第二十九話「破裂」
昔々の出来事だ。その世界はみんなのよく知ってる世界と変わらなかった。だがとある時を境に大きく分裂してしまったのだ。
全身が真っ黒であり、その姿は水や鏡などの映し出す物でなくては見れなかった。そして、その“怪物”達はこの世界の生物を次々に殺し始めた。
水面や鏡を用いて、もちろん対抗もした。だが効かなかった。あらゆる攻撃を以てしても通用しなかったのだ。
バリア? そんなものでは説明することは出来ない。その怪物に触れたら、接触した部分はまるで消滅……初めからなかったかのように存在ごと消される。
虚無。対抗して科学が進化する中で彼等に対してそんなワードがいつしか浸透していった。
だが、どれだけこちらが進化しようと人類だけの力では無意味だった。
しかし、そのまま滅びを迎える事は出来なかった。それは怪物……“創無”の中にこちら側に付いた者が居たからだ。
名はラヴァと呼んだ。そいつが人類に創無へ対抗できる力を授けた。全員が手に入れた訳じゃない。適合できる奴のみが能力を手に入れた。ディザイスと呼ばれるものであり、一定の感情の高ぶりによって己を強くできる良くもあり悪くもあるものであった。
だが強さだけでは何も出来ない。では、何故対抗できたのか。答えは簡単だ。彼等と“同じ存在”になってしまえば良い話であった。
人類が生き残るには仕方がなかった。能力者になってしまった者は次第にではあるが受け入れていった。
時が経てば、能力者を中心とした社会が形成される。それと同時に一般市民には徐々に記憶から薄れていき、国の人間は能力者の存在を隠すようになっていった。人間は惨劇を忘れようとした。だから彼等の存在は表舞台から消された。
戦いの中で色々な理由があり、能力者でありながら戦わずにそのまま引退する者も過去にはいた。“パトリック・メイベー”もその一人だ。理由は足が使い物にならなくなったというのもあるが精神的ストレスによるものも大きかった。
自衛するぐらいの力は残っていたので彼は雪山に籠った。能力者としての仕事に駆り出されないように、なるべく誰もが来るには厳しい環境であるからだ。出身地が雪国という事だけあるのも理由だが。
何故かは知らないが彼が雪山で住んでいた彼以降の一族も街には暮らさずに雪山に住み続けた。パトリックと同じように静かに暮らしたいという考えの元だが。
次第にディザイスを使わなくなったこの一族は自分たちが能力者であるという真実を忘れて行った。残ったのは雪山に住む習慣だけだ。
誰も能力を自覚できないという事は使えないのと同じだ。それ故にディザイスの特徴である感覚的に能力を把握するという能力も小さい頃に発動していたとしても理解できていないのでどうしようもなく、記憶されなかった。
それが続きに続き、現在……“フレゴ・メイベー”に至る。
「え……?」
オペは動揺した。最後に語られた名前に。フレゴ・メイベー。 嘘だよね? ね?
「事実だよ。 君はファミリーネームだけは記憶の底に残ってたみたいだね。 じゃないとあの魔法陣に触れたとしても分からないからね」
「!?……それはどういう事だよ!??」
守が問う。この男が現れてから今話された事がスラスラと頭の中に完全に理解しきった状態で入って来る。気のせいだろうか、つい前までオペに答えた解答を全て拒絶したくなってきた。まるで今までの出来事が自分の意思ではないかのように。
「う~ん、面倒だから全部暴露しちゃうね。 そうした方が君たちも早く片付くしね」
男は手を動かし軽く回すと世界がガラリと変わった、文字通りの意味だ。
そこはあの雪山。赤ん坊が死にかけていた場所だ。
「さて、先ほど説明したとおりに君たちの世界は化物と超能力を有する者が居る。 君はその超能力を使えない。 いや、知ってしまったからもう使えるかな? もう遅いだろうけど。 たとえ、今まで使ってなくてもその身体に能力はある……能力の元である次元エネルギーは存在する」
「………」
――――――つまり、そのエネルギーを化物、創無は見逃さないという訳になる。
「それで赤ん坊は連れ去られたのか?」
「そうなるね。 メルダーっていうクラウディラーに位置する種類の創無だよ。 でも、ものの見事に妨害されたようだね。 ふふっ」
守はさらに言及しようとしたが男はそれを許さない。
「そして、君はあの狼と大木に救われた! だがそれも時間の問題だった。 赤ん坊が雪山の吹雪に長時間耐えられるわけがないしね。 オペ、君は助けを求めた! だから私がチャンスをやったのだよ! でも失敗に終わったね」
「それ以上、言うな……!!!」
大人しく聞いていたオペはそれを聞いた瞬間に出した声は荒げていた。真実は常に正しくあってほしい。ただ、自分自身が今直面している真実には目を逸らしたかった。出なければもう持たない、何もかも……。
「単刀直入に言おう。 死亡おめでとう、フレゴ・メイベー。 君はもう精神だけの存在だ。 後はこの世界で私が止めを刺すだけだね」
!?―――――――残念な事に心当たりがあった。遺跡の中のとある台座に着いた時にオペだけ苦しみ始めた。その様子は尋常ではなく、まるで生死を彷徨っていたかのように見えた……クソ、何でもっと早く気が付かなかったんだ! そんな自分が情けない……。
「うそ うそだよね? なんでなの なんでそんなうそいうの」
「嘘じゃないよ。 自分が赤ん坊と言う事実に気が付かないように私もすこーしばかりに脳に制限を掛けたからかな、君はあっさりと別人だと信じ込んでたよね」
ニッコリと笑いながら彼は言った。
「いやだ、いや――――――」
脳裏に過去の記憶が溢れ込んでくる。真実を手に入れてしまった少年は事の全容を全て思い出した。
自分は暖かな部屋に居た。だが突然に赤ん坊が通れるサイズの真っ黒な空間が現れてそこから異様に細長い手が自分を攫った。
外に出た。酷く寒かった。泣きまくった。自分を攫ったそのピエロはこちらを向いて笑顔を浮かべた。気持ち悪い笑顔だ。これから何をされるか分からない赤ん坊はただ泣いた。何も出来ない。
ママとパパはどこ? 苦しい 苦しいよ お兄ちゃんもいないよ この人、怖いよ 家に帰りたいよ
その気持ちは届くことはなかった。このピエロは自分をどうしようというんだ。
だが彼に殺されるという未来はなくなった。突如、現れた狼の噛みつきによってピエロは僕を手放して狼に驚きつつ逃げて行った。
雪が冷たい。目の前に真っ白な粒がいっぱい降ってきた。身体が硬い、まるで氷のように。誰か……助けて……。
それに気付いた狼は首元の服の襟を咥えて持ち上げた。ぶらついてて危ないが狼はそのまま赤ん坊を連れて行った。外は徐々に雪が激しさを増して吹雪に化そうとしていた。
連れられて数分が経った。辿り着いた場所は、他の木々より一際デカい大木であった。中には樹洞が広がっており、赤ん坊は枯れ葉で出来た寝床に置かれた。
それでも、もう出遅れであった。10分近くが経過していた。能力者であるおかげで多少は耐えられた。それも時間の問題だった。
狼は心配そうに赤ん坊を見つめたが外に怪しげな気配を感じ飛び出た。あのピエロが戻って来たのだ。
その狼は全身を“黒い靄”に包みながら吹雪の中、敵を探した。黒い靄……それはまるで能力者の使う次元エネルギーと似ていた。
狼の頑張りもあった。けれど、全てが遅すぎたのだ。彼は、フレゴ・メイベーはその数分後に短すぎる生涯を終えた。
「あ……あ……」
恐怖した。後悔した。もう死んでしまった。戻れない、パパとママ、お兄ちゃんと会えない。
赤ん坊には残酷すぎる真実がオペ……フレゴを襲った。
「オペ! オペ……! そんなウソは――――――!?」
地震だ。世界が揺れていた。こんなことは……。
「ハハッ、僕は神じゃないけどそんな肉体を与えてまでの生還のチャンスを与えたんだよ。 上手くいけば、約束通りに吹雪を止めて家族に返してあげたのにね。 残念だよ。 神くんにルシファー、ヌパーはどうかな?」
神くん、もとい彼に憑依していたマールは必死に思考を繰り返していた。世界を作る発明をこんな事に利用されて心底最悪な気分だった。
ルシファーとヌパーは動かないというより動けなかった。あの男は100メートルの大蛇たちで私たちを囲んだ。守と神、オペは怯えては居たがそれ以上の恐怖を目の前にあったために蛇どころではなかった。
男が何を考えているか分からない。私とヌパーは下手に動けば大蛇たちで攻撃するのではないか。そんな不安を抱えつつ、オペたちの話に困惑しつつ彼もまた思考し続けるが……。
「いやだ……いやだよ……パパとママに会いたい。 お兄ちゃんと遊びたい……」
地震は激しさを極め、地割れを起こし始めた。
「クソ……! オペ! 死んだのは俺も神も同じだろ!? だって同一 「おっと、その誤解もそろそろ解かないとね」
とんでもない発言がまた飛び出した。手の震えを抑えながら男に振り向いた。
「なんだと……?」
「ふふっ、確かに簡易的な儀式を行ってあの場に居た君たち3人は分裂したよ。 そう、元に戻ったと言った方が良いかな?」
止めろ
「さてと、お察しの通りに神くんの正体はマール・ボルカトフの意思だ。 彼が装置に施した対策は非常にこの世界をよりカオスにしてくれたね」
止めろ 止めろ
「マール・ボルカトフにはたった一人の家族がいた。 養子で引き取った息子だ。 確か16歳だったかな?」
止めろ 止めろ 止めろ
「でも残念な事に若くして亡くなってしまったんだよ。 いやぁ、創無って化物は恐ろしいねぇ」
止めてくれ、それ以上何も話すな
「君たちの能力はフレゴ君の妄想のおかげだね。 レプリカにしては出来は良いんじゃないかな?」
「止めてくれよ……!!!」
やっとの思いで言葉にしたが……。
「うっ……うっ……」
涙で顔が崩れていた。周りの全てを怖がっていた。
「オペ……!」
泣いた。ただ泣き崩れた。来るはずのない家族を待っていた。そこにいるのはもうオペと言う少年の存在ではない。フレゴ・メイベーと言う赤ん坊であった。
70話まで果たして全部終われるか心配ですが逃げる事はないとは思うので終わります。
本格的に黒絶草本編との関係性は見えてきたかと、時系列はこちらが古い感じです。