第三十話 「終焉」
全てが壊れた。何もかもが壊れた。ルシファーとヌパーは大蛇たちを相手に戦っている。だがそれも彼等が持つ限りだ。数は膨大。戦力もあちらが上。絶望的だ。
俺は身体が動かなかった。目の前の男が語った真実に動揺していた。今まで得ていた情報に嘘があった。自分たちの勘違いかもしれないと思った。けれど、それは途中から故意に誰からの妨害だと気付くべきだった。これが試練。その試練はあまりに残酷だった。赤ん坊を少年に転生させて異界にて復活の方法を探る。
無謀だ、脳の中の知識もほぼない中でやってきた。ヌパーが付いてきた。少年は三人に分離した。分離したように思えた。洗脳のような状態を受けた僕らは進んだ。
そして、ルシファーに出会った。この時点で気付けたかも……気付けなかった。いや、気付きたくなかったかもしれない。
本来の赤ん坊であるオペは自我を壊して、今の少年としての魂と赤ん坊としての魂がぶつかりあって派手に砕け、ただただ泣いていた。本当の赤子であるかのように。
神は……思考が激突した。元の人物であるマール・ボルカトフと神という人物の思考だ。
俺も同じ状況かもしれない。守という意思、マール・ボルカトフの息子の意思だ。だが俺だけはその息子の意思はない。それはどういう事だ。答えは……。
「ふむ。 そんなに知りたいのかい」
神でないのならこの男はどうやって思考を呼んだ。この騒動の元凶にしても説明が付かない。
「……既に何年も前に死んだ人間の意思はどうにもならないんだろ!? 仮に全てが解決しても俺はどうにもならない……俺には生き返る資格も何もかもがない」
「そうそう、よく分かったね。 とりあえず、一匹始末しようか」
その言葉に反応して、後ろへ振り返る。一匹と言う言葉を使う事が誰を指しているのか明白だった。
「ヌパー……!!!」
大蛇を相手に健闘していたが限界が来ていた。体が木ではあるが故に不利だった。
新しく枝を生やしたり、より太く生成したりして身を守りながら体当たりや突き刺しなどをしてはいたが無理だった。男が用意した大蛇は強すぎた。どれだけ攻撃をしても掠り傷すら付かず、ルシファーの魔法も効かなかった。
最悪な事態は起こった。ヌパーの体はどんどん嚙み砕かれていき、次第にほとんど残っていなかった。
「ヌパー……! ヌパー!!!」
「ヌ……パ……ァ……」
その声を最後に彼は大蛇に粉々になりながら飲み込まれた。
「!?……何でだよ。 なんで……!」
「クッ、なら……!」
ルシファーは魔力の球を作り、男に向かって放とうとしたが。
男は気付けば自分の後ろで背中を向けて立っていた。
「……!??」
「ふふっ、僕は神じゃないけどそれっぽいことは出来るよ。 例えば……」
自分の身体から力が抜けていくのをルシファーは感じた。魔力も何もかもだ。
「――――――これは」
「君はもう君自身を保てないよ。 そういう未来を選んであげたからね」
身体が動かない。自身もどっちにしろ諦めていた。私も召喚されたならレプリカの一つだろう。“ルシファー”と言う名で出来た全く別の模造品。ただ目の前の出来事を見つめる事しか。
「ルシファー……!? 何があった!」
答える事も不可能。今まで築いてきたものが残すことなく崩れる。もう全ては終わった、終わったんだ。
彼は諦観の中、絶望をその身に感じながら消え失せた。
「なんだよそれ……」
神くんが独りでに言った。もう最悪な展開しかない……。
「だから言っただろ? 君はそもそも存在すらしてない。 この不安定な世界だけの存在だ、だから――――――嘘つくなッ!!! 僕は……僕は……」
神の意識をマール・ボルカトフは再び乗っ取る。
「……全部終わりだ」
「何を言ってるんだよ……?」
「ヌパーは死んで、ルシファーも消滅だ。 オペも精神が壊れている。 巨大な蛇の大群……諦めろ」
出来る訳がなかった。何を信じればいいのか。そんな物はどうでもいい。ただただ、やる事が一つあった。やらなければならない事があった。
「神……! 聞こえてるなら聞いてくれ! また一緒に冒険しよう! 存在しているか何か関係ない!! 俺も同じだ! また“5人”で旅をしようぜ!」
「……ふん」
その直後、神ことマール・ボルカトフは蛇に飲まれた。
壊れそうな精神を保ちながら、守はオペだけを見て走った。彼の肩を揺さぶりながら励まそうとした。
「オペ。 まだ間に合う、間に合うよ」
オペはさらに泣いた。本当に赤ん坊なんだな……。
目の前に居るのは“オペ”ではなく“フレゴ・メイベー”だ。だが……。
「大丈夫だよ。 みんな、居るよ。 お前が居る限り、みんな居るんだよ……」
ぎゅっと抱きしめた。彼も泣いていた。少年に全てを掛けた。もし少年が全てを諦めても良かった。ただ一つ、悲しくは終わらせたくない。せめて彼に笑顔を取り戻したい。それだけだ。
涙ながらも彼は笑顔を作った。凄く不器用な笑顔だ。だが、オペはそれを感じたのか。泣き止んだ。
再び抱きしめる。さっきよりも強く、それでいてどこか優しさと温かさを感じられた。
今、僕の目の前に居るのは少しばかりデカい赤ん坊だ。何かをしろってのが無理だよな。ごめんな……本当に。
「……マ……モ――――――」
大蛇が襲い掛かった。待ってくれはしなかった。
「危ない……!!!」
咄嗟に少年を突き飛ばして自身から離れさせる。そして、彼も少年の眼の中で大蛇たちにより殺された。その直前に言葉を残して。
「ア……ア……」
唖然としていた。しかし、彼は泣かなかった。泣きそうではあったが泣かない。泣いたら負けだからだ。そう、僕の前に立ちはだかる強敵に……。
「………」
震えながらも立ち上がった。怖い。ただひたすらに怖かった。でも、立ち上がった。そこに居るのは赤ん坊でありながら少年でもあるただの人間だ。
「ふ~ん、ちょっと遊ぼうか」
すると男は大きさそこそこの水場を用意した。とても深かった。そう、少年を沈められるほどに。
「罰ゲームかなぁ」
気付いた時には自分は男の目の前におり、頭を掴まれ水場に押し付けられた。
「!? うっ……アアッ……!!!」
必死に抗うが虚しくも全く効かずにさらに深く押し込まれた。
助けて。誰か、誰か。息が……苦しい。嫌だ、この感覚だけは嫌だ。死ぬ感覚だ。雪山と同じように死にたくない。こんなところで、こんな奴に殺されたくない……!
「ほらほら、もっと抵抗しても良いんだよ?」
とうとう上半身まで浸かった。意識が遠のく。水面に泡が吹いている。
意識が完全に消えかける中、彼は全てを振り絞って声を出した。
「 た す け て 」
その四文字だ。その何の変哲もない四文字は奇跡と呼べるかもしれない展開を起こした。
「……!?」
「ウオォォォォォォォォォォン……!!!!!」
その咆哮は響いた。そして、閃光のような速度で走る“狼”は男を突き飛ばし、溺れかけていた少年を強引に引っ張った。
「……この未来か」
その一言を呟いた男はまるで最初からなかったかのようにその場から消えていた。
「………」
狼は目の前のご主人を待っていた。水が入って呼吸困難になっているが少年は徐々に吐き出していった。
「うっ……ゲホッ!」
さらに吐いた。正直、吐ける気がしない状況だったのに不思議だ。助かった。本当に……本当に助かった。
「うわああああああああんんんん!!!」
少年は嬉し泣きをしながら、狼に抱き着いた。今はこれしかやるしかなかった。終わりかけたこの世界で生きている事に。その事にとびっきりの感謝をしながら。