言えば仕方ない。そういう社会になってしまった。そういう生物に我々は成長してしまった。本能のままに生きられなかったのが人間だ。


 そんな感じに常に思考しながら生きているのがマール・ボルカトフと言う人物だ。特定の何かではなく全てを嫌っていると言っても過言ではない人物だ。それは恐らく自分にも当て嵌まる。何故、生まれてしまったのか。それも俺を捨てたあの糞両親の元で。


 子どもの事を見向きもせずに己の欲望を満たすためだけに奴等は存在している。自らの性欲を発散させる為に解放した結果、副産物で私が生まれた。最悪だ。


 けれど、その果てに今の私がある。生きる意味など、どうでもいい。理由なんか要らないじゃないか。なくても生きたいという欲望を持つ者はいくらでもいる。本当に死を望む者、それはこの世界に絶望を感じたか、生きること以外に何かを見出したかだ。


 私も自然に生きると言う道を選んだ。死ぬ理由もない、生きている理由は出来ているかもしれない。形にはなっていないが。


 一から世界を作る。今ある世界を嫌いになれば、数ある中の考え方の可能性は自ずと出てくるものではないだろうか。


 だが、彼の場合はその中でも特殊な物だ。その考えを実際に起こそうと言うのだ。それもその兆しが見えてきているのではないか。本当に彼はこの世界の常識すら覆すかもしれない。いや、今までの現実を全てぶち壊すのではないか。


  その研究は長年に渡って続いた。数年程度で終わる事ではないのは分かり切っている事。実を結ぶまでに60年近くも経ってしまっていた。


 この研究に全ての人生を掛けるのがマール・ボルカトフの最大の労働になる……筈であった。









 ある日の夜、帰宅中のマール・ボルカトフは少年を見つけてしまった。まだ三十代の時の話だ。


 少年はまるで長距離を移動してきたように足を痛めている仕草を見せ、服は道中で枝などに接触しすぎたのか。かなりボロボロであった。


 その眼には今にも涙が出る勢いで涙腺が緩んでいた。


 少年の反応を面白半分で試す為にポケットから苦いチョコレートを取り出し、包み紙から剥がし手でブラブラさせていた。明らかに食いつけと言っているようなものだった。


 だが少年は食いつかなかった。それどころか見向きもしない。気付いてすらいない。ただ前を見つめて前進していた。何よりも大事な物があるように。


「ふーん……」


 マール・ボルカトフは一瞬の興味を持ち始めるが、直ぐに飽きて自宅へと帰って行った。









 翌日の朝だ。街中が騒がしかった。気になったマール・ボルカトフはそっと覗いてみた。すると……。


「………」


 決して喜べるような光景ではなかった。目の前には男女の死体。指輪をしていることから夫婦のようだ。その光景を目の当たりにしてしまった昨日の少年。


「パパ……ママ……」


 それを聞いた市民の顔は凍り付いた。最悪な場面に出くわしてしまった、そう思った。しかし……。


「うっ……うっ……パパ、ママ……」


 もうすぐ泣き始める。そこでマール・ボルカトフは話しかけた。


「おい、そこのガキ」


 これがこの二人の出会いであった。今に繋ぐために必要な物だ。これがなければ全ては何もなかった。だがこの出会いが後の時代の様々な人々を助ける事になる。








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